53 旅立ちの前に
結局、ホウコさんの薦めもあり、西方のフランシュベルト行きを決めた私。
「給料はきちんと出るから安心しなさい。
と言っても、今の貴方に給料なんていらないかもだけど」
ホウコさんは笑いながらそう言っていたが、即帝領の遺物の分配金はまだまだ全て入ってきているわけではない。イアさんから受け取った分は恐らく私の取り分の内、半分にも満たないだろう。
だからイアさんたちにもきっちり暫くセーフガルドを離れる事を伝えた。
「ほへぇー、ゼフの爺さんに呼ばれて態々西方に? 頑張ってね!」
いつものようにニシシと笑みを浮かべて送り出してくれたイアさんは、なにか少し事ありげだった。
「イアさんはゼフさんのことをご存知で?」
「あーうんまぁね。まぁ言っとくと、頑固な爺さんだよ。
冒険者ギルド受付としては優秀なんだけどねー。
厄介事を押し付けてくることが多いのが玉に瑕ってやつかにゃ……ニャハハ」
イアさんが猫人族の口調を真似ながらゼフさんを評する。
厄介事を押し付けてくるというところが気にはなったが、私程度の中級冒険者に来る依頼はたかが知れている。それでも私は、ゼフさんの厄介事とやらを少しは覚悟しておくことにした。
次に、西方へ行くと言う事でミサオさんとエルミナーゼさんの二人に、フランシュベルトはどんな街かなどを聞いておくことにした。西方出身の二人ならば、きっと何か有用な情報を得られるだろうと踏んでのことだ。
「こんにちはミサオさん。エルミナーゼさんもいらっしゃるようで良かったです」
「はい。こんにちはセーヌさん。今日はどういったご要件で?」
「実は、お二人に聞きたいことがありまして」
「まぁ! それでは入ってください!」
訪れて早々にミサオさんの工房へと招き入れられると、火炎草の火種が燻る中、私が話を切り出した。
「実は、西方に出張することになりまして……」
「……!」
「まぁ……! それはまた急ですね。どちらへご出張なされるんですか?」
エルミナーゼさんが無言で驚きの表情を浮かべ、ミサオさんがいつもの笑顔で出張先を聞いてくる。
「はい。フランシュベルトに」
「フランシュベルトですか!?」
「まぁ……!」
魔族領と人族領を隔てる最前線の街――フランシュベルト。
そんな最前線にいきなり招聘されたとあっては、驚くのも無理はないだろう。
座っていたエルミナーゼさんは、腰を少し浮かしてまで驚いてしまっている。
しかも、この中央大陸のど真ん中にある牧歌的田舎街、セーフガルドから突如としての出張だ。二人が驚いているのも当然と言える。
「はい。なんでもギルドマスターのゼフさんが私を貸せと……。
セーフガルドにいても中級冒険者止まりですから、特級冒険者以上のいるフランシュベルトへ行くのは冒険者としても魅力的提案かなと思いまして」
「なるほど……」
事情を説明すると、エルミナーゼさんが納得の表情を浮かべた。
「確か、セーフガルドでは特級冒険者さんがいなくて、上級冒険者への昇格ができないんでしたっけ?」
「はい。そうなります。
熟練した中級冒険者は上級への昇格を夢見て、特級冒険者のいる北方の王都アレリアへ出向くか、あるいは最前線のフランシュベルトへ行くかの2択を強いられます。
ついに私にもその時が来たのかな、と」
ミサオさんの質問に私が説明すると、ミサオさんは「なるほどなるほど」と納得したかのように手を合わせた。
しかし自分で熟練した中級冒険者と言っているが、私にはその自覚がとんとない。
「それで、お二人になにか西方で役立つ情報があればご教示いただければと……」
「なるほど、それで私達のところへ態々来てくれたんですね」
「はい。どうでしょうか?」
「うーん、そうですねー」
ミサオさんは悩むように片肘を抱えて頬に手を当てる。
「まずセーヌさんがいつもやっている鑑定展開はご法度です」
「はい……。それはなんとなく察してはいましたが……」
「それから、必ず鑑定妨害の訓練をしっかりしてから西方入りすることをオススメします。
そうでなければ、相手に舐められてしまったり、大変なことになりますから」
「なるほど……参考になります……」
「それから……うーんとですねー。
細かい気をつけることはいくらでもあるのですが、なんとも言えませんね」
必死に教えようとしてくれているミサオさんだったが、注意する事のあまりの多さからか目を回してしまったかのように考え込んでいる。
「うーん。エルミナーゼ」
「はい……?」
「セーヌさんと一緒に行ってあげたらどうかしら?」
「……!?」
ミサオさんが唐突にそんなことを口走った。
私はびっくりしてエルミナーゼさんの様子を窺う。
「いいえ。私はミサオと一緒にいる為に態々西方からこちらに訪れたのですよ。
セーヌさんは確かに大切な友人ですが、だからといってミサオを蔑ろにしてまで西方に共に行こうとは思いません」
エルミナーゼさんはきりっとした表情で当然のように断りを入れる。
確かにエルミナーゼさんが来てくれれば安心かもしれない。
ちょっとだけ期待してしまっただけに、私も残念でならなかった。
「そう……ならいいわ。里帰りじゃないけれど、私も一緒に行くならいいでしょう?」
ミサオさんがとんでもないことを言い出した。
「えと……そのミサオさんとエルミナーゼさんのお二人で私の出張に同行してくださると……?」
「えぇ、その通りですセーヌさん。エルミナーゼもいいわよね?」
「えぇ……それはまぁ、別に、ですが良いのですかミサオ」
エルミナーゼさんは何か思うところがあるようで、ミサオさんの表情を窺う。
「別に、何も問題はありませんよ。私達の大切な友人であるセーヌさんを、お一人で西方へ送り出したとあっては、友人の名が廃ります!
そうと決まれば話は早いです! さ、セーヌさん馬車の日程を決めましょう。
フランシュベルトまでは速くても馬車で3日はかかりますから、その間に私が鑑定妨害の手法をお教えしますよ! 私、鑑定妨害は大得意なので!」
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