48 鱗を使った錬金秘薬

 翌日。ミサオさんに呼ばれていた私は、ミサオさんの工房を訪れることにした。

 工房の呼び鈴を鳴らすと、暫くしてミサオさんが顔を見せた。


「いらっしゃいませセーヌさん。ささ、どうぞ中へ」


 導かれるように工房の中へ、今日もエルミナーゼさんはいないらしい。

 しばらくはセーフガルドに滞在すると言っていたから、まだいるはずなのだが。

 私はミサオさんにしようと思っていた話に、エルミナーゼさんが一緒に居てくれると良かったと思っていたのだが、エルミナーゼさんには別で話せば良いだろう。


「これを見てください!」


 ミサオさんはすり鉢に入れられたピンク色の粉を取り出すと、私に見せた。


「これは……?」

「ついに人魚薬が完成したんですよセーヌさん」

「これが……人魚薬ですか?」

「はい。サウスホーヘンを始め海辺の都市にはよくあるおとぎ話があるんです。

 恋愛物語だったり英雄譚だったりするんですけど、それに人魚が登場するんですよ」


 ミサオさんは熱っぽく語ってくれる。

 よほど人魚物語が好きなのだろう。


「これを私に……?」

「はい。ぜひともお裾分けをと……!

 セーヌさんから頂いたエアームーンシャークの鱗で作ったのですから」

「エアームーンシャークの鱗からこんなものが作れるなんて……」


 私が困惑していると、ミサオさんが「試しに飲んでみますか?」と聞いてきた。


「これを飲むとその……」

「はい。人魚になります。

 下半身は魚の形になってしまうので、水のないところでは控えてください」

「こ、効果時間のほどはどのくらいでしょう?」

「試験管一本分飲めば丸1日ぐらいでしょうか。

 舐める程度ならば30分くらいかと思います」


 私は「なるほど……」と呟いた。

 いまここで人魚になるのは不味かろう。

 飲むのは今度にしようと思う。


 使い道はいまのところパッと思いつかないが、せっかくだから私は数人分の人魚薬を頂くことにした。


「ありがとうございます」

「いえいえ、セーヌさんの鱗から作ったのですから!

 私もまさか人魚薬の調合に成功するとは思っていなかったんです」

「ミサオさんはもう試したのですか?」

「もちろんですよ! 下半身がお魚の人魚になれたのは初めての経験でした……!」


 と、子供の頃からの夢を実現したかのように無邪気な笑みをミサオさんは浮かべた。


「ところでミサオさん。話は変わるのですが……」

「はい……?」

「イアさん達勇者パーティーと一緒に、即帝領の未踏領域に行ってみませんか?」

「はぁ……?」


 何のことかわからないといったミサオさんに、私は事の経緯を説明した。


「なるほど、近縁者や子孫の血が結界を解除する鍵になっているのですね……。

 それで、即帝のご子孫が黒髪だったから、私に白羽の矢が立ったと……」


 私はミサオさんの流れるような夜闇の色をした黒髪を見た。


「はい。ミサオさんならいけるのではないかと……」

「うーん。どうしてもというのなら試してみたい気持ちはあるのですが……。

 そんな危険なところへ、私のような一介の錬金術師が行ってもいいのでしょうか?」

「はい。ですから護衛にエルミナーゼさんを伴って、更に万全を期してと思っているんです」

「なるほど、エルミナーゼに!」


 手をぽんと叩いて、笑顔になるミサオさん。


「エルミナーゼが居てくれれば確かに安心できます」

「それでは……!?」

「はい。エルミナーゼが良いと言ったなら行きましょう、即帝領へ!」


 ミサオさんが宣言した。

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