45 サウスホーヘンまでの使い

「ねぇセーヌ。サウスホーヘンまでお使いに行って貰えないかしら?」

「はい。構いませんが……何故私に?」


 ホウコさんは腕を組むと自信の右頬に手を当てた。


「うーん。噂になってるわよセーヌ」

「はい……?」


 ことの詳細を聞くと、私が凄まじい速度でセーフガルド郊外にある草原を闊歩していたのが目撃されていたという。

 私は単に古式魔法を用いた神速の訓練として、薬草採集の依頼をこなしていたに過ぎないのだけれど……。


「それで、一つ貴方に走って行ってきて貰うほうが速いんじゃないかなって。

 もちろん無理ならいいのよ。いつものように郵便屋の馬車に頼むから」


 ホウコさんは苦笑しながらそう言ってちらちらと私の様子を確認している。


「……構いませんよ。ただし行きだけです。帰りは普通に馬車を使わせてください」

「えぇ……急ぎの案件だからそれは構わないけど……本当に行けるの?」


 ホウコさんはびっくりした表情で私を見る。


「はい。行きだけならなんとか体が保つと思いますが……」

「じゃあ行ってきなさい! アシェルーヤによろしくね」


 ホウコさんはそう言うと、私に郵便物を手渡してきた。

 私はそれを立ち上がって受け取ると、


「それでは、本日はこれで失礼します」


 と退勤の挨拶のお辞儀をした。


 まずは冒険者ギルドを出て自宅へ。冒険者用装備に着替えると、私は足早に家を出た。

 古式魔法を使った神速を用いれば、30分かからずにサウスホーヘンの地を踏むことができるだろう。しかし身体の方が持たずへとへとになってしまうという概算だ。

 ネルさんに教わってから一人草原で練習してみたが、それでも1時間を超えての古式神速の常用は絶望的な程に身体に負担をかけた。

 まだ古式魔法のクアンタのイメージが足りないのかもしれないが、それが今の私の限界だ。


 セーフガルドを出た私は、身体慣らしに体操をしてから古式神速によるサウスホーヘンまでの旅路を始めた。




   ∬




「はぁっはぁっはぁ……はー」


 サウスホーヘンの砦に着いて息を整える私。

 途中、街道で馬車を2台追い越した。

 凄まじい形相で私を見る馬車の主の顔が忘れられない。


「やはりへとへとですね……ふー」


 内心してやったり顔だったのだが、あまりの疲れに表情変化が追いついてこない。

 私はヘトヘトになりながら、サウスホーヘンの砦の門へ。


「おいおい、アンタまさか走ってきたのかい?」


 門番の男の内の一人が私に信じられないといった顔を見せる。

 私はそれに「いいえ、まさか途中からです」などと嘯くと門を通過した。

 早いうちに冒険者ギルドへ向かおう。

 きっとアシェルーヤさんもびっくりするに違いない。


 サウスホーヘンの冒険者ギルドへ着くと、前回とは違い、眼鏡をかけた理知的に見える女子が受付をしていた。


「こんにちは。こちらギルドマスターのアシェルーヤさんに直接お渡ししたいのですが……」

「はい。少々お待ちください」


 彼女は眼鏡を右手でくいっと引き上げると奥へと引っ込んでいく。

 暫くして、戻ってきた受付嬢が言った。


「申し訳ありません。アシェルーヤさんは今、昼食休憩中で外に出ておりました」

「なんと……それではどちらへ向かえば会えますでしょうか?」

「真っ昼間からお酒を嗜むはずもありませんし、恐らくは……」


 そう言って、一件のお店を紹介してくれた。

 パン屋さんだ。


「パン屋――ホーヘンズベーカリーですか……」


 私もまだお昼を食べていない。

 どうせこちらへ来るのだから、せっかくだから海の幸をと思っていたのだ。


「それではそちらへ出向いてみます」


 眼鏡の受付嬢にはそう返事をして、私は冒険者ギルドを出た。

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