34 狼犬討伐と勇者たち

 ――勇者パーティの賢者がやられたらしい。

 いつものようにギルド受付をしていた私の元へそんな情報が飛び込んできたのは、ちょうど今日のお昼はどうしようかと考えているときのことだった。


「それは本当なのですか?」

「あぁ……パーティの聖女さまだけじゃ手に負えなかったらしくてな。

 街医者の爺さんのところへ運び込まれたらしい」

「なんと……」


 私とリエリーさんに即帝領の鍵について色々と説明してくれた男性賢者。

 確か上級賢者Aスキルを保持していたはずだ。

 それに勇者であるイアさんが付いているにも関わらず……。

 やはり私は即帝領の探索を諦めたのは正解だったと心底ほっとする。


 いくら攻略しつくされた遺跡と言えども、新領域には何が潜んでいるのか分からない。

 私も即帝領の新領域探索に参加したいと冒険者心をくすぐられて考えていたが、それは間違いだったのだろう。

 地道に頑張っていくのが一番だ。


 私はお昼を屋台で売っている野菜の肉巻きで済ませることに決めると、依頼を受け冒険者ギルドを後にした。今日は午前上がりで午後からは冒険の予定である。

 野犬と狼の10匹ほどの中規模討伐依頼を引き受けた。



   ∬




 肉巻きを平らげ、早速、該当の草原へたどり着いた私。

 鑑定Sで狼と野犬の気配を探った。


 前方に1、後方に3。そして左右に2匹ずつ。


「囲まれていますね……」


 どうやら知恵のある狼の集団らしい。

 敵である私が草原に来た時から監視していたのだろうか。

 完全に囲まれてしまっている。


 しかし、仕掛けてこないということは、こちらの実力を測っているのかもしれない。

 ならば好都合だ。

 私は思い切って前方へと駆け出した。

 すると、暫くして前方に黒狼らしき影を発見。


 黒狼は咄嗟の私の動きについてこれなかったようだ。

 背を向け、私から距離を取ろうとする。


「逃しません……!」


 私の放った斬撃は黒狼の背中を捉えた。

 刃付けされていない側が命中。ゴリっと嫌な音を立てて黒狼が吹き飛ぶ。


「革の採集の為にも、切り飛ばすのは遠慮しなければなりませんから……」


 黒狼の討伐達成には皮か牙のどちらかが必要となる。

 皮は解体に手間がかかる分だけ実入りが良い。

 私が刃付けされてない部分で黒狼を斬ったのもそれが理由だ。


「ですが、どれだけ手加減できるかは分かりません……!」


 前方の一匹が会敵したのを察知したのだろう。

 後方と左右の狼や野犬たちが一気に距離を詰めてきた。

 しかし、私は待つことなく、神速を発動し右方向へと走った。


 一気に狼犬を相手取るのは骨が折れる。

 私は各個撃破をする構えだ。


 そして2匹の狼と野犬のペアを発見。撃破。

 方向転換して左方向にいた野犬2匹を発見。撃破。


 残るは後方にいた3匹だけだ。

 私は神速状態を解くと、3匹の狼と犬を迎え撃つことにした。

 恐らくはリーダー格の黒狼が3匹の中に1匹含まれていた。


 私は先頭を走ってきた黒狼が私に噛みつこうとするのを回避。

 そして、追うようにやってきた2匹の野犬を順次、袈裟斬りと返しの斬り上げで始末。


 それからリーダー格らしき黒狼に向かい合った。


「もはや勝負はついています……!」


 一人、黒狼に向かって言うが無論返事はない。

 しかし黒狼が逃げ出す様子もなかった。


 私が黒狼の動きを待つことなく先制攻撃を仕掛けようと思ったところで、黒狼の方が速く動いた。その牙が私の太もも辺りを襲う。


 牙に対して払いあげるように大剣を振るうと、ガチりと音がして噛み合った。

 黒狼は大剣を咥えこんだまま放す様子がない。

 なので私は思いっきりジャンプして、地面へと大剣毎黒狼を叩きつけた。


 ゴキリと首の付近で嫌な音を立てて黒狼が息絶えた。


 私は遺体を集めると戦利品として犬から牙を、黒狼は傷付いていない場合は革を、そうでない場合は牙を収集した。解体技術Sのおかげか、1時間かからずに解体作業が終わる。


 その後、同様に野犬を2匹討伐収集すると、私は帰途へと着いた。




   ∬




「こちら、討伐依頼の報告です。よろしくお願いします」

「お疲れ様セーヌ! 革と牙はどうする?」

「買取でよろしくお願いします」


 そう言って同僚のヨシノさんに牙と革を提出。

 計算が終わるまでの間、時間を潰そうと依頼掲示板へと向かった。


 すると、見たことのある濃い紫色の長髪が目に入った。イアさんだ。


「イアさん。お疲れさまです」

「……おー! セーヌさん! おつおつー」


 最初イアさんはその朱の瞳を丸くすると、すぐに珍しい物でも見るかのようになって私へと右手を振り始めた。


「イアさんはこれから依頼ですか?」

「うんにゃ。私はいまゴブリン討伐から帰ってきたとこ。

 どうもゴブリン長老が発生してるらしいじゃん?

 ゴブリンは進化が速いからね。さっさと始末しとくのが良いと思って。

 んでも、残念ながら村は発見できなかったよー」

「そうですか。それはお疲れさまです」


 私が労いの言葉をかけると、セーヌさんは? とイアさんが聞いてきた。


「私は狼と野犬の群れの討伐を少々……」

「はへ!? 狼と野犬……!? それって……」

「Eランク相当の依頼ですね」

「いや……うん。知ってるけどさ……」


 そう言って絶句してしまうイアさん。

 すると、イアさんのパーティメンバーらしき金髪の女性が声をかけてきた。


「イアさん。そちらは?」

「おぉーソラっち。こちらはセーヌさん。

 ほら、私と闘技大会の準決勝で当たって負けてもらった人~」

「まぁ……それはそれは、私はソラと申します」


 イアさんが私をそう紹介すると、金髪の女性がその蒼の瞳を輝かせながら名乗った。


「大層お強いとか……イアに聞いた話ですが」

「いえ、そんなことは……」


 自分はまだEランク依頼すら満足に数をこなせていない。

 いくら強いと言われてもそれを真に受けるわけにはいかないのだ。


「そうだ! セーヌさんは決まったパーティとかはないのー?」

「はい。リエリーさんという方と良くご一緒するくらいで、決まったパーティは特に」


 ですが、仲間を集めて世界中を冒険するのが夢です。

 とは言わなかった。

 単純に恥ずかしかったからだ。

 ましてや相手は世界を股にかける勇者たちである。

 私の憧れでもあり目標でもある彼女たちに、私の夢を語るのは憚られた。


「んじゃ決まりね!」

「はい……?」

「今度開いてる時に、私達と一緒にゴブリン長老討伐にいこー!」

「それは良いですね。ユリアスの傷が癒えるまでの間、ご一緒しましょう!

 きっとナミアも喜びます!」


 ソラさんが喜んで私を満面の笑みで見て、イアさんもニシシと笑った。

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