5 エルミナーゼ

 翌日。

 ミサオさんの工房に訪れていた私は、昨日と同じ錬金術補助の仕事に邁進していた。


「セーヌさんは実に筋が良いですね! こんなに失敗なく多くの素材が精製できるなんて!」


 ミサオさんは私の研修生Sの効果を知らない。

 だからこそ私が一切の失敗なく、錬金素材を完成させていくことに驚嘆の目を向けていた。


 私はといえば、団扇の鑑定結果も気にはなっていたのだが、やはり鑑定失敗がどうしても気になっていた。


「つかぬことをお伺いするのですが……」


 そう切り出して、鑑定失敗について聞いてみることにした。


「あぁ……それは、鑑定妨害スキルを私が持っているからですね」

「鑑定妨害……ですか」


 今まで、私は鑑定妨害されたことがなかったので、この地域にいる冒険者としてはかなりの高位スキルに違いない。

 それも私の鑑定Sランクを妨害するということは、同じくSランクの鑑定妨害Sを所持しているということだ。


「えぇ、この辺りでは余り見かけませんけれど、私の故郷では割と普及していますよ」


 ミサオさんは私が作った燻製薬草を溶かし込んだ液体を鍋でぐつぐつと更に煮込みながら、笑顔で答えてくれた。


「はぁ……ミサオさんはこの街のご出身ではなかったのですね」


 あまり納得行かないまでも、私は新しい話題に食いつくことにした。


「えぇ、もっと西方地域の出身なんですよ」

「なるほど、西方地域ですか。となれば、魔族領のお近くですか? それは大変ですね、戦災から逃れてきたとか?」


 私が、『それはさぞかし大変だろう』と心情をお察しすると、


「えぇ、戦いなどなくなればいいのですけれど……」


 とミサオさんが憂い顔で応じた。


 噂でしか聞いたことはない。しかし魔族との戦いに明け暮れているであろう西方地域であれば、鑑定妨害なんていうレアスキルが転がっているのも納得できた。

 相手のスキルを知り得ることは貴重な先制攻撃の一助となる。

 それを妨害する鑑定妨害は有用すぎるスキルに違いない。


 この中央大陸の更に中心付近にある牧歌的田舎町――セーフガルドではあまり知られていないのも仕方ないだろう。


 私がそう納得したところで、からんからんと工房の入り口付近で呼び鈴が鳴った。


「すみません、セーヌさん。よろしくお願いできますか?」


 ミサオさんは作業から手を離せないようで、私が客を迎え出ることになった。


「こんにちは、こちらミサオさんの工房ですが……」


 私はドアを開けて、客人にそう言い放ちながら相手を見た。


 金髪に翡翠色の瞳。

 長い髪を結って束ねた長耳の女性が、こちらを品定めするような目で立っていた。

 肩口にはかなり大きな剣が覗いている。


「ここはミサオの工房で間違いないのですね?」

「はい……ミサオさんは作業で立て込んでいまして……」

「ふむ、そうですか。それでは中に入れていただいても?」


 突然の訪問者の要求に、私はどうしたものかとあたふたしてしまった。

 一度工房の中に戻って、ミサオさんに確認すべきだろう。


「少々お待ち下さい」


 私はそう言い残して、ドアを一度締めた。

 その際に、鑑定Sを彼女に走らせることにした。


 『――鑑定一部失敗しました』

 【エルフ族】。

 【?級大剣術S】、【上級風魔法A】、【上級冒険者S】、【上級鑑定妨害A】、その他多数。


 ここセーフガルドでは見ない大剣術。

 それに上級の風魔法。

 更には上級冒険者Sランクのスキルを保持。

 そして鑑定一部失敗に見たこともない数々のスキル達。


 ただものではない雰囲気を感じとった私は、急いでミサオさんに駆け寄る。


「ミサオさん……! お客様なのですが……」

「はい……?」


 急いで鑑定結果と容姿の特徴をミサオさんに伝えると、「あら、もしかして彼女かしら」とぽつりとミサオさんが言った。


「セーヌさん、鍋をお願いできますか?」

「はい、かき混ぜているだけでいいのですか?」

「えぇ……それに焦げないように炎元素の調節をお願いします」

「分かりました」


 大きな木製のへらをミサオさんから受け取ると、炎元素を確認した。

 莫大な量の炎元素を扱っていたようで、私はミサオさんの錬金術師としての腕前に末恐ろしさを感じた。


「あら、やっぱりエルミナーゼじゃない」


 ミサオさんの喜びに満ちた声が聞こえる。

 そうして、少しの間会話したあとに、工房の中にエルミナーゼさん? が入ってきた。


「セーヌさん、こちらエルミナーゼ。私の故郷での友人なんですよ」

「故郷でのご友人ですか……私はセーヌと申します。ここセーフガルドでギルド受付兼冒険者をしています。よろしくお願いします」

「これはこれは丁寧に……私はエルミナーゼと言います」


 自己紹介しながらも、エルミナーゼは余り私に対する警戒を解いていない様子だった。

 エルミナーゼが訪れてすぐ、任されていた仕事を終えた私。

 ミサオさんから依頼達成証を受け取り、ミサオさんの家を後にした。


 2日続けての各種元素の取り扱いで私はかなり疲弊していた。

 けれど冒険者ギルドに戻った私は、いつもの通りに依頼を清算。

 そうして、得られたスキルを水晶で確認することにした。


 【中級錬金素材取り扱い師S】。

 中級錬金素材が正しく取り扱える。


 【上級錬金素材取り扱い師S】。

 上級錬金素材が正しく取り扱える。


 この2つはなんとなく、ミサオさんの手伝いをしている過程でも取れるのではと思っていた。

ミサオさんはさぞ高名な錬金術師に違いない。


 他にもスキルが得られている。


 【元素感知S】。

 元素を正しく感知できる。


 【元素操作S】。

 元素を正しく操作できる。


 錬金術補助時に元素操作を教わった通りに行ったからだろう。

 元素関連のスキルが得られていた。

 まだ魔法関連には手を出していないにも関わらず、元素系スキルを習得できるとは僥倖だ。


 【初級鑑定妨害抵抗S】。

 鑑定妨害に抵抗できるようになる。

 鑑定妨害を上回るランクの鑑定で鑑定を行った時に稀に獲得可能。


 【中級鑑定妨害抵抗S】。

 中級の鑑定妨害に抵抗できるようになる。

 鑑定妨害を上回るランクの鑑定で鑑定を行った時に稀に獲得可能。


 これはスキル鑑定結果にあるように、おそらくエルミナーゼさんを鑑定したときに得られたものだ。あるいは鑑定妨害というスキルがあるということを、ミサオさんに教えて貰ったことで得られたのかもしれない。


 錬金術関連のスキルを得られる事は期待通り。更には鑑定妨害についても知れた。

 鑑定妨害抵抗スキルまでゲット。

 それに錬金術の補助仕事に付随して元素関連のスキルまでついてきた。

 私のミサオさんの依頼のお手伝いをするという思い切った行動は大正解だった。


 また明日も一生懸命に頑張りますっ!

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