4 鑑定失敗の錬金術師
あれから数日。私は新たな依頼を受けることなく、ギルド受付業務に終止していた。
「セーヌ、この依頼達成証をお願い」
ギルドマスターのホウコさんから証書を受け取ると、私はそれに合わせて報酬と一緒に冒険者さんへと手渡した。
「こちら、本日達成された依頼の証書と報酬となります。ご査収ください」
「どうもありがとよ!」
去っていく冒険者を片目に、私は鑑定を走らせていた。
現在ギルド会館に訪れている冒険者はさきほど去っていった人を除いて13人。
しかし、その殆どが有用とひと目に判断できるスキルを持ち合わせていない。
【初級弓術】、【初級両手斧術】、【中級片手剣術】etc……。
「はぁ、どうしたものでしょうか」
リエリーさんのように名探偵なんていう珍しいスキルを持っている冒険者もいない。
決して私がいま保持しているスキルより優れたスキルがないわけではない。
しかし、私が重要視しているのは研修生Sの効果だ。
師事して得られるスキルがどんなものになるのかということが重要なのである。
ことそれに照らせば、有用と判断できるスキルを所持した冒険者はいなかった。
と、ギルド会館に女性が一人訪れてきた。
即座に私は鑑定結果を更新しようと、鑑定を走らせた……のだが、
『――鑑定失敗』
私の脳裏には鑑定失敗の4文字が踊った。
一体何ごとかと思って女性を見やるが、ごく普通の容姿をした10代後半に見える女性である。
もっと言えば、私はこの人を知っていた。
カウンターを出て、女性が依頼票を書いているところへ声をかけることにした。
「ミサオさん、今回はどういったご用件でしょうか?」
「ええーっと確か、冒険者のセーヌさんでしたか?」
質問に質問で返されてしまったので、普段はギルドで受付をしていることを説明した。
「あぁ、そうなんですね。ギルド受付をしながら冒険者をしているだなんて、珍しいこともあるものなのですね」
ミサオさんは私に奇異の目を向けてくる。
「いえ……」
私はついその視線が恥ずかしくて、目線をミサオさんから逸らした。
「うふふ。では、こちらの依頼をお願いできますか?」
「……はい、承ります」
ミサオさんが内容を書いて手渡してきた依頼票を見ると、『錬金術補助の仕事』と書かれていた。
「失礼ですが、ミサオさんはやはり錬金術師で?」
「えぇ、そうですよ。この間も薬草をお裾分けしたではないですか」
ミサオさんは笑顔を浮かべて首を傾げるが、私にはそれを「はい、そうですか」と納得できないだけの理由があった。
――鑑定失敗。
私は鑑定Sをギルド受付になったことで獲得して以降、一度たりともこの状況に遭遇したことがない。
普段、ギルド受付業務をしている時に限って、鑑定をギルド館内の冒険者に対して展開している。この前、冒険者としてミサオさんに会ったときには鑑定を行っていなかったから気付けなかったのだ。
そこで私は、思い切った行動に出ることにした。
「……いえ、こちらの依頼なのですが、私が受けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あら……」
「初級錬金素材取り扱い師のスキルなら持っていますので、お役に立てるかと……」
「まぁ、それは都合が良いですね。分かりました、よろしくお願いします」
ミサオさんは取り扱い師スキルの保持を伝えると、ぱっと明るい表情になり、依頼を受けることに納得してくれた。
それから、私達は以前リエリーさんと訪れたこともあるミサオさんの工房へと向かった。
「散らかっていますけど……」
そう言いながらミサオさんが、工房の中を見せてくれた。
辺りにはこの間納入した薬草束の他にも、多種多様な植物が散乱している。
中には鉱石のようなものも含まれていて、薬草術以外の錬金術にも精通している様子が窺える。
「それでは早速ですけど、お願いしたい仕事を説明しますねっ」
ミサオさんが大量の植物の中から2種類を取り出した。
「まずはこちらの火炎草を使って、この薬草束を熱処理して欲しいんです」
「これは、私達が納入させていただいた薬草束ですね」
「はい、そうです」
「このあいだ貰った薬草にする為の処理ですか?」
質問すると、「まぁ似たようなものですね……」とミサオさんは言葉を濁した。
「失敗してしまうことも多い難しい作業ですので、詳しく説明しますね」
ミサオさんがそう言うので、私は注視して説明を受ける。
しかし、『研修生Sの効果で研修中の失敗はあり得ません』ということは伝えなかった。
処理の流れはこうだ。
まず火炎草を使って炎元素を励起。そしてその熱を木材のようなチップに伝えて炭状の熱源を作成。そしてその煙を鉄箱へ誘導。
乾燥ではなく、燻製にするかのような作業を行うようだった。
それから、燻製状態になった薬草束をすり鉢ですり潰した。
この際には、『この鉱石を使って氷元素を励起しながら鉢を冷やしつつお願いします』と、また難度の高そうな作業を任せられた。
最後にすり潰した燻製薬草を、貸してもらった団扇で扇ぎながら『とある液体』に溶かし込んでいく作業をした。
特に燻製にするまでが長く1日がかりの大作業となった。
途中、私は貸してもらった団扇の見事な装飾が気になったため、鑑定Sを走らせてみた。
【天狐の風扇】。
天山に住まうという天狐が作った団扇。
周囲の風元素と氷元素を励起して冷たい風を起こす。
等級値1万5千。
「1万5千……!」
鑑定結果に作業中思わず声を漏らしてしまったが、ミサオさんには聞こえていないようだ。
私はこれまでのギルド受付業務を通して、せいぜい等級値1500のアイテムしか扱ったことがない。それにしても、国の宝となる可能性があるという近くの遺跡からの発掘アイテムだったのだ。
私は末恐ろしいものを見てしまった気がした。
そして作業は今日中には全て終わらず、また明日ということになった。
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