第12話













「━━━━━剣、か……」




ふむ、と一度思考に没頭する。

突然そう言われた。困った話ではある。

少女は期待半分不安半分といった感じで俺を見ているし、中々答えずらいなこれは。


何故ルコアの家に今まで見た事がない少女がいるのかと思えば、忘れていたがルコアの家は診療所だった。曰く、俺基準で美人な女性が蔑称される化け物、と呼ばれる女性達がこの街で唯一患者として利用出来る場所がこの場所であった。

化け物とは、些か言い過ぎではあるとは思うが、ではこの世界における美人とはどんなレベルを言うのか気になるところ。



「……あー、取り敢えず、君の名は?」


「……えっ、あっ、え、えっ!?あっ、あぁっ!?しまった仮面してないぃっ!?」



突然の慌てっぷり。自分の顔に文字通り着けてなかった事に今更気づいて慌てているのか。

いや仮面なんてそんな……、とは思ったが、そう言えばこの世界の化け物扱いされる女性達は皆仮面をしているのだったな。ルコアは俺が無理やり剥がしたし、カンザシは元々仮面をしていなかったな。



「いや、仮面はいいよ。俺は気にしないから」


「えっ、えぇっ!?で、でもわたしっ、こ、こんなにも化け物じみた顔してますし……」


「本当に大丈夫だから。むしろ仮面されてる方が俺としては会話しにくい」



本当に、何処が化け物なのか疑問になる。元いた世界でも、ここまで美少女な存在は居なかったぞ。ルコアやカンザシを見なれてなければ例え年下であろうと俺はこの少女に求婚してるレベルだ。



「……そう、なんですか?」


「そう。だから、顔隠すのも辞めて。面と向かって俺は君と会話したいの」



木刀を置き、顔を隠す彼女の両手を優しく握って下ろさせる。触れられた事に体をビクッと震えさせるが、彼女の瞳が俺を捉えたことで彼女の動きが止まる。吸い込まれそうな程深い蒼色の瞳が、不安げに揺れ動いている。まあ見た目からして如何にも男性と関わった事ないですって感じなのは理解出来る。

しかしあれだ。この世界で虐げられている女性達の瞳は、一貫して煌びやかだ。雲一つない満天の夜空に輝く星々のような輝かしさ。虐げられているはずの彼女らがこれ程までに曇りなき眼を有している事を不思議がるのは俺だけだろうとは思うが、なにかがあるのだろうか。



「……うぅ、えっと……はいっ」



可愛い。少しぎこちないが、それでも笑えると言うことだけでも上々。引き摺られるよりかは全然いい。


彼女。名をテレシアというらしい。家名は教えてくれなかった。今日ここに来た理由は診察と語る。深くは聞いてはいないが、ここには頻繁に通っているそうだ。

剣を教えて欲しい理由は、将来兵団に入るにあたって必要なんだとか。



「……女の子が兵団志望。やはり慣れんな……」


「?兵団志望は別段普通の事だと思うのですけど」


「けど何故兵団に?……失礼だが、あまりそういう俗世とは無縁のような気がするのだが」



兵団、軍といった武器を持ち、治安を守って脅威を排除する組織に入隊希望する人の多くは、身近な人間の敵討ちや安定した金稼ぎが目立つ。

彼女の服装からして、そこまで枯渇した生活を送っているようにも見えないし、彼女の目には敵討ちや殺意といった感情の色は見えない。

言ってはなんだが、彼女の姿はお世辞にも武器を持って戦うイメージがつかないのだ。



「……あーと、そ、それはですね……」



何処かしどろもどろになるテレシア。可愛い。

両手の人差し指をつんつんと合わせて恥ずかしがるというか、言いずらそうに表情を曇らせている。可愛いな。



「……言えないのか?」


「……いえ、その。言えないというかなんと言うか……。あまり言い振らせないと言いますか……」


「どうしても?」


「……うぅぅぅ、ど、どうしてもというわけじゃないんですけど……。私の事を見る目が変わってしまうのが怖いと言いますか……」



怖い、俺が怖がるという事だろうか。一体どういう事なのか、俄然興味が湧いた。



「大丈夫。俺は君の顔を見ても可愛いとしか思わない変人だからさ、怖がる事なんて無いよ」


「……うぅぅぅ、そうでしょ……え、今なんて」


「取り敢えず何処か座ろう。話はそれからでも」


「え、あ、はい……」



長話になりそうなので近くのベンチにお互いに腰を下ろす。座高が低い彼女は俺が完全に見下ろす形になったが。なんというかこう、収まりが良い。可愛らしい人形が椅子に座らせられてる様な光景だ。



「緊張しなくても、って言っても無理だろうし。君の事少し教えてくれよ。剣を教えるにしても、俺は君の事を知らないから何を目指して教えればいいのか分からない。少しずつ紐解いていくから、まずは好きな物とか教えてくれ」


「ええっ!?だ、だだっ、だだだんせいの方にそんな私の事なんて……っ」


「じゃあお互いに1つずつ言い合おうか。まずは俺からね。そうだなぁ……」



ここで、好きなものは君のような女性と言ったらどうなるのか、興味が湧いた。しかし反応は目に見えてる。今の様子だとテンパって固まるのがオチだ。

興味のある事だが、ここは自重していく。


存外、俺はこの子に気があるように感じる。一人の女性、と言うよりか妹と戯れてると言うべきか。

前の世界では妹の様な存在はいたが、任務中に殉職した。あの子はテレシアと違って活発で大型犬のような図太さがあって隊員達からも可愛がられる後輩兼手のかかる妹みたいな感じだった。

俺はきっと、彼女にあの子の面影を見ているのかもしれない。あの子の様なタイプでは無いが、放っておけないと俺の中で誰かが叫んでいる。同情か、保護欲か。どちらにしろ、俺に話を終わらせるという選択肢は無かった。



そこから話は盛り上がり、テレシアもそれなりに俺に対して打ち解けてきた。

そんな彼女の口から、気になる話題が飛び出す。



「……私、実は結構重い病を患っておりまして……」


「病?」


「……珍しい、という訳じゃないんです。本来、私達のような醜い人にしか発現しない病で……」


「……限定的だなそれは」



そんなものがあるのかと。つい疑いの念を抱いてしまう。

病となれば、同じ種であれば一律に性別問わず患う。そこに違いは無いはずだ。それが、同じ性別にありながら醜さだけで発現する病というのはおかしな話である。



「……一歩間違えたら、命すら危ういんです。……あっ、わ、私はもう何ともないんですよ!?完全では無いとは言え、このまま上手く行けば完全にしますので!!」


「……?」


「あ、あんまり男性の方には馴染み無いですよね……」


「どういう事だ?病が適合……。病を取り込むということか?」


「……あーと、多分その認識で間違いないと思います。正確には、のでは無くと言うべきでしょうか」



ふむ。よく分からんな。



「……つまりアレか?その病は死亡率があるが、それを乗り越えればその病は身体に馴染むようになるということか?」


「はい。だいたいあってます。……その中でも、私はその病が重い方でして……。馴染んだ後は体が壊れないように鍛えなきゃいけないんです」



少し納得がいった。



「成程、だからこその軍隊志望というわけか」


「……はい、そういう事です」



この世界の兵士のレベルがどの程度なのかは分からないが、軍隊となれば何処も訓練の厳しさは同じだろう。抑止力として存在する武器を持った者が半端者であっては大問題だ。

個人では、その域に達せないからこその軍隊志望。そして力をつける為に剣を振るう。幼いながらも、考える事は大人のそれと同じ。立派な少女だと関心する。



「……済まない。少々感化された。テレシア、君は立派な女性だな。自分の未来を見据え、今からでもと歩み始める姿。君の未来は、きっと明るいものになるだろう」



お世辞抜きに俺は彼女のあり方に感動している。将来の夢、成りたい自分、やりたい事全て、彼女のような年齢の子供達が思い描く理想の自分。

成程、久しく見た輝きだ。あまり子供と接していなかったからこそ、改めて分からせられる強さと光。


腹は決まった。これは剣を教えるしかない。

俺はこの光をさらに輝くものにしたい。彼女はきっと大成する。間違いない。

だから俺は、彼女の未来のために喜んで踏み台となろう。



「故に君の願い、僭越ながら俺が叶えよう。何分人に教授する事は不慣れだが君の力になれると言うなら、出来る限りを持って臨ませて欲しい」


「……え、いいんですか?」


「あぁ、力を欲する事は悪い事じゃない。俺も昔はそうだった。どんな形であれ、何かを高める為に精進する事は自分の意志を貫ける。将来の事を考えると、教えがいのある事じゃないか」


「……はわ、はわわ……っ」



両手で口元を押え、顔を真っ赤に染めながら見つめてくるテレシア。可愛い。

だがその仕草がどういう心境で行われているのかが分からないためなんとも言えないが、少なくとも嫌がっているという訳では無さそうだ。



「……ちなみに興味本位何だが、その病?が身体と馴染んだとして、どうして俺がテレシアを怖がる様になるんだ?」


「……え」


「え?」


「……え、えっと、ほらっ。わ、……分かりませんか?」


「……え?」



どういう事だろうか?いや、何となく分かった。内容がでは無く、俺と彼女の認識の差が。


俺はこの世界の知識について未だおざなりであるから、常識というものがイマイチ分かってない。彼女がなぜ分からないのかという疑問もこれに類しているから俺は分からないのだろう。

多分、今までの会話の中でヒントはあったはずだ。



「……あー、ごめん。俺にはよく分かんなかったからさ。ほら、今までの話で怖がる要素無かったし」



取り敢えずそう返してみる。彼女からすれば怖がるという単語から察するに、俺が見栄を張ってるか強がってるだけなのかと思われるが。

誤魔化し切れるかわからんが、取り敢えずは虚勢を貼る像を作っておこう。



「……ごめんなさいっ」


「え?」


「……ごめんなさいっ、本当に……ごめんなさいっ」


「え、ちょ、え?」



突然泣き出したテレシア。今ので泣かせる要素あったのか?涙誘われる様なことしてないんだが。


テレシアの背中を摩り、介抱する俺にテレシアは泣きながら口を動かす。



「………レンさんは優しいですっ。……こんな私に……っ、気を……使って、下さるなんて……っ」



あーこれ壮大な勘違いしてますな。

と言うか、俺に対する失望とか無いのかよ。生粋の善人聖人じゃねぇかこの子。



「……私が、私がの一角になるにも関わらず、恐ろしくて今にも飛び出しそうなのに、私の事を最後まで下さってるなんて………、やはりレンさんは優しいお方ですぅ……」


?とは?」



初めて出てきた単語だ。。戦乙女の称号のようなものを有しているのだろうか。

そういう事ならば、テレシアは凄い逸材だ。軍にまだ所属していないのに2が決まっているとなれば、彼女は期待の星という事だろう。物騒な2つ名だが、剣術に関しては将来有望視されているに違いない。



「………え、ですよ……?」


「……あ、あぁ。だろ……?」



ん?どういう事だ?

テレシアの表情はなんだか俺の心情と打って変わって驚愕に満ちていた。



「……え、あのっ、で、ですから……、わ、私なんですよ!?」


「……お、おう。そうなのか。なのか」



え?どういう事だ?何か違うのか?




「………え?」



「………え、えぇ?」







「「……えぇえ?」」






いや本当にどういう事なの。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私(達)はアナタに夢中 黒姫凛 @kurohimeriu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ