短編小説「グッドデザイン」
門掛 夕希-kadokake yu ki
洗練されたデザイン
正午になった。男は自室のパソコンの時刻を確認すると、予め開いていたwebページの更新ボタンを押した。そして、自身の名前が受賞者欄に記載されていないことを確認した。
男は六畳一間の空間と一体となっている万年床に横になると、右拳を固め布団を殴った。男が先ほど見ていたのは、外国の名のあるカーデザインのコンテストであった。航空機に自家用車、軍用車や銃器産業まで担っている大企業がスポンサーとなっており、最優秀賞の作品は機能性を考慮し作成及び販売が確約されている。しかし、最優秀賞はもちろん、入賞の欄にすら男の名前はなかった。
悔しかった。いや、”悔しくなくてはならない”と、利己的な自分が胸の中に居座ってる事実には目を背けることにした。そもそも短大でデザインの基礎の部分は学んだはずだが、そこから入学時に持っていた情熱を昇華させるほど、懸命な学生ではなかった。
今回のコンテストだって、カーデザインなどろくに調べもせず、自分の好きなミリタリー要素や自分の持って生まれた才能を信じ、色彩選択を行なった。結果、気を衒てらった独創的なカーデザインとなったが、男は(このセンスは数ある募集作品の中でも目を惹くだろう。そしたら……もしかしたら……)そんな輝かしい未来への妄想に時間を費やした。そしてそれはデザインの修正時間より明らかに長かった。
そんな過去を今になって後悔している途中で、電源をつけたままであったパソコンのメール受信音が鳴った。男は今まで没頭していた後悔を忘れ、メールを確認することにした。そしてメールの内容に驚愕した。
メールの差出人はカーデザインの選考委員会を名乗る者からだった。男のカーデザインが選考委員会で話題となり、受賞とはならなかったが別の形としてデザインを流用したいとのことだった。そして、是非会って詳しくお話をしたいということが明記されていた。
男は早急にメールの返信を行った。すぐにでも会いたい気持ちを抑え、多忙を装い会合の日程は1週間後となった。
「そんなすごいチャンスをお前はなんで断ったんだ?」暖房の利いたファミレスのテーブルの向かいに座る男に友人が聞いた。男は友人に1ヵ月ほど前に行われた会合についての後日談を話している途中であった。しかし、男が友人に話した会合までの経緯については、少しばかりの脚色と、自身の努力と挫折の経験を一つまみ捏造し語っていた。
「俺のデザインをこれから新車のポスターに使用したいと言ってきた」今まで武勇伝のように揚々と語っていた男の口ぶりと変わり、少しばかり影があった。「すごいじゃないか。だからなんで断ったんだよ。君はデザイナーとして大きな一歩を踏み出すことができたのに——」「促進ポスターじゃないんだ」男は語気が強くなってきた友人を諭すように静かに話しはじめた。
「〝まだそんなダサい車に乗っているんですか?本物がわかる人が選ぶのはこちら〟和訳するとこんなキャッチコピーがつく〝ダサい〟部分のデザインを依頼されたんだよ。君には才能があるとヘラヘラと笑いながらね。こんな仕事受けてみろ、デザイナーとして大きな一歩を踏み外すだろ?」そう自称気味に笑ってみせた男の話しには、たった一つだけ希望があった。会合の内容についての脚色は一切なく、自分の現状を直視できていることである。
その大いなる進歩に友人だけが気付いていた。
短編小説「グッドデザイン」 門掛 夕希-kadokake yu ki @Matricaria0822
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