第1.1話 企画

  登校して教室に着くと、黒板の前でクラスメイト達が盛り上がっていた。

 まぁ、朝から活気があるのはいいことだ、と自分の席に向かう。

「浩太朗はもう投票したのか?」

椅子に座ろうとしたところで、聞き慣れた声が俺の名前を読んだ。一旦椅子に座ってから、声のするほうに顔を向ける。

 松本隆也、オールバックできめた髪型に、人を小ばかにしたようなにやけた表情が特徴的だ。高校生になる前からの数少ない友人で、俺にゲーム制作部に入ってはどうかと、提案してきたのも隆也である。廃部したゲーム制作部の代わりに、ゲーム制作同好会を立ち上げたのは予想外だったようだが。

「あれだあれ、文化祭で何するかって話」

隆也は、まったくと呆れながら黒板の方を指さした。

 そこには白いチョークで、焼きそばとかメイド喫茶とか紙芝居だとか書かれていて、そこの下には投票数を表しているのだろう、正の文字が書かれていた。

「あそこに紙と箱があるだろ、黒板に書かれているものから選ぶか、自分で新しく提案するか、紙に書いてくれ」

 隆也が親切に説明してくれた。

なるほど、まぁ俺は何でもいい。やる気のある奴がやる気を出せばいいのだ。

 とはいえ、教室の中がやけに騒がしい。俺がめんどくさがり屋なのを引いても、みんな盛り上がり過ぎではないだろうか。

「売り上げで上位になれば図書カードが貰えるらしい。確か、1位が5000円、2位が3000円、3位が1000円だな」

俺が不思議に思っていることを察したのか、隆也が教えてくれた。

 高校生の俺達にとっては喉から手が出るほど欲しい金額だ。中にはそれを得るために、裏で課題代行が盛んに行われるという。

「このクラスでは部活に入ってるやつは少ないのか?出来れば俺は同好会の方に力を入れたいんだが、他は違うようだな」

適当に集められたクラスよりも、似たような志を持つ部活の方が、そういうのにもやる気が出ると思うのだが。

「部活での出し物は2、3年の奴らがメインだからな。1年が参加しても雑用としてこき使われるだけだ」

まぁ、みんなやるっていうなら俺1人抜けても大丈夫だろう。一安心である。どちらかというと、秋晴さんの方が心配だ。絵が描ける人は、イベントがあるたびに声を掛けられる。

 俺が登校したことに気づいたのか、1人の男子生徒がやってきた。手には紙を持っている。最近、隆也がつるんでいるグループの1人であり、このクラスの中心人物の1人でもある。日焼けをしてない俺よりもさらに白く、また、ところどころ青色が混じった髪。そういうのに疎い俺でも分かる。そう、オシャレだ。

 名前は確か。

「寺門だ、よろしく」

握手でもするんじゃないかと身構えてしまうほど、爽やかな笑顔を見せながら名乗ってきた。別にクラスメイトの名前を忘れたわけじゃない、ちょっと思い出せなかっただけだ。

「浩太朗は部活、じゃなくて同好会の方に集中したいらしい。1人くらい抜けても大丈夫だよな」

こういう時の隆也は気が利く。そういうことだ、と俺も寺門君に視線を送る。

「同好会?どういうことしてるの?」

寺門君が俺の方を向いて聞いてきた。

「ゲームを作ってる。文化祭ではそれを出す予定だ」

「へぇ、ゲーム作れるんだ、凄いな」

今度やらせてくれよ、と言いながら、俺に紙を渡してきた。紙には何も書かれておらず、真っ白だった。

「松本君にも聞いたと思うけど、そこに文化祭でやりたいこと書いといてほしい。適当でいいからさ。あと、新城君がゲーム作ってるってみんなに宣伝しておくよ」

そう言うと寺門君は、黒板の方へ行った。これはゲーム制作同好会のほうに専念していいということだろうか。

 いつの間にか黒板の周りには、クラスの中心グループともう何人かが集まっていた。あと少しで授業が始まるというのに。

 俺は貰った紙をそのまま隆也に渡した。

「なんだこれ」

「白紙投票だ、選挙みたいなものだろ」

「そういうのはダメだ。何をしたいかと、何でそれをしたいのかという理由も書かないといけない。このクラスはみんなの意見を聞こうっていうのが習わしだからな」

なんて不便な制度なのだろうか、民主主義というのは。

「なぁ隆也、人の上に立つことに興味はないか?」

隆也は一瞬黙り込む。返事を考えているというよりも、俺をどう諭そうかという表情だ。だがさすが俺の友人。何か言おうとしたのだろうが、諦めた表情ではぁと溜息をついただけだった。

「冗談だ、白紙はダメだが何でもいいというのはありだ。理由も書かなくていい」

人の上に人を造らず、人の下に人を造らずである。民主主義BANZAI。

 ということで俺は、何でも可、と大きく書いて、紙を投票箱に入れた。このクラスの出し物が盛況になることを祈りながら。

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