第1.0話 企画

 暑い、そう呟くのは何度目だろうか。太陽は丁度真上にあり、それを誇らしいと思っているのだろう、雲に隠れる気もないらしい。残念ながら俺には、それをどうにかしてやろうなんて気概はなく、ほんの少しでもマシな道を辿ろうと、影を見つけてはそこを通っていく。

 そうやって歩いていると、バス停と書かれた看板のところにたどり着く。

 待つこと数分、見間違えたかもしれない時刻表とスマートフォンの時計を確認する。多少のズレはよくあることであり、遅れてもいいようにバス1本分早く出てきた。

 どうやら時間は間違えていないらしく、邪魔な汗を拭いながら、遅れているのか先に行ってしまったのかわからないバスを待つ。しばらくすると、緑色のバスがやってきた。市バスだ。

 遅れて来たのか早く来たのかわからないバスに乗り込む。何分か待たされたとしても、冷房の涼しさの前では些細なことである。

 バスに揺られながら着いたのは、自分が通う学校だ。休日の昼間に来るのはなんだか違和感がある。

 普段なら、同じ柄の制服を着た生徒がたくさんいるのだが、今日は少ない。

 目的の場所は、第二コンピュータ室というところだ。隣の第一コンピュータ室に比べて狭く、広さは普段授業を受ける教室の半分ほどしかない。部屋の中には、ノートパソコンが3つ置かれた長机と、何も置かれていない長机がある。顧問によれば、第一コンピュータ室はコンピュータ部が使っていて、昔あったゲーム制作部とはあまり仲が良くなかったらしい。

 「あ、新城君、おはよう」

俺に気づいて挨拶をしてきたのは、同じくゲーム制作同好会に所属する秋晴さんである。赤茶髪と少し鋭い目つきが印象的であり、絵を描く担当だ。

 ゲーム制作同好会は現在二人しかいないため、俺が来た時点で揃ったことになる。

「おはよう、早速始めるか」

同好会を立ち上げたのはもちろんゲームを作るためであり、最初の目標は文化祭に出展することだ。今は7月の上旬。もう少しで夏休みであり、それまでに何を出展するのか、生徒会に企画書を提出しないといけない。特に同好会は部活と違い、実績が無いと見なされて、審査を受けないといけないらしい。

 前にあるノートパソコンを起動して、制作中のゲームのプロジェクトを開ける。確認のため動かす。

 画面の左側に右向きの飛行機が出現して、ジェットエンジンがパラパラ漫画の要領でアニメーションする。キーボード操作で、画面の中を上下左右に動かしたり、弾を撃つことができる。画面の右側からは、羽が生えた蛇が一定間隔で出てくる。敵だ。蛇が何度か出てきた後に、ボスであるメデューサが出てくる。メデューサはギリシア神話で出てくる怪物であり、髪の代わりに蛇が生えているのが特徴的である。

 よくある横スクロールのシューティングゲームだ。

「今のままじゃ遊んでもらうには物足りないよね」

ペンタブのペンを持っている秋晴さんが、画面に映っているシューティングゲームを見ながら言った。

 このシューティングゲームを作り始めた時は、ゲームを作るというよりも動くものを作るということを目標にしていた。出来上がった時はもちろん達成感があったが、それ以上に物足りないというのが正直な感想だった。

「そうだな、ここからどうクオリティを上げていくか」

参考になるものがないかと、検索エンジンでシューティングゲームを調べてみる。

「けど、1つだけでいいのかな」

秋晴さんが聞いてきた。

「シューティングゲーム以外にも作ると?」 

「うん、別にこのゲームをもっと伸ばしていくっていうのもいいんだけど、やっぱり好みがあるというか、違うジャンルも欲しいなって。それに、文化祭って部屋を借りるんだよね、1つだけだと寂しいし」

なるほど、作り込むのではなく増やすという選択か。1つよりも2つである。

「あ、もちろん出来ればっていう話だからね、プログラミングにどれだけ時間がかかるかなんて分かんないから」

慌てて秋晴さんが両手を小さく振った。片方の手には、親指と人差し指の間にペンを挟んでいる。よく落ちないものだ。

 秋晴さんの持ったペンを眺めながら、考えてみる。

 2つ目のゲームを作ることには賛成だ。しかし、制作期間が大きな問題である。なにせ、文化祭まで2か月ほどしかなく、メンバーも2人しかいない。仮にテストプレイを誰かに手伝ってもらったとしても、余裕はないだろう。

「ゲームを2つ作るのはいいと思う。だが、時間があまり無い。シューティングゲームを早く完成させるとして、2つ目のゲームは企画だけして、生徒会に申請しよう」

実績のない俺達にとって、完成したゲームを審査で提出するのは必須である。しかし、2つのゲームを提出しようとすると時間が足りない。夏休みまでにシューティングゲームを完成させて、夏休みの初頭に2つ目のゲームの企画書を書き上げる。そしてその時点で、シューティングゲームと二つ目のゲームの企画書を生徒会に提出する。審査が通るかは待たずに、ゲームを作り始める。というのが、ぱっと思いついた文化祭までの流れだ。

 わかった、と秋晴さんは早速作業を始めた。シューティングゲームに使う絵を描いてもらうのだ。

 俺も作業を始めようとしたが、まだ汗が乾ききってなかった。エアコンの風が当たるところまで椅子を引っ張る。仕方ないので、頭だけ動かす。

 さぁ、二つ目はどんなゲームを作ってやろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る