Learn ~夏休み編~

ピヨさぶろう

第0話 それいけ三角関数姉妹!!!

「兵隊さんが大変よ!」

叫んだのは帽子をかぶった小柄な女の子。三角形の帽子のてっぺんにはリボンが着いていている。どういう原理か、sの字になっていた。

 声に反応して駆け寄ってきたのは二人の女の子。3人とも似たような背丈と格好だ。姉妹だろうか。

 十字なのか、別の1人がかぶっている帽子のリボンは上に伸びたあと、一回りして横に伸びていた。もう1人のリボンはコの字になっている。いや、正面から見ればcの形だ。であればもう1人の子は、十字ではなくt字か。

 名前はそれぞれ、sinちゃん、cosちゃんtanちゃんというらしい。

 3人の女の子の先には、1人の兵隊さんが宙に浮かんでいた。浮かんでると言っても、自分で浮いているというよりは、何かに縛り上げられてるような感じだ。

「たすけてたすけて」

兵隊さんが消えそうな声を漏らす。

「あれは、ジンバルロック!」

兵隊さんを縛り上げている正体に気づいたのはsinちゃん。

 よく見ると、兵隊さんを蛇のような何かが巻き付いていた。お化けか妖怪か妖精かそれらの類だろう、全体的に黄色く、半透明で向こう側が透けて見える。

「ころしてころして」 

首をあらぬ方向へ曲げられていて、生気を無くした兵隊さんの足がぶらんと垂れ下がっている。

「待ってて兵隊さん!すぐに助けるから!」

そう言って3人は、ある場所に向かっていった。



「さぁ虚数君、力を貸して!」

cosちゃんが手を伸ばす。しかし、虚数君と呼ばれた男の子はしゃがみこんでいて、そこから離れようとしない。

「もう嫌なんだ、無いモノ扱いされるのは、偽物ってみんなに言われるんだ」

虚数君が顔を埋める。

「偽物がダメなんて誰が決めたの?」tanちゃんが強く言い放つ。

「そうよ、どうして人間が薄っぺらい画面で3次元を表現できるかわかる?無いものをあるように計算して2次元にして映してるの!」

「だからお願い、また一緒に計算しましょ?」

cosちゃんとsinちゃんも続けて説得した。

「cosちゃん、sinちゃん、tanちゃん……」


 3姉妹が兵隊さんのところに戻った。後ろには虚数君もいる。

「さぁ、いくわよ!」

cosちゃんが

「クォータニオン!!!」

cosちゃん、sinちゃん、虚数君が合体して、クォータニオンという一本の槍になった。それをtanちゃんが投げつける。  

 投げられた槍は兵隊さんに刺さる、と同時に、今まで曲がっていた首が元通りになっていく。

 まとわりついた蛇はいなくなり、兵隊さんが自由になった。

「ありがとうみんな」

意識を取り戻しながら、兵隊さんがお礼を言う。

「もう行っちゃったよ、あの3人」

虚数君が呟いた。

 すでに姉妹は遠くの方へと走っていた。

 兵隊さんと虚数君は、それ以上何も言わずそこに立っていた。3人が見えなくなるまで。

 夕日が走っていく3人を照らし、長く伸びた影が一日の終わりを表す。

 けれどこれで、ジンバルロックが無くなった。世界がほんの少し平和になった。

 まだまだ三角姉妹の戦いは続いてゆく!



 なんだこれ。

「なんだこれ」

朝起きて来ると、リビングにあるテレビに、こんなアニメが映っていた。

「知らないの?今ちびっ子達に人気の”それいけ三角関数姉妹”よ。ゲーム作るんだったら少しは流行りも勉強しなさい」

テレビの前のソファに寝転がっていたのは、久しぶりに帰省してきた姉貴である。片手に持った皿には、スイカを模したアイスが乗っている。

「立ってるついでに捨てといて」

そう言いながら姉貴は、アイスに刺さっていたのであろう木の棒と袋を渡してきた。

 次こそ家族会議では、ソファの隣にもゴミ箱を、という意見を通したいのだが、蹴ってしまうから、匂いが気になるから、という反対意見もあり、なかなか思うようには進まない。そもそも家族会議なんて、俺が高校生になってからは一度も無いのだが。

 仕方ないので受け取ったゴミを台所へ持っていく。

「あんたが同好会、それも自分で立ち上げたなんて世紀末ね」

 ついでに朝食をと冷蔵庫を物色していると、姉貴が失礼なことを言ってきた。俺が世界の命運を握っているのであれば、もう少しいたわって欲しいものである。

 確かに俺はそういう活動には興味がなかった。ゲームプログラミングの勉強はしていたが、それは完全に個人的な好奇心であり、誰かと何かをしようと思って始めたわけではない。

 なんだかんだあってゲーム制作同好会というものを立ち上げたのは、高校に入学してすぐのことだ。友人である松本隆也に勧められて、見学しようとしたゲーム制作部は廃部。代わりにゲーム制作に興味がある秋晴結月と出会い、ちょっとしたシューティングゲームを作り、ゲーム制作同好会を立ち上げた。

 そして現在、文化祭にゲームを出展するという目標のもと、活動を続けている。

 休日だというのに、わざわざ朝のアニメをやってる時間帯に起きてきたのは、文化祭に向けた制作を進めるためである。

「今日は昼に学校に行く、だがら用事があっても押し付けないでくれよ」

どうせ暇でしょ、とよく雑用を押し付けられたのは、今となってはいい思い出である。

「あたしをなんだと思ってるの」

姉貴がテレビを見ながら聞いてきた。

「姉貴は姉貴だろ、日頃の行いだ」

少しいけずな言い方をしてみる。さっきのお返しだ。

「ふん、あんたが休日に学校なんて、いつか学校のほうが逃げそうね」

さすがの姉貴も顔をこちらに向けて言い返してきた。とはいえ、内容はやぶさかではない。 

「俺をなんだと思ってるんだ」 

あえて姉貴と同じ返しをする。

「日頃の行いでしょ」

言ってやった、という表情を見せることもなく、飽きたのか、姉貴はそのままテレビへ向き直った。

 とりあえず俺は、姉貴なりのエールだと思うことにした。

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