第20話

双子に対するお父様の溺愛は半端なものではなかった。乳母の他に赤ちゃんに慣れた専属メイドを雇い入れ、本邸のお父様とお母さんの部屋の隣に赤ちゃん専用のお部屋まで整えさせた。名前はお父様が考え、男の子にはガレスと、女の子には二二アンと名づけられた。早産だったにもかかわらず二人の生育は順調で、お父様が喜ばれるのでお屋敷では使用人にさえ笑顔が増えた。


ガネーシャ様もブリジット様も、私相手になら皮肉や嫌味も言えようが、まだ何も分からない非力な赤ちゃんには手の出しようもない。表向きには赤ちゃんを新たな弟妹として歓迎し、お父様の意向に従っていた。


そこで溜まる鬱憤は私へと向かうのも仕方ないかもしれない。我が子を生んでくれたお母さんを、お父様が殊更大事にするようになった事も相まって、ガネーシャ様もブリジット様も私にちくちくと尖った言葉を放ってくるのがエスカレートしていた。


しかし、お父様にとって私は利用価値ある、次の代の聖女候補として揺るがないものを持っている。それは、ある夜の晩餐でも明らかにされた。


お父様が、回復してきたお母さんを交えて久しぶりに全員揃った晩餐で私に言ったのだ。


「ミモレヴィーテ、当代の聖女様もお年を召してお力の衰えが見えてきた。お前を次の代の聖女として陛下もお認めの意向を示されておられる。そこで、貴族向けの新聞にお前が紹介される事となった。広く知れ渡る事になるのだから、心を新たに一層励みなさい」


精霊達との得がたい契約を交わしているとはいえ、私は17歳のデビュタントもまだ先の、14歳にしかならない子供だ。それが、貴族に向けて──ひいては国に次の聖女として認識されるようになる?


私は臆したが、聖女様からの教えも受けている身だ。いずれ避けられない道でもあったのだろう。


「……はい、お父様。聖女様からも努めて学ぶように致します」


従順に答える私に、お父様は満足げに頷いた。ガネーシャ様とブリジット様はにこやかに祝う素振りで私の出自を元に嫌味を言うのを忘れない。


「ミモレヴィーテは、既に貴族により統治される事で生きられた平民ではないからな。より貴族らしく、気高く民に分け与える事も覚えるべきだろう」


「そうですわね、ミモレヴィーテお姉様もガラント侯爵家の令嬢として恥ずかしくない振る舞いを更に身につけるべきですわ。いまだに己の専属メイドへ丁寧語でお話しだとか。上に立つ者としての自覚を持つのがまず先ですわね。身分とは無関係にお育ちになられたとはいえ、そろそろ身分というものをご自覚なされませんと」


言われっぱなしは癪だけれど、仮にも家族間での諍いをお母さんに見せて悲しませたくはないので、ぐっと堪える。


お父様も、私が平民として生まれ生きてきた事実は変わらないものだから、それを諌めようとはしない。ただ、お二人に私についての聖女候補という高貴な者となる現実は認めるよう、「それくらいにしておきなさい。ミモレヴィーテは稀有なる精霊の愛し子である事に間違いはない、それを忘れるな。それも、我が家から輩出される事になる愛し子だという事をだ」と釘をさした。


ガネーシャ様とブリジット様は不服そうだったが、家長であるお父様に反駁する程愚かでもない。そこで気まずそうに黙った。


──そして数日後、マルタが「ミモレヴィーテ様、こちらは侯爵様より承りましたお品でございますわ。ミモレヴィーテ様には、ぜひご覧になられますようにと」と、新聞を持って来た。


驚くべき事に新聞の一面に肖像画付きで私の事が大々的に掲載されている。記事には、私がいかに力ある精霊様達と契約を交わしているか、その以前に成し遂げた精霊の御業の素晴らしさが長々とした賛辞に満ちて書かれていた。私は愕然としながら並べられた言葉を眺めて、これを読めと仰ったお父様からの無言の圧力に震える思いがした。


新聞では、お母さんについて書かれてはいなかった事が、不幸中の幸いだとは言えたものの──多分お父様はお母さんにも記事を読ませてみせた事だろう。幼い頃、私の精霊達との繋がりを隠すように言っていたお母さんの心中はいかなるものだったか。それを思うと心が痛みに軋んだ。


──そうして、この記事は貴族の令息であるショーターの目にもとまる事になるのだ。


「ミモレヴィーテ様……?──この顔はミモレだろう? あの時の不思議な力は……ミモレがこのミモレヴィーテ様なのか?」


ショーターは父であるウィルダム公爵の居る執務室に向かい、手にした新聞を見せて真意を訊ねた。ウィルダム公爵は意外にもあっさりと事実を認めた。


「ですが父上、ガラント侯爵家のガネーシャ嬢が14歳の誕生日パーティーを開いた時に僕も呼ばれましたが、そこにミモレは居ませんでした。それよりも前──ミモレの14歳になったと思われる時には、そもそも誕生日パーティーすら開催されておりません」


「その当時は立場が微妙だったからだ。今ではそれも大きく変わったという事だよ。15歳の誕生日パーティーはおそらく盛大に開催されるだろうね。ショーター、お前も招待されるはずだ」


「僕が、ミモレの……」


まだ頭が混乱しているが、ひとつ確かなのは、そこでならばミモレ──ミモレヴィーテにまた会えるという事だ。


──ミモレにまた会える。


ミモレは貴族の水に染まり笑顔を濁らせてはいないだろうか?


いや、きっとあのミモレならば変わらずに穢れなき笑顔と眼差しを持っているはずだ。


そう信じて、ショーターは淡くも確かな期待を抱いて再会を願った。──そのさまを見守るしかない父親の眼にひそむ、沈んだ色にも気づけないまま。


一方で、私──ミモレヴィーテは目まぐるしく変わった日々に追われていた。


お茶会にパーティーにと、とにかく招待が激増している。とてもではないが、全てに応える事は不可能だった。


それでも、ガネーシャ様の開くものには不参加とする訳にはいかない。しかし参加する令嬢には、精霊の御業を見世物のように考える者も少なからずいた。精霊への不敬とも思わずに精霊様を見せて欲しいとねだり、挙げ句には精霊の力を見てみたいとまで言い放つ。


「精霊というものは、とても珍しくガラス細工のように美しい姿をされているのですってね。私一度拝見してみたいですわ。今もミモレヴィーテ様のお傍におられるのでしょう? 出し惜しみなさらないで下さいな」


「私まだ精霊の御業というものを拝見した事がございませんの。手品か魔法のように傷も癒されるとか。後の話題作り……後学の為に拝見てみたいですわ、試しの傷でしたら私の使用人に腕を切らせますのでご心配には及びませんわ。よろしくて?」


そんな失礼な言葉もかけられ、私は憤りを通り越して辟易とした。


私にとって精霊達は大切な──かけがえのない絆で結ばれた存在だ。パーティーの出し物のひとつのように見られるのは不快だった。しかし、あまり無下に断っていては私への周囲からの見方が悪くなる。それを理解している精霊達が私を気遣い、あしらいきれない程しつこく頼まれた時には、令嬢達に姿を見せてやる事もあった。それが私には心苦しく、申し訳なかった。


自室で精霊達と自分だけになると、私はそれを謝った。


「精霊さん達、皆……私のせいで不愉快な思いをさせているわ……本当にごめんなさい」


しかし、精霊達はいついかなる時も、ミモレヴィーテ様の為なら姿を見せるくらい何でもないと笑ってくれた。


「謝らなくてよろしいのですよ、ミモレヴィーテ様に何の非がありましょう。私達はミモレヴィーテ様の味方ですし、お友達ではありませんか」


生命を繋ぐ者が穏やかに許してくれる。アースリーがそれに続いた。


「むしろ、精霊である自分達がミモレヴィーテ様の味方だという事を知らしめれば、ミモレヴィーテ様への風当たりがやわらいで良いと思うのですよ。治癒に関してはミモレヴィーテ様のお力も使いますので遊び半分で見せられるものではありませんが……私達の姿を見せる程度、何とも思いません」


私は、そこまで言ってくれる精霊達に心から感謝して、精霊達と過ごせる時間を──下町にいた頃のような自由な時間は失われたものの──大切にして、精霊達と親しんだ。マルタも分かってくれていて、自室でのお茶の時間には必ず精霊達の分も用意してくれるのが、しみじみとありがたかった。


「ミモレヴィーテ様がお勉強でお疲れでしょうと、厨房の者がアイスクリームを用意してくれましたのですよ、甘さの控えめなジャムと一緒にシューに添えてお召し上がりくださいませ」


「まあ、ありがとう。精霊さん達も喜ぶわ」


「ミモレヴィーテ様、アイスクリームは冷たくて甘いのでしょう?

マルタ、私達の分も用意してくれてありがとう」


「ミモレヴィーテ様と皆様のお為でしたら、何て事もございませんわ。お屋敷に仕える者は皆、お慕い申しておりますのよ」


「私達もミモレヴィーテ様に良くしてくれる皆を好きですよ」


「あら、まあ……光栄ですわ、これからもミモレヴィーテ様と睦まじくなさって下さいませね」


「もちろんです。その為に私達はミモレヴィーテ様のお傍に集まったのですから」


「精霊さん達……嬉しいわ、ありがとう」


精霊達と過ごす時間はなごやかで優しい。──でも、その交わりによって精霊達との親和性が更に高まり、発揮出来る力が強くなるという事には、私はまだ気づいていなかった。


ある夜、精霊王様が久方ぶりに現れて、その事実を教えてくれるまでは。

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たとえ母国が滅んでも〜神の寵愛を受けし乙女は神に背く〜 城間ようこ @gusukuma

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