第3話
少し経つと、奥から話し声が聞こえてきた。
それも一人や二人ではない。
もっと大勢だ。
見えないところ、少し離れたところで数人があれやこれやと話をしているので何を言っているのかはわからなかったが、一言だけはっきりと聞こえてきた。
「……村で飼っているペットの……」
前後は聞き取れなかったが、老人ではない男の声がそう言っていた。
――村で飼っているペットの?
それ以外はどちらかと言えば全員が押し殺したようなしゃべり方をしていたのだが、村で飼っているペットの、と言う言葉だけがやけにはっきりと聞こえてきた。
言った本人がその言葉、その意味に高揚して、思わず声が大きくなってしまった。
川北にはそんな感じに聞こえた。
それ以外は聞き取れた言葉は一言もなかった。
川北はそのまま聞いていたが、やがて静かになった。
なにも聞こえない。
――ええっと。
川北がそのまま待っていると、老人が出てきた。
「今、みなと話し合っていたところですわ。ちょうどこの家で、寄り合いがありましてな。みなが集まっているんですわ」
「そうですか。確かに何人もの声が聞こえてきましたから」
「それで話し合った結果、その商品とやらを買おうということで話が進んでいますので、面倒ですがもう少し待ってもらえんですかな」
「はい。買っていただけるんなら、いくらでも待ちますから、ゆっくり時間をとって話し合ってください」
老人は再び奥へと引っ込んだ。
川北は心が躍った。
田舎の金持ちの老人。
話っぷりから買ってくれる可能性が高そうだ。
おまけにあの老人は、おそらくこの村で一番の力を持っていると思える。
そうなると客が一人ではなく、数人になる可能性も充分にあるのだ。
そうなれば今月のノルマくらい、軽く達成してしまうだろう。
うまくいけば、うまく引っ張れば、今月どころか来月、いや再来月もいけるかもしれない。
そんなことを考えていると、外に車が停まった。
見れば大きなバンだ。
川北が車を見ていると、老人が顔を出した。
その後ろには、やけにいかつい男が三人ついてきていた。
農作業で鍛えたのだろうか。
三人ともに服の上からでもわかるくらいにかなり筋肉質な体をしている。
「呼んだ車が来ましたな。それでは行きましょうかな」
「行くって、どこへですか?」
「おたくの言う商品を買う代わりに、見せたいものがありましてな。この村にしかない名物みたいなもんですわ。見て損はないですぞ。ぜひ見ていってくださいな」
「そうですか。それを見れば商品を買ってくれるんですね」
「そうですな、一番高いものを買いましょう」
北川は心の中でガッツポーズをした。
商品の説明もしていないにもかかわらず、それも一番高いものを買ってくれるなんて。
まさに前代未聞だ。
同僚に話しても、誰にも信じてはもらえないだろう。
ライバルにおいしい話を教えるつもりなど毛頭ないのだが。
こんなおいしい話、教えてたまるか。
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