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「思いっきり走れたら、気持ちよさそうですね」


 昼休憩をするために立ち寄った街道脇の広場で、瑠依は馬に乗る練習をしていた。初めて馬に乗ってから数時間程度であるが、瑠依の生来の運動能力の高さによってか、常歩くらいまではなんとか様になったように思える。

 瑠依が馬に乗ったことがなく、またルラーク村にも貸し出せるような馬がいなかった。そのため、とりあえず湖港ラルートまでの移動は瑠依の乗馬練習も兼ねてリヴィウスの馬に相乗りさせてもらうことにした。アゼルは剣士のため、もし戦闘が発生すれば大立回りが発生する。素人の瑠依を乗せてそれは難しく、比較的動かなくても済む魔術師のリヴィウスの方がおりには適任であった。

 「そもそも戦闘とは?」と瑠依は出発前疑問に思ったが、それはすぐに意味が分かった。

 

「アゼル、ファングウルフです」

「わかった!」


 ルラーク村を出発してから数十分後、リヴィウスが声を上げた。いわく、魔物探知の魔術を一行の周りに展開していたらしく、その網に「ファングウルフ」なるモノが引っかかったのだ。


 (ウルフってことは狼!?)


 瑠依が理解すると同時に、アゼルが飛びかかってきた「ファングウルフ」を切り伏した。そして細やかに馬を操ると、近くに居たもう何匹かのファングウルフに攻撃する。森の中でもまた、ファングウルフの断末魔が聞こえる。リヴィウスが魔術で遠くに潜んでいたらしいファングウルフたちを倒したらしい。

 

「……あとの仲間は逃げていったようです。この様子なら、我々には戻ってこないでしょう」

「人通りが減ったから飢えてるのかもな。このこともラルートの奴らには言っておくか」


 一分もしないうちに戦闘は終了した。辺りには絶命したファングウルフの濃い血の匂いが漂っているが、それをものともせず、アゼルとリヴィウスは事後処理を行っている。

 

「こういうことって、多いんですか……?」


 事後処理――換金できるらしいファングウルフの牙などをアゼルが剥ぎ取り、ほかの魔物けものやモンスターが寄ってこないように、リヴィウスが魔術で掘った穴に残った死体を埋める――の手伝いをしながら、瑠依は恐る恐る聞いた。獣に襲われたのだから例えば刑法第三十七条の「緊急避難」に当てはまるのかもしれないが、そういう環境に居なかった瑠依にはなかなかに刺激が強い。慣れない人であれば吐いたり気を失ったりしてしまうようなレベルの現場である。

 

「まーよくあることだな。都市外や塀のない小さな集落だったらあり得ることだ。特に最近は……。てかお前も〈三ノ神殿〉からルラークに行くまでに襲われなかったのか?」

「……神殿にいらっしゃった白骨遺体の方達以外には特に……?」

「ほんとかよ……」


 訝しげにアゼルが呟く。どうやらアゼル達は〈三ノ神殿〉の動く白骨遺体スケルトン以外にも、ルラーク村までの間に魔物に襲われていたらしい。強さはそれほどでもないが、このような事後処理をしっかりやっていたため、ルラーク村に辿り着くまでにかなり時間がかかったのだという。

 

「ルイさんが魔物に襲われなかった理由はありますよ。ただ、説明すると長くなりますし、今は先に進みませんか」


 ファングウルフの死体を埋め、簡単に掘り返せないようにならしたリヴィウスが移動を促した。まだ今日の行程は半分も終わっていない。その言葉に頷いた瑠依は、ファングウルフを埋めた場所に合掌してからリヴィウスの馬に乗せてもらった。

 

 そのような流れが昼休憩までにあと二回起きている。一つは「ラビットホーン」という角を持った野ウサギの群れ、もう一つは崩れた湖岸を渡る際に湖の魔物ウィルオウィスプを。そのどちらも戦闘としては脅威ではなく、あっという間に終わった。ウィルオウィスプは光の塊と戦うという不思議な光景だったため、少し見入ってしまった。ラビットホーンの方はあまり見られなかったが。


 ただ、ラビットホーンを倒したことでウサギ肉が手に入った。ウサギ肉を食すためには熟成期間が必要とのことですぐには食べられないが、血抜き・解体され、食肉になったソレは、案外大丈夫だった。身勝手な自分の認識に瑠依は笑いそうになる。だが少なくともこちらの世界ではこれが当たり前なんだと思ってしまえば、どうにかなるかもしれない。それに快楽のために剣や魔法を向けている訳ではないのだ。自分達や農畜産物が襲われるから対処する。また相手を殺すことによって生じてしまったものをただ捨て置くのではなく、何かに加工したり食べたりして有効活用している。

 「郷に入れば郷に従え」であり、「いただきます」である。

 カールに選別としていただいた揚げ魚を挟んだパンサンドイッチをいただきながら、瑠依はそう思うよう折り合いをつけた。

 

 その日の夕方、瑠依達は湖港ラルートへと辿り着いた。

 大きな湖から流れ出る大河にかかるようにしてできた街。山間の街と海沿いの都市を結ぶ帆船がいくつも並び、そろそろ夜だというのに通りには人出がある。

 街の中に神殿があるのか、閉門に合わせてリゴーンリゴーンと鐘を鳴らしていた。

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