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を聞くということは、結構あるんですか?」


 アルコール度数のキツい田舎風の酒を一口煽ると、瑠依は気になることを尋ねた。

 今や日本でそういう物語おはなしは日常茶飯事であったが、その中に放り出されている瑠依の納得と理解はシーソーのように定まらない。容疑者ふじもりともみ合って頭に損傷を負い、病院のベッドの上で夢を見ている、と言われた方がまだ現実味があるのだ。

 アゼルは頭を掻きながら、一瞬視線を左下に向けた。


「ああ、あると言えばある。ただ、そう多くではない」

「ほとんど伝承や噂話の類いですね。各地を回っていると、『「違う世界から来た」と言う人間が居た』という話はたまに存在します。少し言動に不安のある方の場合もありますので、全てを信じられる訳ではありませんが」


 リヴィウスがアゼルの言葉を継いだ。淡々としているが、その言い方には少し疲れが滲み出ている。


「――私達の旅の目的の一つに、そういった事実を確認し、当事者を保護する、というものがあります」

「それは……国とか、宗教的なものとかの要請で?」

「どちらかというと国ですかね。あちらにいらっしゃるのは、この都市国家群の一角を担う王国の第三王子です」


 諸国漫遊をするご隠居が開始五分の茶屋で印籠を掲げた。

 アゼルを指しながらするリヴィウスの説明は、そんな突拍子もないものだった。


「お、王子!? それは今まで適当な態度をしてしまって……!」


 王国の第三王子。ロイヤルファミリー。

 選挙前の議員候補の警備に駆り出されるか、会議室で捜査一課長の激励を受けたことくらいしか「お偉い人」との接点がない瑠依には、あまりにも想像がつかない。だが初めてアゼルに会ったときのあの雰囲気を思い返し、納得した。

 取りあえず身だしなみを整え、言葉遣いを改めなければと身じろぎをする瑠依に、アゼルは面倒くさそうに手を振った。


「そのままでいい。生まれがソレなだけで、オレにはほとんど何もない。後継者は上の兄貴が安泰、下のが国の騎士団長、オレは騎士団所属の一騎士だ」


 『騎士も確か貴族の爵位の一つですよね?』という質問は飲み込んだ。王族としての扱いに辟易しているという様子の彼だ。嫌なことは続けない方がいい。


「ちなみにそっちの眼鏡はオレの乳兄弟で、今は同じ騎士団の同期の魔術師だ」

「階級で言いますと平民なので、アゼルよりもお気遣いは不要です」

「はあ……、わかりました」


 瑠依は頷いた。


「それじゃあお二人は、国から『異世界から来たと言う人間』を探して、保護するように任務を受けていると」

「……そうだ。今までハズレばかりだったが、やっとアタリを引いたらしい。お前の出で立ちは珍しいし、なんだっけ、けいしちょーなんたら」

「『警視庁』ですね。私は日本という国の東京という都市で警察――治安維持の職務に当たっていました。身分証もありましたが……すみません。それはこちらに来る時に無くしてしまっていて」


 そういえばこの二人の能力を考えれば、もしかしたらあの廃神殿に取りに行けるのではないか。そう瑠依が思った直後、あっさりと問題は解決した。


「その身分証というのは、こちらの事ですか?」


 リヴィウスがローブの内ポケットから、見慣れたそれを取り出した。

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