25
「作り手がどっかに行っちゃったみたいなので、もうちょっと待っててくださいね」
そう言ってカールの奥さんは騒がしい宿屋に戻っていった。
瑠依は晴れ上がった空に向かって伸びをする。風に煽られた木の葉の行く先を目で追えば、ラトル湖と周辺の山々の雄大な景色が見渡せた。
浜沿いにルラーク村の外へと向かったアゼルとリヴィウスの後ろ姿を思い出す。たった二人だけで大丈夫なのか、そう口から出そうになったが、この世界では問題ないらしい。どこか輪郭を持ち始めた現実に、瑠依は押し留めるように息を吐き、ポケットのスマートフォンを取り出した。
通知欄には何の表示もない。電波は圏外で、充電が少し減っている。待ち受け画面に設定したアナログ時計風のイラストがちゃんと動いていることで、これが見てくれだけの玩具でないことを教えてくれた。
出した意味がなかったと思いたくなくて、瑠依はカメラアプリを開き、ラトル湖畔の風景を写し取る。やたらと綺麗な画質の写真に、ルラーク村の様子も撮っちゃおうかと振り向くと、宿屋の勝手口からカールが出てきたのが見えた。
「ルイさん! さっきは悪かったな」
慌ててスマホをポケットに隠した瑠依に、カールは心底申し訳ないという声で彼女に謝った。何でも勝手に話を進めて勝手に失恋させて、女の人に詰め寄っていたことをミアに怒られたのだという。
「私の方は大丈夫です。仕事柄、男性達ともよく一緒に働いてますし」
変な言い訳だなと思いながらも、性別を黙っていたことを詫びると、カールはいやいやいやと首を横に振った。
「元はいえばこっちの、というかダビット爺さんがいけねぇんだ。爺さんは思い込みが激しいって忘れちまってた」
それは門番の一人として大丈夫なのだろうかと気になったが、やはり危険感知の魔術が使えるという方が重要らしく、問題ないらしい。思い込まれた本人以外。
そのときどこか遠くでドーンという雷の落ちるような音がした。カールと二人、空を見上げたが、怪しい雲は見当たらない。首を捻っていると、カールが思い出したように手に持っていた物を掲げた。
「おお、そうだこれ。詰め所まで持って行ってくれねぇか。夜中からあんな状態じゃあハンス達も大変だろ。これは村からの差し入れだって」
カールが持つカゴの中には具がたっぷりと入ったサンドイッチと瓶入りの飲み物が詰め込まれている。ボリュームたっぷりでいて食べやすいそれは、緊急業務中の彼らにとってありがたい差し入れだろう。
「ルイさんの分も入ってるからさ、一緒にあっちで食べて来いよ。気になってるだろ、盗賊団のこと」
「そんな……ありがとうございますっ」
盗賊団の一員を捕まえたからといって、村人でもなく衛兵でもなくただの流れ着いた部外者が、気になったからといって理由なく詰め所に行けるわけがない。だがその理由にしてくれという好意に、瑠依は頭を下げた。
「いいって。それにこれはミアが作ってたんだ。アイツなりに心を込めて」
「お父さんッ!」
何かまたしでかしやしないかと隠れて見ていたらしいミアが非難の声を上げる。それに慌てたカールが「じゃあ、よろしくな!」とそそくさと帰っていった。
「その、お、美味しくはできてると思うので!」
ちょっと拗ねたような表情のミアは確かに可愛い。若い男性が多ければ、それこそ引く手あまただろう。まあそれは当人同士のことなので、瑠依が言えることではないのだが。
作ってくれたミアに礼を伝え、瑠依は詰め所へと足を向けた。
村には瑠依のことが知れ渡っているようで、誰かに出会うたび声をかけられた。いつの間にか村に盗賊が入り込んでおり、それを捕まえた瑠依は英雄のようだった。また詰め所まで食事を届けに行くといえば、皆さん大変ねと果物やらお菓子やら酒やら、持たされる食べ物が増えていく。
そうしてやっと目的地のそばまで来たとき、にわかに詰め所の中が騒がしくなった。嫌な予感がする。
「おばあちゃん、家の中に戻ってて」
瑠依はその時話していた老婦人にお昼ご飯のカゴを渡し、家の中に入るように伝える。そして瑠依が詰め所に駆け寄ろうとしたその時に、中から一人の男が出てきた。
拘束したはずの盗賊のひとりだった。どうして、という疑問が頭を横切る。だが考えるのは後だ。
「ッ止まりなさい!」
「うるせぇえええええッ!!」
瑠依の制止の言葉も、男の心には届かない。
男が瑠依の姿を捉えた。憤怒に燃えた表情で、また瑠依に襲いかかってくる。手には衛兵の誰かから奪い取ったのか長剣が握られていた。反抗の意思あり。瑠依は腰に下げた特殊警棒に手をかけるが、リーチは長剣の方がある。
とっさに近くに立てかけてあった物干し竿を手に取った。手のひらで握り込め、長さもちょうど良い。
一瞬で持ち手に構えると、男が長剣を振り上げた瞬間に瑠依も踏み込んだ。男が振り上げた長剣の柄頭を物干し竿で打ち上げ、そのまま空いた胴に突きを打つ。後ろにバランスを崩した男の側頭部に引き戻した物干し竿を打ち込めば、男は地面に転がった。
地面に落とされた長剣を蹴り飛ばす。まだ動こうとする男を背後から押し倒し、襟を締め上げた。ここで確実に落とさなければ、被害は拡大する。
男の苦しむ音を聞いていた瑠依の目の前の地面が突然、光を放った。既視感のあるそれにふと殺気が漏れる。
その瞬間、瑠依の首元に先ほどとは違う、使い込まれた剣先が向けられた。
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