12

 目にまぶしかった新緑も、もう何時間も見ていれば慣れてくる。


「あっ、見えた……」


 日が斜めに傾く中、瑠依はカーブの先に茶色い壁が連なっているのが見えた。目をこらせばそれは木製の塀のようで、その奥には石造りの屋根がある。塀の周りは手入れをされているようで、今までの自然豊かな道のりを考えるとかなり整っていた。

 歩き通しとはいえ、元々の体力・健脚と幸いにも何にも襲われなかった瑠依はまだ元気だ。思わず走りたくなる気持ちを、だが抑えた。 


「まず言葉が通じるかどうか……」


 ここの雰囲気は明らかに日本のそれとは違う。英語なら日常会話くらいならなんとかできるだろうがそれ以外、もし異世界語なんて来たらお手上げだ。

 それと、と瑠依は背後を振り返り、今まで歩いてきた道を思い返す。

 これまでの道、何も襲われないどころか、何ともすれ違わなかった。森の中で微かに獣か小動物が動くような気配がしたくらいだ。


 廃神殿から先、少しの間は草に覆われた土道だった。そこから急な坂があると朽ちかけた階段のような段差があった。

 人の手が入っている様子に人の行き来があったことが分かる。しかしほとんど荒れたような様子に、この道を通る存在が今は絶えてしまっていることもよく分かった。見る限り、この道へと続く町の塀にある門も固く閉ざされているようだ。

 下ってきた道は脇道などなかった。あの廃神殿へ行くためだけの道だったのだろう。

 そんな道からやってきた存在を町の人たちはどう思うか。たとえ言葉が通じたって不審者扱いである。


「ちょっと様子を見よう」


 瑠依の声はシンとした森の音に遮られる。それでも声に出して決定させた瑠依は、深呼吸をしながら辺りを見回した。


(確か廃神殿から見える町は、湖の右側にあった。だから左側に行ったら湖で行き止まり。右の森から町を迂回できるかな)


 そう考えて道から右側の森に入る。町側を見れば木々に覆われ木の塀が見えなくなってしまったので、道沿いにそれらが見えるところまで移動した。


「よしっ」


 位置取りを確認し、瑠依は警棒を草木避け代わりに進んだ。すでにここまで来て躊躇する気はない。


「機能性スーツとスニーカーで良かった、本当に」


 「どれだけ動きやすいか」で構成された瑠依の服を洒落っ気がないと口五月蠅くいう人間も居て辟易するすることもあったが、今回ばかりは胸を張って言える。容疑者確保のために走って、よく分からない場所で歩くのに、これほど適した服はないと。

 少し気分の良くなった瑠依は、薄暗い森の中を軽い足取りで道なき道を進む。獣達はその雰囲気に押されたのか、瑠依の方から離れていく気配がある。


 三十分くらい、木製の塀を左手の遠くに見ながら歩いただろうか。先が一層明るくなって見えた。


「森が、途切れてる」


 水が流れるような音はしない。つまりは道だ。しかも結構広い。

 それを理解した途端、瑠依は妙なテンションのまま森を歩ききった。


「やったっ! 外に着い――」

「お、お前ッ、そんなとこで何やってんべさっ!」


 ハッとした時には遅かった。町の入り口の方から人がやってくる。


(ひ、人だ! しかも分かる! 日本語だ!!)


 「様子見」という指示は従えなかったが、コンタクトは取れたから良しとする、と坂岡譲りの考えに瑠依は同意した。

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