10

 ぐーっと再び腹の音が鳴る。早くどうにかしろと、身体が訴えていた。

 空想的ファンタジーな要素は脇に置いておくとして、瑠依は現実的にこの後の行動を考える。

 動く白骨遺体スケルトン達が太陽の光を避けるのだとしたら、ここから逃げ出すには昼間である必要がある。この廃神殿は抜け出せたとして、その先の森はどうだ。日の差す道はあるのか。獣も居るようだ。群れか夜行性か。警察官として鍛えてはいても、それはあくまで対人戦であり、また特殊部隊所属ではない瑠依としては相手の制圧が目的だ。獣相手にどこまでできるかは分からない。


 鐘楼からぐるりと周辺を見渡した。一方は山々が見える。ここはその山脈の中腹のようで、山に対しては左右が木々の茂る裾野の森で、反対側は、森が途切ている。

 遠くに見えるのは湖か、面がきらめいていた。廃神殿の敷地内を見れば、そちらの方向に向かって一本、日の差す道が口を開けていた。ここは重要と捉え、瑠依はスマートフォンのカメラの倍率を上げ、確認する。人工的な石造りの壁と屋根、そして煙の上がる煙突が見えた。


「あそこは町、人もいる」


 それだけで気分は随分明るくなった。

 土地勘や山歩きなどの習慣はないから、あそこまで何キロあるのか、何時間かかるのか分からないが、気持ちが折れなければ瑠依は這ってでもやってやろうと思う。


「とりあえず、あの町を目指そう」


 口に出した目標は自らの士気を高める。


「それに、藤森の行方も追わないと」


 一緒にこちらに来た藤森は、自分より先に起きて逃げ出したのか、それとも”召喚した存在”に連れ去られたのか。そもそも一緒にやってきたのか。

 瑠依と同じようにあの町に向かって行ったのなら上々。違うならあの町で、何かしらの情報を得たい。


「彼が『魔法使い』だった理由が、何かしらある」


 瑠依は移動する準備を整えた。といっても広げていた荷物を片付け、動きやすいように身に付けただけだが。

 拳銃を確認して、瑠依は廃神殿を振り返った。警察手帳は置いていくしかない。あの町で運が良ければ、ここまで戻ってきて探す時間や人手が得られるだろう。

 充分にストレッチをしてから、両頬を叩く。


「――よしっ」


 鐘楼を下りる。所々窓から光が入るお陰か、白骨遺体達はやはりこの鐘楼には来ていなかった。

 下りきる前に階下を伺う。鐘楼の通路は二つに分かれていて、一方が昨夜瑠依が逃げてきた廃神殿に繋がる廊下。もう一つは位置的に、外へと繋がる扉。行くならもちろん、後者だ。


『まあ、下手に考えるな。んな緊張してたら出来るもんも出来ねぇぞ』

「大丈夫ですよ」


 坂岡の言葉に返しながら、瑠依はその扉を開けた。余計な力をかけなかったからか、扉は不快な軋みも立てない。

 あっけない始まりに笑いそうになりながら、瑠依は先を見据えた。折しも湖畔の町への道は目の前にあり、白骨遺体達は出払っていた。


「行こう」


 自分が成すべきこと、『魔法使い』を捕まえる為に。

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