8 坂岡視点

 一階に下りると、何かの手続きに来たのであろう一般市民が何人か窓口周辺にいた。

 千葉管理官に捕まる前には、「瑠依が藤森と共に行方不明になった件」の尋問も受けており、すでに時間は昼に近かった。

 「謹慎たいき」とのことで一度自宅に戻ろうかと考えつつ、任意同行の件で朝からたいした物を食べてないことを思い出した坂岡は、食堂へと向かった。

 それが良くなかった。


「あっ、坂岡さ~ん」


 早めの昼食を終え、さて自宅に戻ろうかと署を出た坂岡に間延びした声が掛かる。

 そのゆるい割によく響く声を無視しようとしたが、それに見合わぬ俊敏さで彼女は坂岡の前に立ち塞がった。


「お久しぶりで~す、七緒です。ルイちゃんのことでお伺いに来ました!」

「……お前、出禁になってるんじゃなかったか」

「だから入ってないです。ここは公道です」


 確かに足下を見れば、坂岡は一歩警察署の敷地を出ていた。

 とある事情でこの警察署を出禁になっているこの女と関わっていると思われたくなく、坂岡はそのまま自宅方面へ向かって歩き始めた。

 それを意に介することなく、七緒は分厚い手帳を広げた。そのペンに小型カメラとマイクが仕込まれていることは、瑠依から聞いている。


「それで警察は今回のこと、どう考えてるんですか~。『魔法使い事件』の容疑者を取り逃がし、あまつさえ現役警察官ルイちゃんも居なくなった件について」

「……」


 一体どっから漏れてるんだよと言いたくなるのを押さえる。それは肯定になる。まだ公表されていない情報だ。ただでさえ時間が取られてるんだ。自分が発信源にされてこの捜査を下ろされることは避けたい。


「ストーカーとして逮捕ししょっぴいてもいいんだぞ、文屋」

「あーそれは職業差別です。それにアタシは新聞じゃなくて雑誌記者ですしぃ」

「この事件で人気を博した|オカルト(くそ)雑誌のな」

「それも職業差別ー。てか今回はルイちゃんも関わってるし、そんなに書きませんよぉ、大々的には」


 今は話を聞けないと思ったのか、七緒は手帳を閉じた。ペンは持ったままなので、録っておく気まんまんである。


「それで、ルイちゃんは大丈夫なんですか? センパイとして友達として、心配なんです」


 七緒は瑠依の友人で、小学校から高校までよく遊んでいた年上の少女だった。大学は違ったようだがそれでも今まで二人は仲良くしていて、坂岡も何度か会ったことがある人物であった。


「なんとも言えねぇ。それだけだな」


 とはいえ坂岡まで仲良くする理由はない。相手が警察こっちの面目を潰した記者であるならなおさらだ。


「とにかく、今は着いてくんじゃねぇよ。捜査外されたらどうしてくれるんだ?」

「そう、今は、ねぇ。それじゃあ、また明日ー。ばいばい」


 悪い笑みを浮かべながら、七緒は足取り軽く雑踏の中に消えていった。

 正直に言えば、このやりとりでさえ懲戒ものだろう。だがあまりなりふり構ってる暇はないと、坂岡の勘は告げていた。

 変な目の付け所がある瑠依の旧友をまた、こちらが情報源にしても良いはずだ。

 ブーブーとポケットの中のスマートフォンが鳴った。


『よー、坂岡、久しぶりに謹慎だってな。今夜暇だな、飲もうぜ』


 瑠依からかと思い珍しくすぐに手に取れば、それは残念なことに警視庁にいる同期のひとり、行本からの電話だった。叩き切ろうかと思ったが気が変わり、一言だけ返す。


「少しだけだ」

『相分かった。んじゃいつも通り、お前んちで』


 そうだけ伝えると電話を切った行本に呆れつつ、坂岡はスマホを仕舞った。

 警視庁内の動きも知っておいて損はない。

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