第3話 二人の邂逅

荒野の中心、布と骨組みだけの簡易テントの中で 少女はアシミから暖かいスープを受け取る。

教会の糧食だ。固形に乾燥させた粥をお湯で戻し、食べやすくほぐして作られている。野菜や肉も混ぜ込んであり、栄養バランスもいい。傷病者の栄養補給用に開発された離乳食のようなものだ。

アシミが先に口をつけ、食べて見せる。それを真似て、少女も口に入れる。


「…ありがとうございます…あ、名前…」

「アタシはアシミ。で、あっちで見張ってるのがヴァンよ。あなたは?」

少女は少し俯き、その顔に暗い影を落とす。

「…思い出せません…。しっかり会話できるのに…自分のことだけは…すいません。」

「気にすることはないよ。生まれ落ちた…君達にとってはこの世界に来たばかりだと記憶や身体が不安定なことが多い。」


「君達…ってことは私の他にも同じような人がいるってことですか?」

「そう。あなたみたいにこの大陸に来る人は沢山いる。大体1万人に1人くらいの割合でね。」

「…それで、この扱いを見る限りあまり歓迎されてない…ですよね。」

少女は自分の両手に下がる銀色の手錠に目をやる。


「安心して。あなたが安全かどうかわかるまでの辛抱。あるべきところで検査が済み次第、安全な場所で生活できる。」

無造作に伸びきった髪を撫で、少女を安心させる。

「安全って…私何も…」


ヴァンが少女へ説明する。

「いいか、手短に話すぞ。質問は最後に受け付ける。

君達のようにこの世界へ渡ってきた者達を、『異界人』と我々は称している。この世界の原住民とは体の構造が違い、特殊能力を持っていることから全くの別種だからだ。その能力は時に人を傷つけてしまうことがある。それを危険視した一部の人間は、教会と言うものを作り君達を管理しようとしている。俺たちも教会の人間だ。能力さえ使わなければ原住民と同じように暮らすことも可能だ。」

深く息を吸い込み、自分たちを『処刑人』という言葉を使わず説明した。


指令は「揺らぎを調査しろ。」だ。それ以上でもそれ以下でもない。異界人の討伐指令までは入っていない。捕縛し、教会の管理下に置くのが一番平和的だ。


未だ事情を呑み込めない少女は、アシミに助けを求めるように視線を送る。

「わたし…どうすれば…」


しかし、相手は今までに無い程の揺らぎを観測した異界人だ。事は急ぎつつ、慎重に進行しなければならない。


「あ…」

少女は視線を外に向ける。

2人が遅れて視線の先を見る。…簡易テントの外に人の気配がする。


「…ヴァン?」

ヴァンが手を広げ『待て』と『静かに』のジェスチャーをする。


テントを出ると、思った以上に近づかれていた。

騎士団が2人もいながらここまで接近を許すとは不覚だ。ヴァンは顔に出さずとも、心の中で苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


黒いフード付きコートを着た、身長の低い…肉の付きかたと骨格、立ち方から少年のような印象を受ける。フードで陰になり顔が見えないが、恐らく仮面をつけている。目を引くのはコートのそこかしこに空いたポケットだ。ふくらみのあるコートのポケットに手を突っ込んでいる。


何度も修羅場をくぐった直感で判る。

「…異界人が何の用だ?ここには…」

ヴァンが口を開くと、ズンと空気が重くなる。


言い終わる前に2人の男は同時に銃を抜いた。奇しくも互いに二挺拳銃。

計4丁の銃口が、互いの相手を狙い合い、邂逅する。


「こちらの要求はその異界人を開放することです。解放してくれればこちらも退きます。なるべく傷つけたくはない。」


「そいつはできねぇな。それに銃突きつけて傷つけたくねぇってのは随分都合がいいな。交渉は初めてか?」

ヴァンは銃を使う者として気づいていた。銃口がぶれ、狙いがしっかりついていないということ。連射のきかない単発式の銃、交渉の体で単独で近寄ってきたこと。

仲間がいるコート男は囮

「後ろだ!」


ヴァンは身体を捻り背後の敵に2発、発砲する。

「うおっと!」

銃弾は相手が咄嗟に構えた大ぶりな剣の腹で弾かれた。

白いタンクトップに黒い短髪、黒いズボン…一目でわかる鍛えられた肉体。

見るからに接近戦向きの体格をしている。

「…クソッ」


横っ飛びに飛び退き、コート男の射線から逃れる。

ヴァンを目で追う異界人の2人、

「バキョッ」

視線が逸れた途端、テントの中から一筋の矢が放たれる。

矢は、後ろから迫っていた大剣使いの脇腹を貫通し、背後の岩へ突き刺さる。


「勇者くん!」

コート男が叫ぶ。テントの中から、少女を肩に担いだアシミが飛び出した。

飛び出したアシミに単発銃の銃口が向く。引き金に指をかけたところに

体勢を立て直したヴァンの銀弾が、コート男の両銃を弾き飛ばす。

コート男に銃口を向けながら警戒して近寄る。


「アシミ!ストームに応援を頼む!」

「わかった!」


アシミの弓矢は数に限りがある上に少ない。追加物資が届いていない以上、長丁場は向いていない。銀装で横っ腹を貫通されたのに倒れないような…どう攻撃すれば死ぬか分からないような異界人は特に。


「いっっっってぇ~~~…処刑人が2人もいたとは…誤算だ。」

「てめぇ…なんで…」

銀装で射られてアシミの矢で死なねぇんだ?と疑問を口にする前に、ヴァンは言葉を飲み込んだ。

異界人に常識は通じない。次は確実に頭を狙うと、心に決めた。


武器庫アーモリー、俺一回死ぬわ。思ったよりダメージが酷い。」

「は?」ヴァンは信じられない言葉を聞いた。

いかに異界人は常識外れや理外の存在チートと言えど、不死身ではない。命も一人につき一つだ。一度…死ぬ?

「またかい?はぁ…見てるこっちが寿命縮むよ…」

「ハハハ…じきに慣れるさ。」

そう言うと、勇者くんと呼ばれた男は、大ぶりな剣を自らの頸部に当て、引き斬った。

血の気が引くヴァン。こんな行動を起こした異界人は初めてだ。回復力、不死性、能力、全てにおいて異常。青ざめた顔で首と頭が離れる姿を目にした。

…はずだった。


「お待たせ。」

首を斬られた死体は瞬きの間に消え、血の汚れも、傷一つすらついていない勇者が…そこに立っていた。


「見えましたか?あれが彼の能力です。人間には殺せない。投降して、あの女の子を渡すようにあなたもお仲間に説得して下さい。」


いつの間にかコートの男…アーモリーと呼ばれた男は左手に銃を構えていた。

ヴァンは構えていた銃を左の銀銃で弾き、アーモリーに密着する。

「なっ…!」

距離をとらず、あろうことか超至近距離まで密着して組み付く。

アーモリーは思いもよらないヴァンの行動に気を取られて反応が遅れる。

(何だこの人!?普通距離をとるのに…!)

持っていた銀銃を手放し、相手の銃の射程距離の内側に入り、肉弾戦に持ち込むヴァン。

「おいおいおいおい…異界人相手に素手で喧嘩しようってのかよ!面白れぇ!」

勇者は信じられないとばかりに2人の間へ入ろうと距離を詰める。

胸が高まり、死ぬ寸前であろうと緊張しないような勇者の、背筋をゾクゾクと震え上がらせた。


ヴァンはアーモリーに0距離で肘打ちを脇腹へ食らわせる。

人間よりも強力な筋力と耐久力を持つ異界人が、銃を持ち出してきた。銃に関する能力だろうか、だがの大剣使いのように自分の筋力に頼らない武器を使う以上、戦闘用の能力ではなさそうだ。それに、アシミの矢に射られたあっちの奴を心配していたようにも見える。間違いなく場数を踏んでいない。最近能力を覚醒させたばかりの推定カテゴリー1~2超人クラス!とにかくこっちを先に…無力化させる!


アーモリーが体勢を崩す、右手には銃が握られていた。

―――まただ!どっからか銃を!

右手を蹴り上げ、銃を落とさせる。右手を掴み、背中と腰で少年の体重を持ち上げる。次の瞬間、天地がひっくり返り、衝撃がアーモリーの胴体と脳天を襲う。

ぐえっと潰れたカエルのような声を上げるアーモリー。


すかさず掴んだままの右手を捻り、てこの原理で…


ぱきっ


骨の折れる音が響く。

横なぎに振るわれた大剣に合わせ、ヴァンは飛び退いた。


「アーモリー!」

「大丈夫…問題ない!」


息が上がる2人。無理もない…人間を舐めすぎていた。銃を脅しに使い、異界人2人でもって1人の人間を相手取る。1人は死なず、もう一人は武器を無限に取り出せる。負けるワケがないと。…そう思っていた…。

相手が群れねば何もできない犬っころだと、勘違いしていた。自分たちを狩る側の猟犬とも知らずに。


交渉をするつもりだったが、殺す気でやり合わなければ自分たちが危ないと察し、二人の雰囲気が変わった。

勇者は大剣をその場に捨て、初めて戦闘態勢に入った。

アーモリーは密着しても使えるナイフを取り出して構えた。


ヴァンが質問をする。

「お前ら…何が目的だ?言っちゃあなんだが、たかが異界人の女1人…相当使お前らが出張ってくる程の事なのか?そりゃ結構可愛いけどよぉ…」


「それはそちらも同じでしょう?産まれたばかりの異界人1人にわざわざ銀教会の処刑人が2人…過剰戦力ですよね?」


「知るかよ。こちとら仕事で調査するようにとしか聞かされてねぇ。」


「…彼女は僕達が保護します。いや、しなければなりません。彼女が…争いに利用されるかもしれないから…」


「それはどういう意味だ?なぜ利用されると分かる?アイツは能力をまだ一度も使っていないんだぞ。」


「彼女の異能を知れば…いずれ分かります。」

遠くの方で砂嵐を吹き上げ、高速で近づいてくるものがあった。恐らくストームだろう。とんでもない速さで飛んできている。


「時間切れだな。」

勇者がそう呟くと、アーモリーは銃を取り出し空へ撃つ。

黒い煙を上げながら天へと昇る。信号弾だ。


そこから一秒と経たずして、煙の根本に勇者とアーモリーを包む形で1辺3m程の半透明な立方体が出現した。


「今度は一対一でやろうぜ、銀銃使い。」

勇者がニカリと歯を見せると、立方体は甲高い音を鳴らし、消え去ってしまった。


跡には正方形に抉れた地面だけが残っていた…。


―――まだ仲間が待機していたのか。3人目は

空間に干渉する能力…最低でもカテゴリー3以上はあるだろう。奴らはまた彼女を追ってくるはずだ。処刑人に喧嘩を売る異界人には珍しく、殺すつもりが無かったようにも見えた。昨夜の硫黄の奴とは別口だろうか。


そんな風に考えているうちに、ストームが物凄い勢いで着地した。

「無事か?ヴァン!アシミの鏑矢かぶらやが飛んできたときは何事かと…」


「あぁ…それでこんな早く来れたのか…」

こちらに何かがあったとき、鏑矢を町の近くに放つと打ち合わせしてあったのだろう。またアシミに救われた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

交戦場所から30キロ北に位置する地点、サボテンの森にて―――


「だぁから交渉なんて無理だと言ったじゃないですか!腕まで折られて…無茶が過ぎますよムラタ!私は止めましたからね!」

メガネに七三分けの学ラン姿の男がアーモリー…ムラタに詰め寄っていた。


「ごめんよ委員長…イッ…」

ネチネチと詰め寄る割に、その手はテキパキと応急処置を済ませている。


「勇者くん!君が居ながらなんてザマですか!それでも★★★★☆4つ星半ですか!?」


「ホシは強さの指標じゃねぇだろ委員長!それにさぁ、委員長も加勢してくれりゃこんな風にはならなかったんだぜ?」


「五月蠅いですよ!もし私がやられたら君達は…さっきみたいに離脱はおろか、歩いて帰ることになるんですよ!?ここから神殿まで何日かかるかわかりますか!?ホントにもー!」


「へへ…そこまで考えてくれたうえで加勢しなかったんだね。ありがとう。」

ムラタが満面の笑みで委員長に微笑みかける。


「あっ…」

心からの感謝の念に、委員長は顔が真っ赤になって黙ってしまった。


「しかしムラタよぉ…どうする?アイツ、いつ奪還するんだよ?教会の処刑人は2人いるし、2人に協力する風使いの異界人は俺たちじゃ相性最悪だぜ?」


「…今回は退くべきだろうね。ユリカさんのダウジングがピタリと当たった以上、僕達がここにいると巻き込まれる可能性が高い。処刑人の2人はあの女の子に優しそうだったし、しばらく任せても大丈夫そうだ。次の機会を探ろう。」


「腕折られたのに随分と冷静じゃねぇかよ。」


「あんな処刑人がいるなんて知らなかったんだ。…名前だけでも聞いとけばよかったな…」


続く

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