第2話 異界の人

さっきの爆発はあれのせいか、地面から生える夏の積乱雲のような塊 おそらく可燃性のガスか何かか…?大きすぎて分かりづらいが、相当な速度で移動してくる。

東の街はずれには夜警用の松明が灯されていた。恐らくそれが火種だ。

異能を解除する為に黄色い雲に向けてヴァンが発砲する。…が、何の反応も無く、銀弾は煙の中へと消えた。


「ダメだ!銀弾が効かねぇ!実物だ!」


異能で造り出された粉塵やガスが触れれば、銀に触れたと同時に連鎖して消滅する。が、実在する物体や粉塵が操作されている場合、銀に触れた部分の粉塵が操作能力を無くすのみで黄色い雲あれを消し去ることは不可能だ。

ああいった操作をする能力者は銀装の天敵にあたる。



夜目に慣れてきたころ、アシミの目は

漂う黄色のもっと奥に人影を捉えた。分厚いレインコートを着たようなシルエット。

「…あれは…?」


人影が右手を仰ぐように動かすと、人影は濃くなった黄色の奥に消えていく。

粉塵が人影の前面へと一斉に動いた。このままでは町が飲み込まれる。先程の爆発を考慮すれば町全てが消し飛ぶ程の規模だ。


「能力持ちを見つけた!距離およそ100m!」アシミが叫ぶと同時に、腰部に下げた矢筒から矢を取り出し、つがえて弓を引く。両端に付けられた滑車が回り、弓幹ゆがらが反り返る。


「アシミ!そこから狙えるか!?」

「やってみる!避難してて!」

あのガスか何かが街を飲み込み、引火したら…おそらく異界人であってもこの距離では無事では済まない。


さっき見た人影の場所に狙いをつける。

弦が張り詰め、アシミの背中の筋肉が膨張する。一切ブレない矢先を微調整し、


放たれる。

「バキョッ」おおよそ弓から発せられた音とは思えない爆音が、見えないほどの初速を伴って

撃ち込まれる。


当たったか!?位置的に黄色い砂嵐しか見えないヴァンがアシミに問う。


「もう一発!防爆体制で伏せてろ!」


ヴァンは言われるがままに耳を塞いで口を開け 腹を地面に付けずうつぶせになった。

アシミの頬には汗が滴る。

次の一発をつがえ、引き絞る。


一方地面を這う黄色い雲の中…

「推しかったネ…処刑人とはいえ、視界ゼロの中ワタシ狙うのは無理。それに…コイツは生成したものじゃないヨ。残念だったネ」

コートを着た異界人は足元に深々と突き刺さった銀の矢を見下し、手掌で粉塵の操作を続ける。


次の瞬間、粉塵の壁の外からまた、「バキョッ」という禍々しい音が聞こえた。


「何発射っても無駄無駄…そら、町が半分消し飛ぶゾ。」



コートの男は次の数舜の出来事を、辛うじて目に納めることができた。



黄色い粉塵の中、空を斬り裂いて大きな銀色の鏃が 流星のような軌跡を描いて貫く。

この距離では確殺範囲に入らない。コートの男は自身の防弾防爆防燃耐衝撃性を持つコートに、絶対の自信を持っていた。

それゆえに矢の一撃二撃程度受けることは覚悟していた。


だが、アシミが狙っていたのは


…既に打ち込んであった足元の銀矢であった。 


―――アシミの銀装「雷霆」は通常使い捨ての銃弾とは違い、弓と矢セットで一つの銀装だ。

矢の先端から矢尻まで全て銀と合銀でできた特別製の矢。その重量級の矢を通常の弓の数倍の速度で打ち出す更に特別な…常人には弦を引くことすら叶わないコンパウンドボウ。彼女はこれを寸分違わぬ精度で操ることができる。弓と共に生きるアシミの一族の狩猟文化と、本人の才能、そして底知れぬ努力が 養成所を飛び級して直接騎士団入りを許した異例の経歴を産んだ。

異界人に対する確殺範囲は脅威の200~300m


一発目に射った矢は鏃だけでなく矢筈まで全て銀でできた矢だ。

そして二発目に射った矢は…一本目の矢尻の数ミリ左に逸れて当たり、鏃が一本目の矢に擦れて滑る。金属同士が擦れ…

…火花が散る。


火花は周囲の粉塵に引火し、凄まじい閃光と爆音がコートの男を包み込む。

地響きを伴って衝撃波が届く。付近の建物は一度押し出され、真空になった爆心地に爆縮で引き戻される。

もう一度衝撃が来る頃、粉塵に飲み込まれていた周辺の家屋が吹き飛んだ。


町を駆け抜ける突風。

ヴァンとアシミが浮遊感を感じた数秒後、目を開けるとそこには

ワイルドな背中が、町と二人の前で盾となり守っていた。

巨大な風の壁が爆風と粉塵を、町に被害が出る寸前でかき消す。


突風は爆風の勢いを弱め、地面すれすれから吹き上げて爆炎を上空へ逸らした。爆風は町の外側へ吹き飛ぶ。

「間に合ったぜ…」

その勇ましい立ち姿は、ストームの腰につけられたバッジが偽物でないことを証明していた。



次の日の朝、ヴァンは半壊して空が見え隠れする宿屋のベッドで飛び起きた。

「おう!無事かぁ!?」

目覚めてから初めての声がワイルドに響く。


「す…ストーム?町は!?被害は!?」

「幸い数棟倒壊した程度で済んだ。けが人も1度目の爆発による負傷だけ、あの大爆発で死者がいないのは奇跡だ。礼を言うぜ。」

昨晩の悪臭とは打って変わり、爆発による焦げ臭い匂いがヴァンの鼻腔をくすぐる。


「いや俺は何もしてねぇよ…礼ならアシミに…あ…アシミ!」

「あのねーちゃんなら爆心地に行ったぜ。ぴんぴんしてら。」


よかった。2発目を射ったすぐ後、建物の中に避難したのが見えたが無事を知らされて安堵する。


「ストーム、あの能力だが…まさかあんた…」

「教会の奴らがカテゴリー4天災級だとか言ってたな。」

「やっぱりか…」

この世界で指で数えられる程しか確認されていないカテゴリー4の異界人。その一人がストームだった。過去歴史上討伐された記録があるのは『魔王』と数人だけ。脅威度と不死性からおよそ犠牲を出さずに処刑することが不可能の異能、彼が人類の味方で心からほっとする。



昨夜の爆心地にて、何かを探すアシミ


「…あった。」

めくれ上がった岩々を軽々とどかせて目当ての物を見つける。


二本の銀矢だ。

「アシミ!!」

「おはよう!遅かったねヴァン!それより、これ見てくれ。」

アシミは昨日の矢をヴァンに見せる。

「?黒焦げの矢…?。これがどうかしたか?」


「銀矢が浅黒く茶色に黒ずんでいる。でもこれは焦げじゃない。

硫化だ。あの黄色い粉塵の正体は『硫黄』。しかし、硫黄を操ったとしてこんな風に硫化させられるというのは不自然だ。操作するだけでなく、硫化を促進させる能力も持ってそうだ。一瞬で銀装を硫化させるほどの硫黄を操作する異界人…

硫黄を操作できる異界人…覚えてないかい?ヴァン。」


「…まさか!!アシミの国を襲ったヤツか!?」


「まさかこんなところで会うことになるとはね…」


「アイツは生きてるのか?」

「…死んでないよ、生きてる。妙な服を着こんでたしそれのお陰だと思う。」


「ここで出会えるなんて…幸運だよ。みんなの仇が…やっと取れる。」


「あ…アシミ?」

「ヴァン…『揺らぎ』の調査に出かけるの…ちょっと後回しでいいかな?」

アシミのその顔は…喜びとも恨みとも取れる笑顔で、歪んでいた。



荒野の町から数キロ離れた岩場にもたれかかるコートの男。

…そのコートも、服だったとは思えないほどボロボロの布切れになっていた。

「ハァ…ハァ…ッ」

コートに辛うじて残ったフードの中から、防塵マスクをつけた男の顔が覗く。

息を切らし、爆発の衝撃で内臓を痛めたようだ。マスクを外して咳き込むと、血が混ざった吐瀉物を吐き出す。


「割りに合わなイ…これでいいんだナ!?ジエム!」


ジエムと呼ばれた男性は岩の陰から現れ、コート男の顔に手をかざす。

黒い外套がいとうに、不釣り合いな程白いピエロの仮面が不気味に映る。

「…ダメです。誰も殺せずに逃げ帰ってきましたね?経験値が足りません。」


「…ハァ?あの爆発で誰も死んでいないだト?…確かに爆発させタ!」


「奇跡でもあなたのヘマだろうと、足りないものは足りないのです。とにかくあと最低でも3人分は経験値が必要です。横着して大規模に能力を使ったのもマイナスですね。」


「誰がアドバイスなんて頼んダ…?」

コート男の目から殺意が放たれる。


「おっと。GMゲームマスターに攻撃は加えられませんよ。」

ジエムは身じろぎ一つせず淡々と話す。

「…」

「昨夜の町、教会の処刑人が居合わせましたね。こちらとしても想定外の乱入プレイヤーです。目標を変更することも可能ですが…目標を変更しますか?」


「教会の処刑人…スコアはどうだっタ?」

「一般人は10、処刑人は30、教会の処刑人は3000ポイントです。レベルが一気に30も上がります。レアですからね。」

数秒考えたコート男は自信を持ってジエムへ伝える。

「ジエム。目標変更ダ。奴ら二人を3日以内に倒ス。」


「了解しました。クエストを作成します。プレイヤー:サルファ様。」


2人は入り組んだ岩場の奥へ姿を消す。2人の周囲にはおびただしい数の盗賊の死体が転がっていた。




1日中、瓦礫の撤去を手伝っていたアシミとヴァンは一段落した頃、ストームが使用する気球を使って周辺の探索を行っていた。木製の足場に大きな袋で浮かぶ細長い楕円状の気球だ。町の周辺で採掘されるガスを燃焼させて浮いている。今でこそだだっ広い荒野だが、元から地下資源が豊富だった土壌に50年前の大戦の影響で、埋没していた資源が地表近くにまで隆起しているらしい。


「凄ぇな!オレ気球乗るの初めてだよ!なぁアシミ!これで昨日のコート野郎も探せるし、揺らぎから産まれる異界人も探せそうだ。そっちは何か見つかったか!?」


「…ヴァン。無理に気を遣わなくていい。脚が震えてるよ。苦手なんだろ?…高いトコ」

「…悪い。バレた?」

「少し前のアタシなら1人で復讐に突っ走ってたと思う。だけど 今のアタシは処刑人だからさ、私情はできるだけ挟まない。処刑人らしく、ね。」


「…」

彼女も成長している。いつまでもじゃじゃ馬のお姫様ではない。1人の処刑人だ。


「…騎士団のみんなと違って心配してくれるところ、アタシは好きだよ。昔良くしてくれた付き人みたいだ。」

聞き逃せない言葉をヴァンは耳にした。


「え…オレのこと好きって…?つ…つつつ付き合っ…」

ヴァンは女性とお付き合いをしたことが無かった。アシミの一言で胸の奥底がドクドクと脈打つ。自分が恋愛対象になるとは微塵も思っていなかった女性からの一言。アシミの顔も普段より5割増しで美人に見えた。


「いや無理。アタシの結婚相手はアタシよりも力持ちであって欲しい。それと、アタシの国では弓の腕と毛深さが魅力的な男性のステータスだと伝えておくよ。」


「そっすか…」

無理。その一言でヴァンの恋の予感は、予感のまま撃沈した。

「ヴァン、高い所のせいで正常な判断が出来てないぞ。どんな時でも平常心だ。」

「うっ…そうかも…」


「第一前に教えた継矢ができてないだろ?弓の腕比べでは継矢できることが大前提だ。銃でもいいからできるようにならないとね。」

「へへ、銃弾でならできるようになったぞ 今度見せてやらぁ。」


「本当かい?楽しみにしとくよ。」


2人は和やかな雰囲気に包まれていた。上空およそ50mの位置、荒野の端にあるサボテンの森まで見える。ずっと続く地平線、地面にはキレイに雲の陰が落ちていた。


ふと、周囲が暗くなる。太陽が雲に隠れたのか…違う。そんな暗さではない。それよりも何か大きな…

「ヴァン、これは…?」

「この規模、この暗さのは初めて見る…『揺らぎ』だ!すぐに着陸するぞ!」

「わかった!」


気球の燃焼機を止め、ゆっくりと近くの地面に降下する。

降下の途中、周囲およそ1キロに渡って暗い影が落ちている。


「アタシ、異界人が産まれるのを見るのは初めてだ…」

ヴァンも見たことがあるのは1か2回程度、生まれ落ちた瞬間をみるのは今回が初めてだった。 暗い空間の上空に一滴の大きな白い点が浮かぶ。白い点は重力に従い落下する。


2人はその近くへ駆け寄る。指令では揺らぎの調査とは言われていたが、揺らぎによって生じた異界人は捕縛か、それができそうになければ即座に処刑といった措置が取られる。…ふつうであればの話だが。

今回は事前情報からも普通とはかけ離れた規模だった。重苦しい天秤は、有無を言わさず処刑の方へと傾き始めていた。


大きな白い雫は、地面すれすれでピタリと止まり。薄く円形に潰れる。

白い円形から…人の形を持った何かが、ゆっくりとせり上がり さながら珈琲がフィルターを通り抜けるように、実体が地面へ音もなく安置される。これがゲートと呼ばれるものなのだ。


人間と同じような姿をしているが、決して人間とは同じではない この世界に生まれ落ちた異物。ストームや義理の両親、手にかけてきた対象達…彼らは人間と同じように話して・食べて・眠る。異界人らも、人間と同じように扱ってほしいとさえ訴えている。だがこんな産まれ方をする生物はこの世界の既知の、どの種類とも合致しない。見た目や異能などと言う問題ではない、人間と全く違う産まれ方をするが、人間と全く同じように生きているのだから、酷く嫌悪する者もいるだろう。ともすれば崇拝の対象にもなり得たはずだ。


最初に異界と名付けた人間は、少しでも自分たちに近い存在なのだと言い聞かせるように。名付けたに違いない。

それだけ、不気味なほど芸術作品のように美しく、完成した状態で産まれた。


睫毛や眉にすら一本も無かった体毛が数秒で生え揃う。ざわざわと髪の毛が生え、肺が動き出す。呼吸しているのだろうか。肋骨全体が拡縮する。

しばらく呼吸も忘れるほど見とれていた2人は、周囲に光が戻ると同時に我に帰る。

産まれ落ちた異界人は体形から見て女性型だ。パニックにならないよう細心の注意を払ってアシミが布を羽織らせ、銀の手錠を優しくかける。


瞼が光を感じてピクピクと動き出した。

この姿だけ見ると本当に髪の色が黒いだけの人間にしか見えない。


2人は、後ろ手に持った銀装を握り直し、2m程距離をとった。

異界人は身体を起こし、寝起きの人間のような仕草で欠伸をする。

口を開く。「…ここは?」


2人は返事をする。

「おはよう。ようこそ異界人。」


続く

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