第1章 揺らぎ

第1話 荒野の町

首都アルギンを出立してから1週間、いくつかの街と小国を跨ぎ、いくつかの馬車の乗り継ぎを経て アシミとヴァン、2人を乗せた馬車は大陸北西の『サスダン荒野』へと脚を踏み入れる。


交代の仮眠をとりながら ヴァンは無精ひげの生えた頬を掻く。

「奴の拠点だった砦、ジルバーン西の国境川沿いを基準にして活動範囲を10キロ程に限定して…」


その傍らでアシミはヴァンを眺める。昼夜交代で馬車に近づく者を警戒していた。

「寝言でブツブツ呟いて…新人に怪我させたこと、そんなに気に病んでるのかな…異界人と戦ってりゃ珍しいことでもない。」

無理も無い。幾多の異界人狩りを行ってきてなお、無敗のヴァンが初めてできた後輩を再起不能にされたのだから。死者が出なかっただけでも奇跡的だ。


それほどまでに異界人との戦闘は危険だ。


―――アシミはヴァンとペアを組むのは初めてではなかった。

それも、アシミが騎士団に入る前のことだ。


日が傾き、サスダン荒野周辺に生える背の高いサボテンの森に影を落とす。

ヴァンがアシミと馬車の見張りを代わり、馬を休ませる。

この地域に詳しい馭者に聞くと、もう少し行くと微かに残ったサボテンの緑も少なくなり、岩場が増えるそうだ。


こういった岩場の死角は、族の待ち伏せに最適の危険地帯となる。

その前に余裕を持って野宿をすることにした。

薪を集めて火をつけ、地図を開き明日の道筋を打合せする。


ヴァンは寝袋に入ったアシミに死体を操る異界人に心当たりが無いか聞いた。

「死体を操る異能か…見たことも聞いたこともないね。アタシの国を襲った奴らの中にも、任務でも聞いたことががない。」


アシミは、今は無き小国の王女だった。今は北の帝国領となって兄妹が領主をを務めて復興中らしい。祖国を襲った異界人の残党を、彼女は騎士団員となって探している。


「ただ…別件だが前回の任務で捕らえたヤツに…珍しい異界人集団の話を聞いた。

だが、…その…あまり気持ちのいい話じゃない。」

アシミは寝返りをうち、夜空を仰ぐ。


「いいよ、話してくれ」


軽く咳払いをし、話始める。

「…好んで人間を殺して回る野良教会の把握していない異界人コミュニティがあるらしい。

そいつらは能力をひけらかして人間の犯罪者や賞金首をメインに『狩り』をする。

集団とは言ったものの…遊びのように獲物を追い込み、能力でなぶり殺す。残ったのは辛うじて本人だと分別できる…首だけだと。」


「今はまだ人間の賞金首を狙っているのが不幸中の幸いだが、教会も見過ごせない状態だ。これがもし一般人や人違いだった場合…最悪の事態にもなりかねない。」

―――最悪の事態…それは不安が疑心を呼び、疑心が暴力を呼ぶ大混乱だ。無害な異界人と武装した人間同士の、無辜むこの民と暴走した異界人の内乱。半世紀をかけて社会的地位を確立してきた異界人も、また戦争が起きて殺し合う…


50年前の異界人と人間間の戦争。大量の血が流れ、それだけでなく大陸各地の環境も変わってしまった。森が砂漠に、砂漠は湖に、町は荒野に。自分たちは教会の歴史書でしか知る由もないが、それでも凄惨たる光景が挿絵と共に、記されていた。


最悪の事態を回避するためにも 処刑人は危険な異界人達を射抜く。…いずれ仕事で、騎士団の誰かが相まみえることになるかもしれない。


「あと…そいつらは獲物を狩りをするとき、ルールを決めて行うんだ。」

「…それに何の意味が…?」


「さあね。アタシにもわからない。狩りのルールだそうだ。」


馬車で更に2日ほど経過した頃、大陸北西に広がる荒野の中心、不毛の大地へと差し掛かった。

「そろそろ快適な馬車旅もお終いになるね。こっからは道の無い方に進む。」

「お疲れさん。わざわざ寄ってくれてありがとうな。

ウチの荷物はこっから持ってくよ。」


「えぇっその量を!?」

アシミは自分の体積の3倍以上はあろうかという荷物を背負い、歩き出した。

ヴァンは銀貨を渡して馭者と別れる。目の前に広がるのはただただ広い、見渡す限りの荒野。


「アシミ、ちょっと持つよ。」

「やめた方が良いと思う…」

「はぁ゛ッ!!!」

アシミが片手で持っていた大きな手提げを持とうとしたが、肩が外れるかと思うほどの重量だ。ヴァンも自分自身、非力な方では無いと思っていたが…こうも力の差が目に見えると傷つく。

アシミは人外めいた騎士団員の中でも最も筋力が強い。全身が鋼ででもできているような頑強さを持っている。それは彼女の育ちや種族によるものが大きい。


荒野を1時間、ヴァンがヒーヒー言いながら進む。

なんでもここは数百年前には大森林だったそうだ。ところどころ炭のように真っ黒になった巨木が、岩のようになって点在している。これも昔の異界人の影響だろうか。


世間話の種が無くなってきて二人が黙ったころ、アシミが口を開いた。

教会が見えてきた。

「ヴァン、あれ…教会じゃない?」

しかし、教会と言うには雰囲気が変だ。

道も何もない褐色のひび割れた大地にポツンと佇み、教会…というには寂れすぎたボロボロの、ただの木造建築の屋根に教会の紋章が掲げられている。

常駐する教会関係者もいない。近くには町があるみたいだがそこも期待できない。


補給物資は…無い。まだ用意されてないのだろうか?今回は調査だ、

そこまで大規模な戦闘にならないことが予想されているが、流石に手持ちの弾薬と保存食料のみ…となるのは心もとない。物資が届くことを祈ってとりあえず食料の確保と指令通り民間の処刑人を探しに街へ歩き出す。


町の様子を見に行くと、丁字路の大通りに木造の家屋が並んでいる。どれもこざっぱりとして人の気配がほとんど無い。町の端には見張り用のやぐらが建てられている。教会の資料によると、元々は近くの銀鉱脈から採掘する鉱夫達の町だったらしい。50年前の異界人戦争で町は荒廃したが、それでも細々と銀を掘っては教会に提携している銀会社へ売って、食いつないでいる。こうした銀鉱の町は大陸各地に点在する。


2人は辛うじて人がいそうな町の中央部、一件だけの酒場に入る。

胸から腰の位置に扉がついた両開きのドアを押して中に入る。酒場にいた何人かの人間の視線を集めた。全員銃を携帯している。

剣呑とした雰囲気に少し気圧される。

そこそこ広く、弾痕だろうか柱に穴がいくつも空いている。テーブルが1階に10、卓一つにつき

椅子が4つ、二階にもいくつかありそうだ。

アシミが堂々と入ると大きめの声で質問する。

「銀の騎士団だ。教会が依頼した民間の処刑人はいるか?」

バーカウンターの奥でマスターが眉をしかめる。

ヴァンがカウンターに腰掛けほこりが積もったテーブルを袖で擦る。

はらはらと積もった塵は床に落ちる。

「注文いいか?一番高い物を一杯くれ。」


「酒を期待してんならウチには無ぇよ。水と食料だけ。」

「じゃあ食料。2人分くれ。」

アシミが入口から店の奥入ってくる

「ヴァン、何してるんだい?民間のと合流するんだろう?油売ってる暇はないぞ」

「こういうところでの話は注文してからやるもんだ。」

「ふーん…面倒だね。」

「そういうもんだぜ。地方にも金落とさねーと処刑人のイメージが悪ぃんだよ。」

そういうものかと口をとがらせるアシミに諭す。


「アンタ民間の処刑人を探してンだって?…俺のことだろ。」

二階に続く階段から降りてきた男に声をかけられた。アシミが身構え、背中の矢筒に手がかかる。

バンダナをつけて耳にピアスを開け、黒い指ぬきグローブ、

革ジャンとジーンズを履いた…随分ワイルドな異界人だ。


「俺はアラシ。町を取り仕切ってる。みんなからは

『ストーム』って呼ばれてる。教会の処刑人さんだろ?よろしくな。」


「処刑人って聞いてたが…異界人とは知らなかった。嫌われないといいんだが」

ヴァンとストームは握手をする。


アシミを心配してチラチラと目を配る。

彼女が横目でこちらをを見ると

「…ヴァン?君がアタシのことを心配しているなら大丈夫だけど?」

アシミはヴァンにむけて余裕の表情を浮かべる。

彼女なら大丈夫そうだ。


マスターが奥から出てきた。

「ここじゃなんだし 奥で話そうか?」


店の奥、厨房を通り抜けて食品保管庫であっただろう部屋へ通される。

なぜ保管庫「だったであろう」とつけたのか。食品がほとんど無いからである。

置いてあった4脚のイスと小さめなテーブルに、アラシと2人が席に着く。


「…さっそく仕事の話だ。

「それより…さっきの街の人だが…」アシミが質問する。

「あぁ…この町の人達は教会の人間が嫌いなのさ。いろいろあってね…

宿はこっちで手配する。あそこの教会は半年くらい前から担当の人間はいねぇから荷物もこちらへ持ってくるといい。

近くの教会がある町には40キロ近くあってな、毎週オレが気球を出して買い出しにいってんのさ。」

教会公認の民間処刑人証であるバッジが腰ベルトにぶら下がっている。

ストームはそれを引っ張ってヴァン達に見せた

「バッジをつけている異界人は初めて見た。って顔だな。町を襲ってくる野良の奴がいるのさ。来るたびに俺が追い払ったりぶっ飛ばしたりしてるうちに…公認バッジを貰っちまった。」

アラシは照れ臭そうに笑う。


「そいつは複数の異界人を倒して教会の信用を勝ち取らねぇと貰えない物だ。あんた相当強いな。」

実際、教会に所属せずに異界人を狩る処刑人は実在する。公認のバッジを手に入れることは、生半可な戦力ではかなわない。仮にバッジを持っていても異界人が貰えるというのは異例中の異例だ。


「バッジがあると何かいいコトがあるのかい?アタシらには聞かされてないよ。」

「教会のいろんな補助が受けられるんだ。俺たち騎士団員には必要ない知識だから、知らないのも当然だね。」


「お待ちどう」

マスターが小さなテーブルに二つの皿を置いた。

ヴァンは皿の上に乗った食料…カチカチのパンにカチカチのビーフジャーキーと見紛う肉を挟んだ、とてもハンバーガーとは言えないハンバーガーを食い千切る。

「話を戻そう。…ってぇ」

「よし、じゃあ調査のことだ。『揺らぎ』が観測されたってのは本当か?

サイズとしてはどれくらいだ?」


アラシは手を広げて大げさに表現する。

「ああ…メチャクチャデカかった。空を覆い尽くすような巨大なやつさ。」

「空を…」


「覆い尽くす…?」

ヴァンとアシミはその言葉を聞いた途端青ざめた。


通常、一般的な揺らぎは夜空で見れば小さな星座くらいの大きさだ。小ぶりな雲くらいに見え、

光の波のように揺らめき、ほんの少し、虹色のカーテンのようにたなびく。


「聞いたことないな。その規模の揺らぎは。」


「揺らぎの大きさは、次に生まれ落ちる異界人の能力規模…言っちまえば異能の強さだ。その話が本当なら…カテゴリ3なんか目じゃない…。」


「そうだ。だから揺らぎが観測されてから町の人達は1月から2月の間、近くの町に避難させた。今残ってるのは腕に覚えのある町の男衆自警団さ。」


「あんたは何故この町に…?」


「俺は元野良の異界人でな。200年前、この近くに生まれたんだが、右も左も分からない状態で野垂れ死にしそうなとき、運良く町の人達に拾われた。

そのときのここは…盗賊に毎週のように襲われてボロボロだった。

みんな流れ者の俺に優しくしてくれてな。居場所を守る為に盗賊共に能力を使ったりした。気づいたら150年。ここで暮らしてた。ハハ…

この町の誰よりも年長者になっちまってな。ある日教会の関係者に目をつけられたものの、みんながかばってくれた。俺がいなくなったら街が滅びちまうってな。

…あんときは嬉しかった。で、教会のお偉いさんから直々に民間処刑人の証を貰った。町のみんなからの贈り物さ。街を守る為にここにいる。…これでいいか?」


色んな境遇の異界人がいる。ヴァンは、自分の育ての親であるナギとサナを思い出した。


「質問は以上か?んじゃ。改めてよろしくな。明日気球を出すから一緒に来るといい。空から調査した方が色々楽だろう。」


他にも雑談を終えた後、寂れた教会から荷物を移し

ヴァンとアシミはそれぞれ宿へ泊る。ベッドと机だけの、簡素な部屋だ。窓は一個。板が張り付けられていて

少し窮屈だ。しかし野宿するよりはずっと良い。ただ…やけに妙な臭いがした。

酷く腐った卵のような臭いだ。ヴァンはここよりも酷い場所で寝たことがあるが

ここもなかなか…五指に入るくらいには嫌な寝床だった。


教会の処刑人服を着たまま横になる。ふぅと一息ついたとき。


雷と聞き紛うような 轟音が鳴り響いた。

櫓の見張りが、けたたましい鐘の音を響かせる。

「何事だ!?」

宿から飛び出したヴァンとアシミの目の前に飛び込んで来た光景、それは半壊した町の建物だった。刺激臭が鼻を突く。

ヴァンは宿の扉から アシミは屋根に上り目を細めて宵闇に慣らす。


東の方向だ。

「ヴァン!東だ!」

「わかった!…っなんだあれ!?」


街の東の方へ振り返ると、夜でもわかるほど煙が立ち昇る。

ここで初めてさっきのは爆発音だと気づく。しかし、ヴァンの目にはそれよりも異常なものが目に飛び込んでいた。


風上にもうもうと黄色い粉塵が、ドーム状に舞う。砂嵐にも見えるが、

茶色や白色といった普通の砂嵐ではない、そして何より色が異常であった。

タンポポのような黄色。藍色の夕空に浮かぶ黄色のドームが、不気味に浮かんでいた。


続く

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