第4話 教室≪ホーム≫



ムラタはモヨリーチカの兵舎を地下から脱出し、15人の元囚人達と逃走した。

最初の数時間はひたすらに走っては歩き、歩いては走り続けた。


僕達はクラスの皆が利用している、ポータルが繋がるいつもの里山の方向へ行くよう勧めた。

先頭の小柄な男…開拓者パスファインダーのホリが作った地下道を一同は進む。

時たま人目に付かない地点で地下から出て、森を進むこともあった。

そのときは木々や草花が人2人分は避けるように倒れ、道を作ってくれた。

地面以外にも能力は適用され、道が作られる。本人いわく、湖に入っても濡れることなく湖底を歩くこともできるらしい。


「ここまで来れば大丈夫だろう。」

「もう少し進んだ方が良い!今頃兵士達は体制を整え、周囲を探しているだろう。もう既に地上で槍や銃で狙いをつけてるかもしれない…」

不安に思う者をムラタが宥める。


「大丈夫、武器庫は空にしてきた。」

「え?」

銃だけのつもりだったが、ムラタは時間稼ぎを兼ねて念のため武器を全て持ち帰ってきていた。


地下道での休憩中、座り来んで食料を分けた。一人分はほんの少しだが、何も食べないよりはずっといい。幸い皆栄養状態は良さそうだ。


そこではこれからどうするかをそれぞれ話し合った。

皆教会の管理下にあったコミュニティに所属していたが、圧政を敷く教会に逆らったため投獄されたのだという。人間も異界人が怖い。少しの抵抗の意思でも表せばすぐに捕縛される。管理下のコミュニティにはもう戻れない。


そこでムラタは一つ提案をした。

「あの…まだ詳しくは秘密なんですけど、みんな僕達のコミュニティに来ませんか?教会から離反して、ある場所に20人くらいの規模で隠れ住んでいます。そこでなら皆を受け入れられるはず。」


すると数人が興味を持ったような明るい表情でムラタの顔を見た。

口々に是非そこに入りたいだとか、ついていくと話す。

「ちょっといいか?」

1人の男が口をはさむ。

「私はジン。助けてもらった事は感謝するが、さっきみたいにキミの無謀とも取れる行動を許すコミュニティは…教会に目を付けられかねないんじゃないか?

教会や人間達に一泡吹かせたいと思ってる仲間は、そりゃついていきたいだろうよ。でも、私は静かにひっそりと…普通に生きたい。あんな風に捕まったりもしたが、一人の人間として生きたい。」

隣に座っていた坊主の男が続けた。

「僕もそう思う…正直、危険そうな君達とは関わりたくない。でも感謝はしているよ。

牢の中で…ジンと話していたんだ。僕らどこか安住の地を見つけて、ひっそりと暮らしたいって。」


そこでホリ君が口を開いた。

「大陸の東、異界人だけ暮らす国ある。噂聞いた。そこきっと、受け入れできる。」


「アタシらは海へ出る。海を渡って、誰もいない島を拓いて…そこで新しい国を作りたい。」



「関わりたくない」という彼の意見ももっともだ。無理強いはできない。なぜなら僕の目的は異界人にとって最も危険なタムラ君の敵討ちと…「教会」の打倒なのだから。いずれ教室からも独り立ちして教会を相手取って戦うだろう。…何年かかったとしても…


帰る当てが無い人達も自らの心の中を吐露することで 新しい仲間を見つけ、それぞれ違う希望をもって別々の道へと進む。

しばらくはホリ君がリーダーとなって、みんなを目的地近くまで送り届けるそうだ。



結局のところ、僕についてくる人はいなかった。別れ際、みなそれぞれ力強く一人ずつ握手をしてから別れを告げる。ほんの少ししか話したりはしてないが、もう名残惜しい。彼らは、喜びと希望に満ち溢れていた。


僕は1人、里山への帰路を歩く。タムラ君のように、皆が壊される前に助けられてよかった…

ポータルが開く約束の時間までまだ数日ある。それまで時間を潰さなきゃ


「もしも~し」

急に後ろから声をかけられ、ギョッとする。

振り向くとそこには、囚人のボロを着た…元囚人の女性が立っていた。

助け出した中の1人だ。少し僕よりも背が低いくらいの、長い髪の女性。


「キミは…皆と行かなくていいの?」

「あなたについていく。みんな自分の行きたいところへ行ったの。いいでしょ?私は私の行きたいところへ行く。…何よその顔。不服?」


「僕について来たら人間に目をつけられて危険だと思うけど…」

「刺激的でいいじゃない?それに私、役に立つと思うわ、色々話してあげる。」


「色々って?」

「例えば…あなたの友達のこととか、なぜ捕まったのか…とか。」


「…聞きたい。いや、聞かせて欲しい。」



里山へ着く間、そこでなぜ捕まったのか、彼女の生い立ちを聞いた。

―――僕はまだ、この不思議な雰囲気を醸し出す女性…『クロ』に教室やクラスの情報を出さずにいた。少なくとも話すときは神殿の中でだ。


彼女が捕まった理由、それは同じコミュニティで密告した者がいたからだ。

人間をそそのかしてテロを画策しただとか。無論それは冤罪でだ。

「なーんかまだ、警戒されてるわね。ま、怪しまれて当然だけど…」


「待ち合わせ場所に来るまでゆっくりしよう。」







一方そのころ、神殿に足を踏み入れる人影があった―――


長い長い下り階段を降りた先に建てた、石の壁、

一見行き止まりにしか見えないが、先生が作った仕掛けが

施された見張り扉でもある。


「えーと…こことここ、かな?」手をかざして鎖の先に

三角錐が付いたペンデュラムを頼りにダウジングする。

特定のレンガを押し込むことで、扉が開く。


重苦しい音を立て、開いた扉の奥には仮面を被った勇者が立っていた。

大振りな剣を肩に乗せている。

「ここは人間の来る場所じゃあねぇよ。帰んな。」

そこで勇者は感づく、

「…同じ異界人でも、それ以上入るってンなら…」


「ストップストップ!アタシは戦うつもりないから!」

アタシはユリカ。このコミュニティに入れて欲しいの。

砂塵から顔を守るターゲルムストを取って、素顔を曝け出す。

服で分からなかったが、少しぽっちゃりとした丸めの女性だった。


「…ボディチェックとかしてもいいから!」


「…通れ。」


地下空間に続く洞窟を、2人で歩く。

ユリカと名乗る女は勇者の後ろから話し続ける。


「しないの?ボディチェック。武器とか毒とか持ってるかも。」


「先生…あー、このコミュニティの長から、ここにたどり着けるヤツは

そのまま通していいと言われてる。…それに、俺にはどれも効かねぇ。」


「あら、随分自信家だこと。もし私が教会の処刑人だとしても?」


「死なねぇさ。だから勇者って言われてる。」



「あらそ、試したことがあるってこと?あの人達銀の武器で武装してる

じゃない?それでも効かないの?」


「…さぁな。」


神殿のある巨大な地下空間に出た。相も変わらず昼夜問わず

鈍くぼんやりと緑色に光っている。

ユリカは一通り見渡すと感嘆の声を漏らす。


「凄い所ね…ここにたどり着けた人なんていなかったでしょう?」


「あぁ…まぁ、はじめて扉が開いたんで来て見りゃ、

闘いには向かなそうなヤツが一人とはな、久しぶりに

本気で戦闘りあえると思ったんだが…がっかりだ。」


「結構な言いぐさじゃない?じゃあ見つけてあげよっか。

本気でやりあえる人。」


「…あぁ?」


パーマがかった長髪を揺らし、丸みを帯びた顔が

勇者の顔を覗きこんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


―――図書室 神殿の奥、外界の書籍を集め湿気対策を施した一角で

先生は蔵書を開いて縦に並べ、虫干しをしていた。

「またそんなことをしているんですか、センセイ。」


「…ケンセイ君。そこにいたのかい。」


先生の後ろ数メートルの、壁に寄りかかって男が立っていた。

長い髪を後ろで束ねた切れ長の目をした男だ。帯刀している。

「フナミの奴にやって貰えばすぐに終わるでしょう。」


「それは正解だ。効率面で見ればね。だがこれは趣味だよ、

一つ一つに思い入れがあって…手に取る度に

初めて読んだときの気持ちを思い出す。長い寿命を持つ僕らにとって

初心を思い出すというのはとても大切なことだ。」



「本題に入ろうセンセイ、ムラタを1人で行かせたのか?」

剣聖は静かに、だが力強い声で先生に問いかけた。


「…危険だと言うんだろう?でもここの唯一の規則は」


「「否定をせず、自由に学べ」」


「…だろう?拙者が言いたいのはまたタムラのように帰って来ないのでは

ないかということだ。人間の武器を奪い取ってくるなど、危険に対して実りが少なすぎる」


「ケンセイ君は勘違いしているね、ムラタ君は強いよ。」



「?ムラタはここではお世辞にも強いとは言えない。」


「そうだ。彼は弱いよ。だからこそ大丈夫だと僕は思うね。

自分の弱さを知っているからこそ、出過ぎた真似をしない。

その点に関してはこのクラスの誰よりも顕著だ。客観的に見て自己評価を下せるのも

強さの一つだ。それでも盗み出すなんて彼の口から聞いたときは驚いたけどね。」


「では、無事に奪って帰れると?」


「僕は先生だ。生徒本人が成長したいと思うことに関しては、誰よりも応援して

背中を押すよ。奪えるにしろ、奪えないにしろ、彼の中で何かが成長することには変わりない。」


「それでも、拙者は納得いかない。戦闘ができる者が一人はついていく

べきだった。」


「僕達は本の様に…一つ一つ、形が違う、装丁や紙の保存状態 厚さ ページ数 内容… 同じ本であっても完全に同じ物は一つとして無い。君達も、輝ける場所や役に立つ場面はちがうんじゃないか?彼ならキミとは違ったアプローチで同じ目標も達成できるはずだ。」


「死んだタムラにも同じことが言えるのか?…回りくどい割には薄っぺらい説教だな。自分の意思で抜けたヤツはもう教え子ではないか。」


「…」


先生の淡々と本を立てていた手が止まった。


「勘違いするな。拙者はこのコミュニティさえ守れればいい。戦えない者に危険なことをさせるならセンセイであろうと…切り捨てるつもりだ。いいか、仲間をその『教育論』とやらで危険にさせるなら、許さない。」

剣聖は図書室を後にする。



4日後…

開いたポータルからムラタともう一人、クロが入ってきた。

クラスの皆は新入りとなるクロを快く迎える。


「おかえりなさい、ムラタ君。」

「ただいま、新しい仲間がいるんだ。クロさん?」


「クロです。皆さんこれからよろしくね。」


「どもども。アタシはユリカ、アナタがムラタね!よろしくー!」


明日大広間で新人歓迎会するから準備するわ、それではどうだった?

「あぁ…あとで話すよ。それよりちょっと…ゆっくり眠りたい。」


1週間、非戦闘向きのムラタが気を張った状態で神殿の外にいた。

そのストレスと緊張…そして本人は気づいていないが、大容量の物体を長時間武器庫にしまっていたせいで疲労も限界に達していた。



神殿にはいくつか部屋が作られている。それぞれ個人の為の

個室のように区切られた部屋だ。


空き部屋は許可を得て自由に使っていいコトになっている。

ここは他よりも広い情報室を兼ねた研究室として鑑定士さんが普段使用している区画だ。

しっかり休んだムラタと鑑定士、先生そして委員長、他数人の生徒が興味深げに

立ち会っている。


まずは戦果として数十本の槍や剣がそれぞれポケットから取り出される。武器庫丸々

一個分だ。


「―――それで、銃は見つかったのか!?」

一番にウキウキで聞いてきたのは一緒に訓練した勇者君だった。彼の訓練のおかげで兵を無力化し、命を救われた。

「もちろん!」

ムラタは自慢げに武器庫から盗み出した銃をポケットから取り出した。

あの、壁に掛けられていた長い銃身の銃だ。


大き目なテーブルの上に二挺並べる。鑑定士は数回瞬きし、じっくりと銃を眺める。すると申し訳なさそうに口を開いた。


「あの…本当に言いづらいんだけど…

これ、模造品(レプリカ)よ。弾が撃てない飾り物。」


「…え。」

数秒場が凍り付いた。

「…そうなの?」

確かに試し打ちなんてしていない。ムラタは一瞬焦ったが、

武器庫での出来事を思い出す。


爆弾に驚いて、偶然脚に当たった箱の中身を。

「じゃあこれはどうだ!?」

取り出したのは20cmほどのピストルだった。その数…40


短銃がガチャガチャと床に置かれる。

これは…と息を飲む鑑定士を皆がじっと見つめる。



「実銃よ!弾が撃てる!でも…でも凄く…古いものよ…」


彼が持ち帰った物は…火打石フリントロック式ピストルだった。

「…それで…強いのか?それ。」勇者が鑑定士に聞く。

鑑定士は首を振った。

「型落ちも型落ち…銃は銃でも初期型の、弾をこめてから一発しか弾を撃てない銃よ。」


「えぇ~っ!?」

ムラタは全く知らなかった。火薬を使って弾を撃ちだす銃に種類があることも、弾があって引き金を引けば何発でも打てると思い込んでいた。実銃を見るのは初めてだったからだ。


「おいおいおいおい…」


「連射できるうに改良できそうか?」

「弾丸の大量生産体制は…?」

「分解したりやってみないと何とも…」

がやがやと技術分野のクラスメイトが分析を始める中


ムラタは膝から崩れ落ち、ガックリと放心していた。


勇者は必死に励ましの言葉を送る。

「また行けばいいじゃねぇか!な?そう気を落とすなって!ザコ銃でもないよりはマシだって!」

「勇者君ちょっと黙ってなさい!」


裏1章へ続く…

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