第3話 武器庫≪アーモリー≫

憲兵兵舎の敷地内…

ムラタは壁を乗り越え、なんとか庭の茂みに

忍び込むことができた。


耳を澄ますと、兵士達の話声が聞こえてくる。

「銀弾銃を準備しておけ。」

「異界人が暴れたのか?」

「いいから準備だ!早くしろ!」


慌ただしく兵士達が駆け回る。兵舎の中で何が起こっているのか。

拷問などされているのではないか…?銃弾を準備…?

まさか処刑を行うのか!?


ムラタの心に恐ろしい光景が浮かぶ。


寒気がする想像を振り払い、敷地内の様子を伺う。

集中して感知能力を使い、牢を探す。一度深く、深呼吸をして目を閉じると…感覚が研ぎ澄まされていく…

しかし、いつもより調子が出ない。初の実戦で100%実力が出せていないのか、感知能力の精度が目に見えて落ちている。まるでモヤが掛かったかのようにぼやけて感じられる。ムラタがいかに感知が苦手とはいえ、こんなことは一度も無かった。

「?」

ムラタは兵士の気配を探っていると、おかしなことに気が付いた。

異界人の気配が全く無い。

「まさか、もう処刑が…!?いや、そんなはずは…」


焦り始め、脂汗が滲む。感知能力の範囲をゆっくり広げていくと

またおかしなことが起きた。地下へと続く階段を降りる、1人の兵士の気配が地下に入った途端、極端に薄くなったのだ。

「…そうか!」

銀の効果を思い出す。異界人の能力を阻害する金属。

ムラタの感知を阻害していたのは、牢や枷に使われていた銀が原因だった。

10人以上いる異界人達の気配を、不自然に感じ取れない訳だ。


牢屋の大体の位置は理解した。ここからは腕の見せ所だ。


深夜、月は分厚い雲が遮って暗闇が支配している。

松明を絶やさず、兵士達が見回りと見張りをしている。

先程の慌ただしさは消え去り、警戒も緩んでいる。


兵舎正面入口、二人の見張りが気怠そうに立っている。

周囲の明かりが、松明が、1本ずつ消えているとも知らずに…

「なぁ、なんか今日ヤケに暗くねぇか?」

「気のせいだろ、お前、夜警よるは初めてか?まぁ力ぬけよ。」


一瞬にして、右側の松明が消えた。

「んぁ!? 消えちまった…おい、そっちの明かりくれよ。」

右側の見張りが、気の抜けた声で左側の見張りに催促する。

「まったく、しょうがねぇな…」

左の見張りが松明に目を向けようとした瞬間、辺りは、音も無く暗闇と化した。

「あれ?おっかしぃな…松明が…」


松明なら残り火や燃えカスが残るものだ。だが、今はその蛍のような光すら見えない。

「俺があっちから貰ってきてやるよ。しっかり見張りしとけ」

「あぁ…わかった」


左の見張りは、暗闇に向かって歩き出した。20m程向こうには、門の松明が揺らめいている。


「俺、暗いの苦手なんだよなぁ…」右の見張りが、一瞬目を離した途端

相方の陰が、消えた。


「おい!?どうしたジム!?笑えない冗談は止せよ!」

質問は闇へと 虚しく溶ける。

辺りをキョロキョロと見渡し、警戒する。本人は知らずに、腰が引けている。


「だっ誰かいるのか…?返事を…」

残った見張りは、背後に迫る影に気付かなかった。



気が付けば、指一つ動かせない状態へとなっていた。早業だった。口に猿轡さるぐつわを噛まされ、膝の裏ひかがみへ一撃蹴りを入れられ、5秒と経たずにロープでぐるぐる巻きにされた。袋を被せられ、声も出せない。


―――比較的非力なムラタでも拘束できるように、体格の良い相手でも拘束できるように。ムラタは勇者との対人訓練を、対象の拘束と無力化に絞って行っていた。

猿轡、手錠、ロープ、ずた袋…拘束具はいくらでもムラタのポケットから出てくる。

無力化した見張りは庭の茂みへと引きずり、隠した。


兵舎の中へ正面切って侵入する。明かりを一つずつ消し、感知の能力をフルに使って暗闇の中を移動する。



途中、何か変な匂いが鼻を掠める。兵舎隣の離れ、焦げた炭と硫黄のまざった匂い…

おそらくあそこが武器庫なのだろう。多分銃もあそこに…


地下牢の前にたどり着くと、ゆっくりと中の様子を確かめる。感知能力が使えない地下牢には見張りが5人…これは無力化するのに手を焼くだろう。ムラタが無力化した憲兵の数は巡回する憲兵を含めて20人。兵舎に残っているのはおよそ30人…異常事態に気付かれ、町にいる憲兵に救援を求められると厄介だ。が、バレるのも時間の問題だ。


はやる気持ちを抑え、地上へ戻る。

目標が目の前だからこそ、一度冷静になって立て直すべきだ。


何か使えるものは無いかと火薬の匂いがする武器庫へ脚を運ぶ。幸いさっきの騒ぎのせいで

鍵は開いていた。壁一面に槍や剣、鎧も立てかけられている。


その一番奥の壁には銃身の長い銃があった。その数、2挺。交差させてこれ見よがしに飾られていた。

「2挺…だけ?」


「1個でも、たとえ一個だけでも銃と弾の完成品を持ち帰ることができれば

私の能力で分解して分析することができる。できれば3個くらいが望ましい

けど…お願い。」

鑑定士さんはそう言っていた。


仕方ない、ある分だけ持っていこう…ムラタは一番大きい内ポケットを広げ、銃を突っ込む。タムラ君も盗むとき、こんな風に罪悪感を感じただろうか。もう戻れない。

他に使える物は無いかと物色する。


樽を開けると、紙の球体が、びっしりと敷き詰められていた。

よく見るとそれは火薬。これも盗んでおこうとポケットに突っ込もうとした。


―――ムラタのポケットには、先程消えるようにした松明が入っている。そのことをすんでの所で思い出した。

「うわっ…」思わず声が漏れ、後ずさりする。

どうなるか考えたくは無いが、最悪『武器庫空間』の中で大爆発を起こし、ポケットというポケットから爆風が吹き出し、死にかねなかった。


背筋が凍るような思いをし、そっと爆弾を戻す…一旦松明を取り出しておくべきだった。


さっき後ずさりしたとき、木箱が脚に当たった。中からガチャリと、重い金属の音がした気がする。

…これは?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


兵舎地下、地下牢―――

夜が更けて5人の警備兵に、制服を着た兵士が声をかける。

「そろそろ交代じゃないか?」


「いや、今日は一晩中のはずだろう。」

警備兵のビクセンが答える。


「あ…そっか…そうだったな。ところで

…牢屋の鍵ってどこだったっけ?」


「囚人がいるのに聞く奴があるか。そのフードをとれ。異界人信者のスパイめ。」

5人が一斉に突き刺さりそうな槍を向ける。

檻の中にいる異界人達は、同じく突き刺さりそうな視線を一斉にこちらに向ける。


フードの兵士は両手を上げ、丸腰であることを強調する。

「僕は…異界人信者なんかじゃない。僕は…異界人だ。」

憲兵制服のフードをめくると、黒髪と黒い目が姿を現す。


「僕の名前はムラタ。キミたちを…逃がしにきた。」

フードの中から、制服の袖から、導火線に火が付いた紙の球体が、ボトボトと零れ落ちる。



「ばっ爆弾―――!?」


制服にちょっとした仕掛けを施した。穴を開け、小さなポケットを作った。そこに爆弾の導火線だけを突っ込み、『武器庫空間』に松明を思い浮かべ、火で炙ったのだ。



「逃げろ!!」

ムラタが叫ぶと警備の4人は慌てて地上への階段を上っていった。


…1人を除いて。


正面にいたアルベルトだけは、逃げ出さずにじっと槍を構え続けている。その手は、微かに震えていた。


「鍵の場所を教えれば爆弾の火を消すぞ。早く教えろ!」


ムラタとアルベルト、両者とも向き合い、一歩も動こうとしない。

刻一刻と導火線が短くなっていく。

「巻き込まれるぞ!早く教えろ!」


「教えるか!ここで異界人達おまえらと心中してやるよ!」

ムラタに対して槍を2発、3発と突きを見舞う。攻撃の為でなく、逃がさない為の牽制けんせいだ。刃を注視すれば、勇者くんの攻撃よりも遅い。避けることができる!恐らく刃には異界人対策に、銀が仕込まれている。当たれば無事では済まない。


「僕は爆発なんかじゃ死なない!お前ひとりで死ぬぞ!」

槍の突きを避けながらムラタは説得を試みる。

ムラタは、アルベルトの覚悟が決まった表情を見て本気だということを直感する。


アルベルトの顔は、滝のような汗で覆われていく。その表情は何故か…笑っていた。

「まずい…」

手に持った爆弾の、導火線があと少しというところで

槍の刃だけに集中していたせいか、思わぬ攻撃が激痛と共に顔面を襲う。


…槍の反対側、石突いしづきだった。

ムラタは思わぬ攻撃に…不自然に足の力が抜け、膝から崩れ落ちる。


目を瞑る一瞬キラリと鈍く光ったのが、目の端で見えた。


迂闊うかつだった。まさか刃ではなく反対側に銀が仕込まれているなんて…

相手も、異界人に対して無力化させる工夫がなされていたのだ。


アルベルトはすかさず、ムラタの喉に石突を突き立てる。

「力が入らないだろ?純度の高い銀が触れている今、お前は人間と同じ状態だ。このまま爆発したら…いかに異界人だとしてもバラバラに吹き飛ぶ。一緒に地獄へ行こうぜ…」


導火線が無くなった。―――爆発…


















…しない。

「なん…」

動揺するアルベルトは目を白黒させて爆弾を見る。


ムラタは紙の球体を握りつぶし、中を見せる。

爆弾かと思われた球体の中身は火薬ではなく…砂だった。


刹那、アルベルトの後ろの檻から、刺青が入った細く長い腕が伸びる。

頭を掴み、檻へ引き寄せると その腕は首に絡みつく。

一瞬の出来事だ。ムラタはしばらく状況が飲み込めなかった。


擦れるような声を出し、アルベルトは締め落とされた。



「ひゅー…やるねぇ、キミ。ムラタって言ったか?」

檻の奥から声がする。不自然なほど痩せこけた、全身刺青の細身の男だった。


細身の男は、気を失ったアルベルトの制服の中に手を滑り込ませ、鍵を取り出す。


「あっぶね、爆弾が本物だったら一生出られなかったところだ。」

陽気な口調で喋りながら自身の枷と檻をテキパキと開けていく。

「誰か大切な人でも捕まっていたのかな?それともテロ?恨み?名演技だったぜ~」


「いや…違う…同じ…異界人だったから…」

銀の効果が切れ、やっと身体に力が入ってくる。


「じゃあ何か?見ず知らずの異界人を助ける為に憲兵兵舎ここ襲撃カチコミかけたのか!?…イカれてんな。」


気づけば異界人16人、全員分の枷と檻が解放されていた。


突如として、兵舎にある警鐘が鳴り響く。


「憲兵が集まってきてる。早く逃げなきゃ…」

捕まっていた異界人の女性が呟く。銀が所狭しと存在するこの場所でも周囲が感知ができるのかとムラタは驚いた。





―――「なぜこんなに兵の集まりが遅いのだ!警鐘が鳴ってから5分!20人と集まっておらぬではないか!」

兵舎内一階、地下牢の前でカルヴァスが怒号を発する。

駆けつけた伝令が、矢継ぎ早に報告する。

「兵士複数が拘束された状態で発見!」

「武器庫の武器がありません!」

「町中の警邏けいら任務中の憲兵隊を招集中です!」


カルヴァスが悔しさに歯を食いしばる。

「異界人に…してやられたと言う訳か…ッ

しかし地下牢から出てはいない!何か行動を起こされる前に仕留めるぞ!」


「しかし奴ら爆弾を持っています!」

その場にいたビクセンはカルヴァスを止める。

「馬鹿者!目的は囚人の解放!爆弾はブラフだ!

銀の武器を持つ者だけでいい!私に続け!」


勇ましく腰のサーベルを取り、先陣を切るカルヴァス。


カルヴァスの目に飛び込んできたのは、全て解放された、一つを除いて無人の牢だった。中には気を失ったアルベルトと…細身の男が胡坐あぐらをかいていた。

一つ残った牢には鍵がかかっており、奥の壁は大きな穴が開けられた後、崩されていた。


大混乱ヘルタースケルターの名を冠する男は、1人ニヤニヤと笑っていた。




「ねぇ、あの人残して来てよかったの?」

ムラタは細身の男を心配する。


「自分で残るって言ったんだ。気にする必要ねぇ!」

「そうよ!今は自分たちのことを第一に考えるべきよ!」

ムラタを除き、一列に並んで暗闇を歩く…15人の異界人達が口々に意見を言う。


先頭の小柄な男が土を柔らかくし、洞窟を物凄い速度で造り出しながら進む。まるで土自体が、男を避けるように変形していく。






~~~~~~~~~~~~~時間は数分前まで遡る。~~~~~~~~~~~~~~15人が檻の一つに寄せ集まり、兵士を恐れて奥に縮こまっている。

細身の男は天井を見渡し、話始める。

「兵士の集まりが悪いな、…ムラタの仕業か。逃げるならソイツの能力を使いな。穴掘りが得意だ。だろ?」

細身の男に指さされた小柄な男はビクッと反応する。

「なんで知ってる…誰にも言ってない」

「色々わかンのさ。ほれ、急げ急げ。」


小柄な男が手をかざすと、みるみるうちに壁が液体のように変形していき、穴が作られた。

「やった!やっと逃げられるぞ!」

「こんなところとはおさらばよ!」

喜ぶ他の異界人達をよそに、ムラタが問いかける。

「あなたは…一緒に逃げないんですか?」


「あー…今はその時じゃねぇ。近々面白いことが起きる。楽しみにしてなぁ…」

今までになく口が歪み、白い歯を見せる男の姿を最後に、最初に開いた洞窟の入り口が崩れ始める。

小柄な男が、作った洞窟の先で叫んだ。

「急げ!離れると押しのけた土、元戻る!」



洞窟を進んでいる最中。ムラタは思う。

まさか見張りの1人にこんな粘られるとは想定していなかった。人間なら…爆弾で脅せば…すぐに鍵の位置を吐いて逃げると思っていた。人間とはこんなにも強いのかと再認識させられた。傷つけるつもりも無かったはずなのに…


ムラタは、人間の強さを甘くみていた自分を反省した。







6日後、約束の時間に遠隔門が開く。門の先ではクラスメイト達が全員でムラタを迎えてくれた。見ない顔もいる。新しい仲間だろうか?


「―――ただいま。みんな。」

修羅場を通ってきたムラタは、身体中が土と葉と、汗に汚れていた。

たった一週間見ない間にムラタは、クラスのみんなから見て


少し大人に見えた。


第0章裏 ~完~

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