第2話 大混乱≪ヘルタースケルター≫

光のに当たらないように気を付けてくぐると、そこはいつもの山の岩陰。

しかし、今回は目的が違うせいか少し違った空気を感じた。


遠隔門ポータルは2つの場所にしか開くことができない。一つA地点は山、一つB地点は神殿。A地点とB地点間を必ず歩いて移動することが条件だ。新しい位置C地点から『門』を作ると古い地点A地点が上書きされてしまう。彼女はこの山と、国を1つ挟んで神殿まで歩いたのだ。


能力の本質を自分でも理解しきれていない彼女は教会に『カテゴリー0未覚醒の能力者』と判断され、教会施設へと捕縛された。先生が共同代表の大型コミュニティ『異界人学術院』に割り振られたとき、先生は鑑定士と他16人を引き連れ教会への離反を決意。『異世界教室』を設立したらしい。


神殿への正攻法で辿り着ける唯一の行き来を遠隔門にすることで 直線距離で1500キロをタイムラグ無しに狩場に、そして潜伏場所にしているのだ。遠隔門は一方側からしか開けない。次にアチラ側から開くのは7日後、それまでに…

計画を遂行する。


周囲はおよそ半径5キロ四方の山、草木が生い茂り、鳥がさえずっている。時間は早朝、ひんやりとした空気がムラタの顔をなでる。

山の中腹にある岩陰から、こっそりとあたりを見回し、誰もいないことを確認した。


異界人には感知能力がある。人によって得意不得意の差が激しいものの、目を閉じたまま周囲の地形を把握したり、他人を感知したりすることができるらしい。ムラタはというと…人の位置をぼんやり感じるくらいだ。


自分の得手不得手を知れば知るほど、戦闘に向いていない現実を突きつけられる。…それでも、自分の出来る事をできる限り全力でやる。


自己目標に対する挑戦を、先生は多いに後押ししてくれる。


街道に出てから3時間程歩くと、町が見えてきた。


遠隔門から一番近くの町、『モヨリーチカ』。ここなら規模としても最適だろう。

目当ての『アレ』もありそうだ。


緑が豊かな土地、街道が町の中心を貫き、運河にも面している。貿易で発展して、ちょっとした村にも見える程小さいが、石造りの頑丈な建物が立ち並ぶ。

町を一望できる小高い崖の上、大き目な木に登って周囲を見渡してみる。モヨリーチカは周囲を5m程の壁によって囲まれており、外部から侵入を阻む。

強力な異界人に対して壁なんて無いに等しいが、身体能力が比較的低い人間に近い僕や非戦闘タイプの異界人に対しては結構な効果だ。


目的の物は人間の武器、『銃』。

金属の弾頭を打ち出す武器。これによって人間側は異界人に対してかなり強く出ることができるようになった。

文献によれば、人間の銃の開発を皮切りに 異界人との戦闘は一変した。離れた距離から発砲すれば直接触れて能力を発動する異界人に有利を取れるし、弾を込めて構えさえすれば、引き金を引くだけでいい。

極端な身体強化タイプ以外のほとんどの異界人にも有効だ。命を奪うことこそできなくとも、何発も命中させれば人間の手で捕らえられるほど弱らせることができる。


…それを奪う。聞けば…如何に教会の処刑人と言えど、種族としての壁は超えられない。処刑人を殺すには銃だけで事足りる。

力の弱いムラタにとって、敵討ちするには銃が必要不可欠だった。


教会は銃の製造に関しては異常な程の情報統制をしている。それだけ銃の流出が恐ろしいのだろう。銃を作れるのは教会の許可を得た一部の職人だけ。使用できるのは処刑人か一部の憲兵だけ… その職人も銀の教会が独占して守っている以上、憲兵が持つ銃を奪うしかない。


ムラタは…今回の作戦で一つだけ心に決めたことがあった。それは『死人を出さないこと』。あくまでも仇を討つのはタムラ君を殺した処刑人一人だけ。これだけは譲れなかった。


ポケットに手を突っ込み、用意していた保存食の干し肉を口に運ぶ。木の上で寝そべりながら、計画に最適な夜を待つ。それとなく干し肉を咀嚼そしゃくしていると、じゃりっと奥歯で砂を噛んだ。


夕方、町の中央部の憲兵兵舎前で馬車が止まると、荷馬車の中から何者かが出てきた。


何人も鎖で繋がれている。ムラタは遠眼鏡を取り出して覗きこんでみた。


異界人だ。数人が馬車の中から連れ出されている。

教会の憲兵だろうか、槍を持った制服姿の男が取り囲み、厳戒態勢でいる。

そのとき、憲兵の中の一人が背の高い細身の異界人を後ろから蹴り飛ばした。


…先生から聞いた。僕達異界人は銀でできた物が触れていると、本来の力が出せない。恐らく手枷か何かに銀が含まれていて、力が出ないのだろう。

許せない。反撃できない状態でタムラ君もあんなふうに虐げられたのか。

そう思うと居ても立ってもいられなくなった。


今回の作戦は武器を奪うことだ。でも…同族がああもぞんざいな扱いを

されているなら、黙っていられない。みんなを逃がしてあげたい。

ムラタは気づけば、どう銃を盗むべきかと同時に、同族をどう助けるかも思案していた。



―――夜 行動を起こすには丁度よく月に雲がかかる。

姿勢を低く保ち、素早く壁に近づく。少し体力がついたのか、今までの僕であればすぐに息が上がっていたであろう距離も難なく走れた。


壁は5mくらいだろうか、木と石でできており見た目よりも頑丈そうだ。町の入り口は松明の側で門番である4人の衛兵が 眠い目をこすって欠伸をする。

門から100mほど左に進み、木陰に潜り込んだ。壁の上には…衛兵はいないようだ。

しゃがんだらできる コートの脇腹部のスリット、そこに両手を滑り込ませ、頑丈な金属のフックを取り出した。木の窪みや石材の隙間にフックをひっかける。ひっかけては脚を壁につき、体重を移動させる。それを繰り返し壁を乗り越えると

夜だというのに 賑やかな街の中の様子が視界に飛び込んで来た。


そこは明るく、大通りは沢山の出店が客引きと激をとばしていた。 あまりにキレイで少し見入ってしまったが、目的を忘れてはいけない。気を取り直して銃がありそうな憲兵の兵舎を探す。


壁から飛び降りて衝撃を殺すために地面で一度転がる。


異界人の特徴である黒髪を隠すように、コートのフードを深くかぶる。

大通りとは違い、薄暗い裏路地を音を殺して急いで歩く。




街の中央部、憲兵兵舎の中で 教会関係者である強面の男が神妙な面持ちでいる。ストレスからか灰皿には潰された葉巻が何本も積まれ、執務室が燻されている。


執務室に憲兵が2人入ってきた。

「カルヴァス殿。移送予定の異界人全員を銀の枷をはめて牢へ入れました。」


「了解した。能力の目録を。」

カルヴァスと呼ばれた男に紙束が渡され、それに目を通す。


「カテゴリー1、1、1、2… 0は10体、1が5体 2が1体…系16体…。」

「いいだろう。注意して警備に当たれ。」


「はい!カテゴリ2は要注意して対応いたします。」


「違う。注意すべきは能力の正体が分かっていないカテゴリ0能力未確認個体の方だ。」


「と、いいますと?」憲兵2人が強面のカルヴァスと向き合うだけで冷や汗が出る。

「自覚無しに能力が暴走する場合が最も恐ろしい。

止めなければ殺すと脅しようが、能力の止めかたすら自分で知らんのだからな。」


「…ご苦労だった。君達の反応を見るに、実際に異界人達と接するのは初めてだろう。食事は十分に食わせろ、餓死や自殺は絶対にさせるな。

…それと末端の兵士にも伝えて置け、町を消し飛ばしたくなければ『は今すぐにやめろ』と。」


銀教会 異界人対策局 副局長 カルヴァス・リンドバーグ 通称『鬼のカルヴァス』。中肉中背、中年の白髪交じりの黒髪をオールバックにし、顔の中央に大きな傷痕が残る怖ろしい人相の男だ。


「は…はいっ!きつく言っておきます!」

憲兵2人は睨まれると背筋が凍るような感覚を覚えた。


―――本来、この人数の移送任務は騎士団員が数人ついて行われるというのに、今年に入ってから組織立って教会の規則を破るコミュニティが後を絶たない。規則を破った組織から解体して収容施設へ移送したり、悪質な者は即時処刑か特別刑務所へと移送。…してはいるが、


「手が足りない」などと弱音を吐けるはずもない。

 処刑人、その名前だけで異界人への抑止力となりうる存在。

その数は大陸で10数人しかいないとされている。詳しくは教会の中枢にいる処刑隊長と『議会』メンバーのみが知っている。


「それにしても…ここの兵士は経験が少ない。たるんでおるな…こんな状態で1週間持つだろうか…」

カルヴァスは執務室から外の景色を眺め、見張り中だというのに座り込んでいる兵士を目にする。



…兵舎の地下牢、独房の中にそれぞれ捕縛された異界人が閉じ込められている。

既に作られていた 掘ったままの地下牢に銀合金でできた鉄格子をはめ込んだ牢屋だ。檻の前、槍を持った2人の憲兵が会話している。


「ったく、カルヴァス副局長殿は怯えすぎだぜ。こんな奴ら異能さえ使えなきゃ、枷つけて大人しくしてる普通の人間と大差ねぇよ。こんな奴らが街一つ消し飛ばせるわけねーだろって…」


脂汗を流す もう一人の兵士が説教する。

「お前は異界人の本当の恐ろしさを知らないからそんなこと言えるんだよ…

 なんでカテゴリ0をこんな丁重に扱うか知ってるか?

40年前の話。…ある都市で数十人規模の異界人処刑を行った。その年は重犯罪を犯す異界人が多くてな。銀の武器の補充が間に合わないし、処刑人も遅れてくるってんで通常の兵器での処刑が特別に許可されたんだ。」


「…」


「通常と言っても特別製だ。槍みたいな矢を飛ばす攻城兵器や、混ぜ物が入った銀、質の悪い銀製の銃弾を使った銃殺刑だ。…何が起こったと思う?


…大爆発さ。

都市が一つ 影も形も無くなるような巨大な爆発。

実際どいつがその能力を持っていたかも分からんが、死ぬことが能力の発動要因だったのか、殺される寸前 今際いまわのストレスか…


処刑人と銀装の到着を待ってさえいれば、9000人の民間人は死ななくてすんだ。銀装なら爆発の能力も無効化して

人間みたいに殺せるんだからな。


ここみたいな大陸の端の国に配備されるような銀の枷は 処刑人が持ち歩く銀装に比べれば質が悪く、あくまで異界人の能力を抑える効果があるだけだ。体内へ純度の高い銀弾を撃ち込める 銀装しか処刑方法はないのさ。…その事件からは不用意な処刑人以外の異界人殺害と、カテゴリ0への注意は欠かさないことになったんだってさ。」


「ふん。嘘くせぇ、どうせ銀を高く売るための作り話だな。教会は銀鉱会社との癒着が…」


牢の中からしわがれた声がする

「あぁその話なら知ってるよ。」


2人の憲兵は、突然の声でビックリしながら声の方向を見る。

声の主は 2人のすぐそば、鉄格子の前までいつの間にか近寄っていた。

 不気味なほど痩せて皮と骨だけになった、細身で長身の男だ。スキンヘッドに妙な柄の刺青が身体中に彫られている。男は軽快な語り口で話を始めた。


「あそこの都市…なんだったかな?…そうだ『アンビレンス!』もう地図には残っちゃあいないがね。あそこの憲兵や教会の関係者が、純度の高い銀を銀装からくすねて売っぱらってたんだ。毎日毎日ちょっとずつ…質の悪い銀と取り換えてな。表向きは銀の供給不足だとか言っていたが、本当は純度の低い銀装をわざわざ自分たちで用意して その弾丸を自分たちで撃っちまって大爆発。笑っちゃうよなぁ?ヒヒヒ…バカで間抜けな人間の行動の縮図だ。自分の行動で自らを滅ぼすなんてザマァねぇぜ…」


細い身体がゆらゆらと揺れる。

その姿を見て見張りの一人が引きった顔で質問する。

「な…なんでお前が知っている?」


男は手枷をつけられながら、器用に頭を掻いている。

あばら骨が浮き出るほど細いその姿も不気味だが、

どこを見ているのか分からない両の目が、更に不気味さを際立たせていた。


「その都市にいたからだよ。オレもそのとき処刑される予定だった。処刑される寸前、はりつけにされた二つ隣のヤツが脳天を貫かれたとき…ボンッ!とんでもない閃光と爆発が、オレや都市の全てを焼き焦がした。本当の話、死んだら大爆発する異界人の能力を、教会は把握していてわざと撃たせたらしいぜ。銀の横領や杜撰ずさんな管理体制、教会の恥になりそうなことを全て爆発で消したんだとか。」


2人は青ざめた。この地下牢に収監された…他の異界人の全てが、巨大な爆発を起こす爆弾に見えてきたからだ。

「じゃ、じゃあなんでお前は今、生きている?」


「良い質問だ。オレぁ不死身なのさ。殺しても死なない。銀の武器で試したことは無いけどな?」


「そんなの信じられるか!」

「じゃぁお前さんが銀の武器でオレを殺してみるといい!」


奥の控室から、一人の憲兵が出てきて叫んだ。

「おい!お前ら何を話している!異界人とは話すなと言われているだろう!」


細身の男は口を歪ませて笑顔を見せる。

「いやぁちょっと世間知らずな人間に歴史の授業を、ね…」


入ってきた憲兵は乱暴に檻を蹴る。見た目よりもずっと大きな音が地下牢に響く。

「調子に乗るなよ外来種いかいじん…お前ら1月後には刑務所で処刑か、死ぬまで幽閉される。黙って繋がれてろ。」

目を見開き、怒りの形相でにらみつける。

睨みつけられた本人はというと…


「その態度を見る限り、身内が異能がらみで死んだな?…ヒヒヒッそういう奴はみんな決まってこういう態度をとるんだ。」

へらへらと笑いながら目に見える挑発を取り始めた。


「なんだと?」

(まずいっコイツ先週妹が…)


「そいつぁお気の毒だったなぁ~、今度は世界に祝福された異界人として転生することを祈れよ。どんなふうに死んだんだ?フフフ」

「ダメだ!それ以上そいつの話を聞くな!」

2人で青筋を立てた怒れる仲間を抑える。


「テメーら異界人のせいで俺の妹は死んだ!未知の毒に侵されてぐずぐずに溶けて死んでいったんだよ!何が異能だ!何が世界に祝福された存在だクソ外来種が!」


「そうだったかぁ…残念だったなぁオニイチャァン…ヒヒッ…ヒヒヒィ!!!」


「何がおかしい!!処刑人もいらねぇ!許可を取るまでもねぇ!俺が殺してやる!

今ここで!ぶっ殺してやる!」


「アヒャヒャヒャ!銀も持たずに!?牢の中のオレを!?

殺して見ろ!爆発するぞ!見ろよみんな!

こりゃあ滑稽だ!自分たちで檻に入れたってのに 牢の中にいる俺たちに手ぇ出せねぇでいる!どっちが檻の中にいる獣か分からねぇな!ハハハ!」


演説めいてはやし立てる男は一瞬で落ち着き、激昂する憲兵に心底見下した目で囁く。

「人間ってのは誰かを殺すのに許可が要るのか?…異界人と違って。」


牢の前から動かない細身の異界人はなおも煽るのを辞めない。

激昂する同僚を2人で抑えつける。


1階へと続く階段の上から何者かが降りてきた。

「何の騒ぎだ?」


「かっ…カルヴァス副局長!これは…」

「コイツが家族の侮辱をしやがったんです!今すぐ処刑許可を!」

憲兵達2人は敬礼する。挑発された1人は血走った目で副局長に訴えかける。


「頭を冷やせ、獣の鳴き声に感情的になってどうする?

妹さんの件は残念でならないが、今は与えられた指令だけをこなせばいい。それが一番楽だぞ。アルベルト君」


昨日本国の教会から赴任してきたばかりの、お高くとまったお偉方と。そう思われていた人間から出てきた言葉は、自分の名と妹のことだった。


「ソイツは詐欺と盗みで捕縛されたクズだ。名前も行く先々で変え、定まった呼び名が無い。能力も『透視』などという下卑げびたデバガメ…獣にも劣る害虫よ。

分かったら耳にパン屑でも詰めて見張りをするんだな。ビクセン君にクリス君」


「あ…名前…」「なんで…」


「今まで貰った書類の内容は全て覚えている。一時的とはいえ私の部下になるのだからな。152名の名前と顔くらいすぐに覚えた。…それより返事はまだかね?」


「「「はい!」」」

三人は気が付けば、憲兵に入隊初日以来の美しさで敬礼していた。


「それよりもまだ君達の趣味が覚えられてないのだ。今度教えてくれ。」

そう言い残すと、カルヴァスは階段を昇って行った。


正気に戻ったアルベルトは2人に謝り、外の空気を吸いにいった。


さっきまでのピエロのような大爆笑はどこかへ消えたように、しんと静まり返る細身の男。男は表情が消えた顔のまま、座り込んで考える。

(あの隊長さんはなかなかヤリ手だな…兵士とほんの少し喋った

だけで場を収めた。

大爆発を起こすくらいの混乱には時間が要るね…ま、ボチボチ計画の方を進めましょうかね。)


大混乱ヘルタースケルター 細身の男の通り名だ。


続く

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