第4話 英雄の凱旋
「ケガはねーか?」
夕方、町でアシミと少女に合流した。見た感じ目立った外傷はないものの、知らない町並みに困惑している様子だった。少女の顔を見ると、アーモリーと呼ばれていた少年の言葉が思い出される。
「―――彼女が争いに利用されるかもしれない…彼女の異能を知れば…いずれ分かります。」
まだ自分の意思で異能を使ったことが無い異界人の少女。なのになぜ、その能力の内容を知っていたのか。ヴァンに考えられることは一つ。
「未来を知ることができる能力か…?」
歴史上、度々現れる「未来を知ることができる」異界人。そうとしか考えられない。
それは精度が高い程、机上の空論で語られる矛盾した能力。百発百中の精度で未来が分かるなら、そもそも人間に認知されることなく存在し続けられるからだ。
―――自分の意思で人間に干渉しようとしない限りは。
一部でもその能力の片鱗を持つ者が、人間と関わって善い結果になることはあり得ない。政争に、戦争に、富に権力に利用されて心を失うか…事実、記録に残っている予言ができる異界人は悲惨な結果に終わっている。
…教会は未来を知る予知能力を表向きには認めていない。
『あらゆる異界人の能力に干渉されない』という銀の大前提が崩れさるからだ。
そのため、銀以外の全ての動きをシミュレーションしていると仮定し、予測という言葉を遣う。
教会は銀の信仰と信用の上に成り立っている。
今回のは予測にしても精度が低い。わざわざ教会の処刑人が2人もいる状態で少女を誘拐に現れるだろうか。大剣使いの不死身にコートの銃使い。…それと空間に干渉できる未確認のヤツ。ああいった徒党を組み、一定水準の装備を持っている時点でコミュニティに所属していることが察せられる。
それだけなら教会が総力を挙げて人海戦術を敷けば、対応はできただろう。だがそこに少しでも未来を知られる存在がいるとなると、問題の難易度は跳ね上がる。慎重を期して教会へ報告するべきだ。
その夜、アシミとヴァンは少女をストームに任せて相談することにした。
「あの子を狙っている大規模なコミュニティ?」
「そうだ。それも単発銃の弾薬をいくつも用意できる規模の大きさだ。俺が接近戦をしたとき、躊躇なく弾が込められた銃を手放した。銃の量産体制も整っていると見ていいだろう。ヤツが持っていた銃はこれだ。」
先程回収した銃を取り出す。
「通常、弾薬を含めた銃は教会が製造・改造・流通、その全権を持って作られてて、どこかしらに教会の紋章が刻まれている。が、こいつにはそれが無い。」
「隊長が言ってた武器の強奪事件と無関係とは言えないみたいだ。既に異界人にも銃が流れている。武装蜂起の準備は着々と進んでいると見ていいだろう。ひょっとすると…もう遅いかもしれない。騎士団の軍備を整えることを進言する。」
ヴァンは、数週間前のタムラの一件を思い出す。死体の軍団を作り、密かに爪を研いでいたこと。裏で別の異界人と手を組んでいたこと。異界人が数人集まるだけで最悪の状況はこうも簡単に作り出せてしまう。
「近頃頻発する強奪犯か…軍備増強ったって、最近ちと事件が多すぎやしないか?今までだって定期的に重大事件は起こっていたが、現状は騎士団でも手が足りないくらいだ。昨日の硫黄野郎もそうだし…話によると最低3人はいるというさっきの攻撃的なコミュニティの存在。近々、大きな悪いことでも起きなきゃいいけど。」
「とにかく、揺らぎの調査が本来の仕事だったが、あの子は今の所無害な存在だ。あの子を狙う者がいるなら…能力の詳細を調べるなりするため、教会本部まで送り届ける必要ができた。それまでが俺たちの仕事になったってことだ。」
「…硫黄野郎はまた今度ってことだね。」
アシミが少し、視線を落とす。
「そうだ…済まない。」
「いいよ。アタシも我儘言う程子供じゃない。今は指令の方が大事だ。守るべき対象がいるなら…尚更ね。
…そうだ、いつまでも名無しじゃ格好がつかない。仮にでも名前を付けてあげようよ。」
「ああ。そうだな。」
夜が更ける。少女はこの世界に産まれて初めての夜だ。疲れ切ったのか、アシミの部屋のベッドで寝静まっている。
次の日の朝、ストームと言葉を交わし、また会う約束をした。ガッチリと握り合った手はヒリヒリする程力強かった。
人間と共生するカテゴリー4の異界人は、隣町への疎開から戻ってきた町の人々に 今後絶対の安全を誓っていた。自らを風に乗せて、荒野の隅々まで飛び回っていたのだ。これ以上信頼できる者はいないだろう。
初めて見たときの、ゴーストタウンと見紛うような寂れ様とは打って変わり、
1人、また1人と普段の仕事へ戻っていく。昨日の爆発で倒壊した家屋には
教会としては気持ちばかりの保険金しか支払えない。
ヴァンとアシミ2人分の署名で教会からの援助は受けられる。処刑人としてできることはここで終わりだ。あとは教会の財務管理人にまかせるしかない。
「本当にもう行っちまうのか?もっとゆっくりしてけよ~!」
「悪いな、落ち着いたらまた来るよ。」
「硫黄使いがまだ近くにいるかもしれない。しばらくは気を付けてくれ。まぁ君がいるなら大丈夫だろう。」
アシミは、町に来た当初より表情が穏やかだった。民達が戻り、活気づいていく町を見て安心している。
アシミ ヴァン そして名も無き少女、三人は小さくとも宴に賑わう町を後にする。
「あー…えっと…お嬢さん?」
ヴァンがぎこちなく少女へと声をかける。
「まだ名前を思い出せないかい?」
「…はい。」
「…一つ提案があってな。キミを本部へ送り届けるついでに、ちょっと寄りたいところがある。」
「「?」」
「俺の…実家だ。」
一路、3人は東へと歩を進める。
大陸北西 一面何もない荒野にポツンと建つ小さな町で、今日も風が吹く。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ジルバーン教国
首都アルギンの中央区、教会本部の玄関に当たる正門
巨大な銀でできた門の前に、守衛の数十人が 仰々しく並び立つ。
「ほら編集長!騎士団がもう来てますよ!明日の一面は騎士団特集って言ってましたよね!」
観衆が静かに見守る中、アルギン民間の新聞記者が取材に駆けつけていた。
「あんま年寄りを酷使するもんじゃねぇよ…また医者に怒られちまうっつーの…」
「オレ騎士団を見るの初めてなんですよ!楽しみだなぁ!」
銀の騎士団最高戦力たる英雄達の凱旋だ。それも複数人。大きな4頭引きの馬車から降りて門の前に跪く。
「所属と名前を!」
―――形骸化した質問が守衛隊長から投げかけられる。
「銀の騎士団、総団長 聖騎士≪パラディン≫ユーベン。」
鋭い眼光に、なびくクセのついた銀髪。無精ひげを生やした30代の男性…
屈強な身体に騎士団員が着用する処刑人服の左胸には 4大国の長達から
直々に賜った外交特権証が煌めく。
正門の広場には遠征から帰った英雄達を一目見ようと足の踏み場もない程大観衆が殺到している。そこに異界人は1人もいない。そもそも中央区に立ち寄る物好きな異界人はいないが。
ユーベンに続き4人の処刑人…もとい騎士団員が続けて名乗る。もともとは異界人に操られたりなり替わったりを防ぐために始めた儀式だったが、これが民衆にウケたらしく、今では象徴的なイベントとなっている。普通、教会の処刑人は後ろ暗い仕事を請け負うためにこういった目立つ行為を嫌うが、
高位の処刑人は各々を表す二つ名を与えられ、教会の広報にも役立っている。まさに民の平和を守るヒーローと言ったところだ。
『イーグルアイ』アルジョン
小柄な体格に見事なプロポーションを持つ茶髪の長髪を二つのお団子結びにした女騎士。騎士団員で最も長距離狙撃を可能とする。3mもの二つ折り式大型対物ライフルの銀装、『
『ビーハイブ』フィドルトン
2m50cmの巨体と、同じくらいの大きさの鉄塊を担いだかのように見える程、巨大な携行弾薬装弾装置。そして
『
『エクセキューショナー』スリブロ
弾帯ベルトでグルグル巻きの処刑人服の隙間から、夥しい数の傷痕を覗かせる褐色金髪の女傑。ショットガン型の銀装を片手に過去最多の同時討伐数を誇る。
『シュバルツ』メルクーア
頭巾と防塵ゴーグルで顔を覆った細身の工作兵。火薬を用いた罠や爆発物を武器にユーベンをサポートする唯一銀装を持たない騎士団員…
全員が名乗りを終えると、観衆から地面が震える程の大歓声が上がった。
「…こんなところですかね。写し絵も撮れましたし、あとは帰って…」
「おいケネス。アルジョンさんをアップで撮っておいてくれ。部屋に飾る。」
「えぇ~…これ会社の最新型の備品ですよ?一枚撮るのにいくらかかると思ってるんですか!」
「いいじゃねぇかケチくせぇ、オレァ編集長だぞ?」
「しょーがないなぁ…」
ケネスがレンズを除くとアルジョンが近くに寄って既に視線を送ってポーズまでしていた。
「ウォア!!!!?」
突然目の前に飛び込んで来た美人にケネスは驚いて飛び退いてしまった。
「どうせなら可愛く撮ってくださいね~♡」
チュッと投げキッスをすると周辺の老若男女問わず失神者が続出した。
「う…ウチの会社の家宝にします…」
「おい行くぞアルジョン。」
教会本部にて…
「シュラク処刑隊長、銀の騎士団団長。ユーベン、今帰りました…あー緊張した…毎回あれやるの凄い恥ずかしいので次からやめにしませんか?」
先程の凛々しい男性の姿は何処へやら
けだるそうな猫背の中年の男が銀教会本部 執務室に入る。
続いて4人の処刑人が続く。
「えー!あれ楽しいんですよ!みんなワイワイ喜んでくれて承認欲求が満たされるんです!わたしも生きてていいんだって!」
「アルジョン。団長は人前に出るのが苦手なんだ。この前帰った時小便漏らしてたろ。」
「待てスリブロ。私は漏らしてないぞ。ちょっと出ただけだ。」
「漏れてんじゃねぇかよ。もう年かオッサン。」
シュラク処刑隊長は数週間前、ヴァンとアシミを見送ったときと同じくらいの笑顔で
5人の処刑人を出迎えた
「東部諸国連邦の端からよく戻った。お疲れだろう。報告頼む。」
「じゃーキャプテン、報告お願いしますね♡」
「的撃ちいこーぜー…早くぶっ放してぇ…」
「キャプテンがまだ報告中なんだからちょっとガマンしなよ。ね?」
フィドルトンが6歳の子供に言い聞かせるように優しく注意する。
「自己チュー女ズが…集団行動を乱すんじゃねーよ…」
「文句あんのかコラァ…こちとら一人も狩れずにむしゃくしゃしてんだ
今引き金はコイツの尻より軽ぃぞ?お?テメーの顔のそばかすよりも
穴ぁ増やしてやってもいーんだぜぇ…?」
スリブロが隣にいるアルジョンのお尻を叩く。
「やだぁ!ねーさんったら!こう見えて前よりちょっと体重増えちゃったんですよぉ?」
「姉さんが言ってんのは体重の話じゃないでしょ」
メルクーアがスリブロへゴーグル越しに睨みつける。
「すぐ暴力だ暴力女。だからモテねーんだぞ?」
「喧嘩はやめようよ…。よくないよ…」
「おめーら出てけ。報告の邪魔。」
「「「「はーい」」」」
ユーベンの一言で、騒がしかった執務室は嵐の後の様に静まった。
「はぁー…ガキ共の御守りが一番大変です。…大陸南東部の報告ですが。
武装蜂起した異界人の鎮圧及び治安維持を名目に我々が現着と同時に
主なカテゴリ2以下の異界人が降伏。その数30体、うち武装蜂起の発端とみられる
要注意コミュニティ『
ウチに拘束されています。」
人相書きを手渡し、シュラクが目を通す。
「その足で北上し、小規模街モヨリーチカでの脱獄事件の後始末。
銀教会に対してテロ行為を行う異教徒…異能を至上とする宗教、地下教団の
教徒が起こしたものと推定されます。
残った一人…ヘルタースケルターと呼ばれる男だけこちらに護送してきました。
憲兵隊に聴取した結果、
犯人と目されるのは異能持ちのコートの少年。
異界人を牢から脱獄させ、『
痕跡は追えませんでした。」
「あと…町に2棟ある武器庫のうち1つが丸ごとすっからかんです。
武器庫にあった旧式の銃およそ100丁が被害のゴタゴタに紛れて盗難されました。
…まぁ町の憲兵が裏に横流しした可能性もありますが。」
以上です。結果論ではありますが、5人も必要だったのですか?」
しばらく黙った後、シュラクは口を開いた。
「異界人が結託して暴動を起こした場合、どんなことになるか想像もできない。
互いに能力が干渉し合い思いもよらぬ破壊が行われる可能性がある。
万全を期するのは当然だ…。」
「また少し間が開く指令にはなるのだが、一月後、捕縛された異界人は一斉に帝国領北部の刑務所へ移送する。ユーベン隊はその護衛を頼みたい。」
「大陸で13人しかいない処刑人を5人もつかってすること…
…エサ…ですか。大蛇会を釣り出すおつもりで?」
「そうだ。以前から続発する小競り合いを行うテロリスト達をおびき出す。
本来、刑務所には不死性の高い異能、死後甚大な危険を伴う能力が発動するであろう異界人を収容する施設だが…一度入れば二度と出られない。そんなところへ幹部クラスが連行されるとなれば。
その前に手下が総出で襲ってくるだろう。面子が掛かってるからな。」
「メディアには敢えて護送を喧伝するよう教会側から圧力をかけ、情報を流してある。」
「奴らはコミュニティ内の絆が強い。ウエは幹部移送中に強襲してくる奴らを根こそぎ返り討ちにする腹積もりだろうが、異界人もバカじゃない。相応に危険を伴うことになるだろうが…頼む。ユーベン。」
「頼むなんて言わんでください。シュラク処刑隊長。貴方は『やれ』とだけ命令すればいいんです。俺たちはそれを遂行する。それが処刑人の仕事ですから。」
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「編集長~へんしゅっえっ!?」
ケネスが新聞社のオフィス兼編集長の自宅へ来ると、編集長の机に水たまりができていた。
「編集長、なんで泣いてるんですか?」近くの女性社員に聞いてみると
「なんでもアルジョン様どころか完成間近の記事を全交換指示されたらしいわよ。
教会の指示で。」
「そんな泣く程ですか。また次の週に発行すればいいでしょ。」
「それが一ヶ月間同じ内容で異界人の護送の件を報道しろって。」
「えぇっ!?」
続く。
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