第3話 郷愁≪ノスタルジア≫

「●●●!遊ぼうぜ!」

ヴァンではない名前

それは自分の名前だった気がする。愛称か?蔑称か?通称か?本名かも…


…またあの夢だ。幼少期からずっと視る夢…

脳に根を張る暗い思い出。トラウマ。


その名前だけ聞き取れない。いや、思い出せない。

』の名前。


ヴァンと言う名前は彼の持ち物に刻まれた

キズからつけられた仮の名だ。


湖畔のログハウス、ドアを叩いて尋ねる小さな子供の声が聞こえる。

弟か…?友達か…?思い出せない。一緒に遊んでいた気がする。


…まぁいいや。起きればすぐに忘れる。

夢の中でだけ思い出す、不思議だが怖ろしい夢。


彼は、『人間』から産まれて、5歳の時育ての親に拾われた。

5歳から前の記憶は無い。気が付いたら育ての親と一緒だった。


…ナギとサナの2人だ。


異界人は子供が作れない。として完成しているからだそうだ。

完成しているのに性別の違いが残っているのは、人間から進化した名残だとか言っていた。その分彼は2人に 大切に育てられたのだろう。山奥でひっそりと暮らす2人には 凄く世話になった。


7歳になる頃、両親ナギとサナから教えてもらった。どうして両親と髪や目の色がちがうのか。どうして山の中で隠れ住んでいるのか…。


…本当の両親はヴァンの目の前で、異界人の集団に殺されたらしい。

「そのショックで5歳以前の記憶がないのだろう」とナギは仮説を立てた。

夢に出てくるのは5歳より前の、本当の記憶かもしれない。


異界人に殺された両親の話は、それ以上聞かなかった。聞く必要もなかった。

彼は自分を育て、面倒を見てくれた2人に心から感謝しており、今の親子関係が壊れることを恐れたからだ。


自分は幸運にも親に拾われたが、異界人の被害を受けた人間は他にもいるだろう。

そんな人間を一人でも減らす為、ヴァンは子供ながら 悪い異界人を倒す処刑人になると決めた。

毎晩ベッドに入ると両親が聞かせてくれた…悪いことをしたら来ると言う、

御伽噺おとぎばなしの処刑人に。


ナギ達は反対したが、10歳のとき家を抜け出して 表向きは孤児院と言う名の…

『教会騎士団養成施設』の門を叩いた。

孤児院には皆家族や大切な人を奪われた子供たちが、異界人への憎悪を

力に変えて処刑人を目指していた。


射撃・近接戦闘・サバイバル技術・一通りの武器戦闘術…

どれも異界人を相手取るには どれだけ極めても足りない。

10年に渡る厳しい訓練によって、彼らもヴァンも力をつけた。


20歳のとき

騎士団への入団を許可された。同期はもう一人いたが…今は何をしているかも分からない。


ヴァンに貸与された銀装は

『銀銃』 弓と剣アルコム・エテ・グラディウム 


…別にこれを使って、顔も知らない実の家族の復讐をしようってつもりもない。

教会の処刑人になれば色んな場所へおもむき、多くの人間を助けることができると。

…そう思ったのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


…騎士団だけが使える教会の休憩室、一人用のベッドで目が覚めた。

気が付くとヴァンは、夢の内容を忘れていた。

しかし身体には恐ろしい何かがあったように、心臓が早鐘を打っていた。


「最近、同じような夢を視る感覚が短くなっている…気がする。」


タムラの事件から二週間が過ぎたある日



時は現在、統一歴600年。



その昔、大陸を統べる4つの大国があった。


東の治水に優れる群雄割拠の諸国連邦

西の自然豊かな豊穣の王国

南の砂漠とオアシスの共和国

北の山脈と過酷な環境で鍛え上げられた軍事帝国

それぞれいさかいが絶えなかったが、600年前、最初の異界人がこの地に降り立った。4大国は協力してその恐ろしい異界人『魔王まおう』を打倒し、新しい国家を造った。


4大国の中心地に座し、最も若く 国を超え 暦を変え 言葉を超えた共同体国家があった。それこそが

『聖ジルバーン教国』 


…その首都、アルギン


今日も大陸の中心地は、教国というお堅い名前からは考えられない程 賑やかな都市となっている。各国の貿易によって大陸中の物が人が、銀が行き来する。


街の中心に鎮座するのは…銀の教会総本部。

石灰岩と大理石をふんだんに使った、大きな教会の会議室にて

ヴァンは報告を終えようとしていた。

「…以上が、異界人タムラ討伐の顛末です。また、未確認の協力者については目下記録室が『死体を利用した操作能力』として教会の異界人名簿と各コミュニティに問い合わせております。」


お偉いさんが質問を投げかける。あれは教会の憲兵隊長だったか。

新人騎士団員プラタ一人の右足を犠牲に、推定カテゴリ3の異界人1体を討伐…決して安くない犠牲だな…処刑人ヴァン。その点に関して何か意見を頂きたい。」


「はい。全ては監督する私の責任であります。つきましては…」


お決まりの謝罪そういうことを聞きたいんじゃない。異界人の仕業しわざでは誰の責任でもない。処刑人プラタの報告には捕縛をしようとした際に反撃されたと書かれている。

推定カテゴリ3だぞ。即刻射殺許可が降りる危険度の異界人を、わざわざ

捕縛するのは対応が甘いと言いたいのだ。…さっさと処刑してしまえばよかったものを…!」

憲兵隊長は荒々しく机を叩き、プラタの将来性の高さを惜しむ。その姿を見て

処刑隊長はまあまあとなだめる

「憲兵隊長。それ以上の管轄は教会の処刑部門の問題です。私の方からも今後の処刑条件の引き下げを進言しておきます。」


「…頼みますぞ。処刑隊長。処刑人育成のコストも安くは無いのだ。替えの利かない騎士団員から、そうやすやすと一線を退しりぞく者を出しては騎士団の沽券こけん、果ては教会の威厳に関わる!」


憲兵隊長も言葉は強いが思うところがあるのだろう。悪質な異界人による被害は

教会が認知しているよりも多い。



―――会議室を後にするヴァン、そこに修道服のフードを被った 細身の男が声をかける。

「ヴァン殿、少しよろしいでしょうか。」

「おう。どこかで飯にするか。」



アルギンの街はずれ、寂れた食堂のカウンターに腰掛ける2人

声をかけた男は、『葬儀屋』と呼ばれる 異界人に対する密葬を行う教会部署の、担当者だった。

「で、報告だな?葬儀屋さん」

「はい、2週間前の仕事についてです。異界人本体、

並びに影響下にあった遺体総数82体を無事 密葬いたしました。銀装の弾も回収済みです。」

「ありがとな。…で、何か情報は見つかったか?」

「…いいえ。全くありませんでした。異界人の操っていたとされる遺体は50年前の大戦時のものの遺体でした。装備を見るに傭兵でしょう。それ以外の…例えば協力者に繋がる情報は何もありませんでした。」


「悪かったな、82体も大変だったろう。あ、安くて早く食えるもん頼む」

葬儀屋を労いながら、カウンター越しに店主のおばちゃんに注文をする。

「いえ、仕事ですから…それにヴァン殿の仕事後はこちらも後処理がしやすいです。

様の後は損壊が激しくて…あ、焼肉定食とハンバーグ定食、ライスはどっちも多めでお願いします。」

大量の遺体処理をした話の後だというのに、肉料理をガッつけるのは流石に才能だろう。


(ほっそいのにガッツリ注文するなぁ…)と思いながら大切なことを思い出す。

「ほら、ボーナスな。ここも奢りでいいよ。部下にもなんか奢ってやってくれ」

「ありがとうございます。」

ヴァンは大銀貨を取り出し葬儀屋に渡す。


間もなくしておばちゃんがいくつもの皿を器用に持って厨房から出てきた。

「ほいよ!ハンバーガーのピクルスとトマト抜きいつものとライス大盛ハンバーグと焼肉定食お待ち!」


「おばちゃん、どれも来るの一緒じゃねぇかよ…」


「ウチは早い安い美味いがモットーだからね!新人も入ったんだよ!ほれ!常連のヴァンさんだよ!挨拶しな新入り!」


「ウス!ヨシヤっす…毎度、よろしくっス!」

厨房から顔を出したのは感じのいい異界人だった。

未だに異界人への差別冷めやらぬこの大陸で

異界人を雇って店を経営するのは大変だろう。


「よろしく…ていうか…教会の処刑人が居たら嫌じゃねぇか?」


「何言ってんだい!常連客が嫌な訳ないだろうさ!」

申し訳なさそうにヨシヤも話す。

「まぁ…ヴァンさんも仕事っすから。撃つことになるのも、しょうがないと思います。教会に追われるようなそれなりのことをやったんですし…」


「まぁよろしく頼むよ!」

おばちゃんがヨシヤの肩を組んでポンポンと叩く。


「こちらこそよろしくな。なんか困ったら俺に言うといい。頑張れよ。」


「…ごちそうさん」

肉を頬張り飯を掻き込む葬儀屋と別れる。



―――さて、プラタの見舞いにいくか。


教会の病棟、広い横長の医院の庭で聞こえるプラタの声。

フン!フンっ!と鼻息を荒げ、

簡単な義足をつけてスクワットをしたり腕立て伏せをしたりしていた。

どうやら復帰を考えているようだ。


「もういいのか?プラタ。」

「ヴァンさん!大丈夫ですよ、もう動けるんで。休んだ分なまった身体を戻さないと!」


医院の木陰にあるベンチに腰掛け、二人は会話する。


「…フルーツ食うか?」

「ありがとうございます!頂きます!」

タムラ戦で岩に呑まれたプラタの脚を見て、思い出してしまう。監督していた自分の不手際で、後輩に取り返しのつかない怪我を負わせてしまったことを…


それをプラタは知ってか知らずか、明るい顔でヴァンに接する。


「ヴァンさん、銀翼章カテゴリ3単独撃破の勲章受理、蹴ったんですか?」

「…ああ。」

「なんでですか?」

「…じゃない。お前がゾンビを引き付けてくれたからタムラに勝てた。」

「気にしなくてよかったのに。生きて帰って来れたんです。

美味しい物も食べられるし、標的もあの場で仕留められました。それだけで十分です。…いずれタムラが力をつけて 人間を襲っていたとしたら?ヴァンさんは僕を含めて沢山の人の未来を救ったんですよ。しっかり頂くべきです!」


プラタはニコッと微笑んでフルーツをかじった。


「そういえば、僕の銀装が工房の新兵器になるらしいですよ。なんでも…」


最年少で騎士団見習いになったプラタを見て、ヴァンは正直危機感を覚えていた。

真面目で、自己犠牲の塊のような少年。あわよくば自分も助かろうとは思わないプラタの危険な部分。

帰りの馬車で、プラタが前線から離脱できると…少し安心していた。危険な目に遭わせたくないと。無傷で帰ってこそ、より多くの人々を救えると。教えたかった。

このままでは早死にすると確信していた。ヴァンの同期も、そんな性格だったからだ。

ヴァンは

「もっと自分を大事にしろよ。」と釘を刺してから、医院を出た。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


処刑隊長から教会の執務室に呼ばれた。

「ヴァン。次の指令を命じる。大陸南東 諸国連邦にて火器が強奪される事件が多発している。これが賊によるものなのか、異界人によるものなのかは不明だが 調査や治安維持の任務も兼ねて行ってもらう。

左手のリハビリも兼ねてな。難易度は…そうさな、5段階で2ってとこか」


「隊長の5段階評価は信用できないんですよ。前の仕事も2だったし…」


「おっと隊長、そいつはキャンセルだ!!」

執務室の扉を乱暴に開け放ち

引き締まった肉体を持つ、ヴァンより少し小さい褐色の女性がづかづかと入ってきた。

「…アシミ!?帰ってきてたのか。キャンセルとはどういうことだ…?」

狼狽える隊長をよそに、先ずは挨拶とばかりに


「ヴァン!久しぶり!」近づいて力強くハグをするアシミ。

まるで丸太に抱かれているような感覚の太い腕と 厚い鉄板のような胸筋に胴回りを絞められた。

「お…おう久しぶりだな。無事でなにより。」ヴァンのやっとくっついた鎖骨は悲鳴を上げている。

紺色の髪を後ろに束ね、赤みがかったオレンジの瞳の体格がガッチリとした女性。

左右非対称の処刑人服を着た姿を見たのはヴァンも初めてだ。


「丁度上層部ウエからお達しでね、今の依頼を別の人に回して、ヴァンをアタシと同行するよう言われた。」

懐から出したアシミの手には、別の指令書が握られていた。上層部が認証した蝋封がされている。


「あんま処刑隊長オレを飛ばして連絡しないでほしいんだけどねぇ…」

ぼやきながら蝋封を開けると、指令書の内容をヴァンとアシミに改めて伝える。


「銀の騎士団員 処刑人ヴァン・処刑人アシミ 以上2名を大陸北西サスダン荒野にて 初めて観測した『揺らぎ』の調査を命ずる。道中現地の民間処刑人と協力して調査に当たれ。」


「「了解」」


『揺らぎ』とは、異界人がこの世界に来るとき 通ってくるゲートの前触れみたいなものだ。早い物だと1週間後だったり、最大で1か月後に生まれ落ちたりする。

大体のゲートの下には教会の施設が併設されており、現れた異界人をその場で保護する。それでも現れる異界人全てを保護できるわけでは無く、今回の様に今までに観測されてない場所で生まれ落ちたり、

現れた瞬間異能を使って逃げられることもある。そういった異界人のほとんどが『野良のら』となり

能力を乱用して人間の害となることが多い。今回は教会がマークしていないところに揺らぎが出現したことから、よくて一体の捕縛 最悪戦闘になることも考慮しての武闘派なアシミとのタッグなのだろう。



愛銃であるアルクスとグラディウスを銀装整備士から貰い、試作兵器とやらの試験を兼ねてそれも貰っていく。


補給物資と銃弾を補充し、教会下街の西側馬車停留所へと降りる。

待ち合わせしていたアシミも 武器である大弓を携え、大陸北西 サスダン荒野地帯の街へと向かう。馭者である若い男に処刑人の証、銀装を見せて途中まで荷馬車に乗せてもらうこととなった。


目的地一番近くの教会には補給物資の種類を注文しておいた。これにより指定の銀弾と弓矢をセーフハウスとなる教会ですぐに補充できる。

大陸北西の荒野は乾燥地帯だ。環境が厳しく、山賊や盗賊が岩場に巣食い 治安が悪い。

そして水の確保が難しい。

まぁ…アシミが一緒なら大丈夫だろう。ヴァンは安心して馬車の中で

中折れ帽子を顔に被せ、愛用の枕を取り出すと 頭の下に敷き昼寝の体勢に入った。


昼寝の中、ヴァンは身支度を整えながら 情報管理部から伝えられた情報を反芻はんすうしていた。


「死体を操る能力…死霊術ネクロマンシーとでも仮称しましょうか。

タムラが死体を動けるくらいまで修復し、もう一人の協力者が死体を操り、タムラに操作権を譲渡した、と見るのが妥当…とのことですね。教会の書庫で調べてみましたが、名簿にはありませんでした。教会が未発見のゲートから最近こちらに生まれたか、未登録の野良異界人かと思われます。

死者を操るとなると…死者が死者を作って伝播する最悪の事態も予想されます。

一番恐ろしいのが…表立って活動せず、未だに潜伏しているということです…。」


…そこまではヴァンも予想していた。逆に言えばそれ以上の情報は、無い。

経験上 悪さをする異界人は自己顕示欲が強く、能力を見せびらかすような事件を度々起こす。しかし他の異界人の幇助ほうじょをするだけとは…

今まで相対したことない行動をする異界人に、ヴァンは思考をにごらせる。

他の異界人に聞くか…いや、ただでさえ手がかりが少ないのに、警戒されてより深くへ潜られたら不味い。


人間より長い年月を生き、協力的な異界人から何か情報を収集できればいいが…


アルギンの西門を通過し、

アシミとヴァンは『揺らぎ』の調査へと向かった。


続く

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