鮮血の魔女 15
河川敷に降りると、やはり夕暮れ時なのもあって周辺に人は居なく、少しの時間なら彼等の実力を見る事は出来そうだった。
私は木の枝を六本拾って、それを高さや距離をまばらにして土手に突き刺した。
「これ、あっちから走りながら狙ってみて」
的との距離は十メテル程。それを真横に駆けながら狙う。
私なら、三つ……良くて四つ位当てられるかと言うところかな。
「走る速さは?」
フィリアは、少し真剣な表情に変わっていた。顔が結構良いので真面目な顔になると、凛とした雰囲気を感じさせる。
「相手も動きながら銃を撃ってくる仮定での速度、かな」
「――団長、結構意地悪ですね」
「実践派って言って欲しいかな」
これは意味を理解していると、実際は結構難しい。
相手が銃を撃ってくるとすれば、こちらは実際は走るだけで銃撃を躱し切ることは難しいからだ。
相手の挙動に合わせた体捌き、こちらの動きを先読みさせない体技と身体操作。
あとは単純に自分の速度。これは疾ければ当然狙うのが難しい。だがその疾さが無いのなら、相手の虚を突く動きを交えた方が相手の狙いを外しやすくなる。
しかし、今回は相手は木の枝というただの的。
つまり、木の枝がどれだけの銃撃をしてくるかという想像力と、それに対する対応力、そして銃撃の腕と身体能力を一度に見定める事ができる。
我ながら相当に嫌らしい課題だと思う。
「団長なら、走り抜けるまで幾つ撃てます?」
「私の腕だと、三つくらいかな」
「なるほど」
フィリアは、私の答えを聞いて、敵の仮想レベルを立てたらしい。どうやら、私が思っていたよりも頭のキレる人物のようだ。
銃のチェックをしながら、想定を立てているが、先日見たらしい私の動きの基準で、私なら三つ。という事を咀嚼して自身に当て嵌めている。
木の枝を実際は銃撃してくる敵と見立てて行動するのは難しい。ただの枝なのだから、走る速度をセーブして狙いの方に集中すれば、当たる数は増えるから。
だが、フィリアは私が言っている意味を完全に理解している。ゆっくり走ってただ当てただけで終われば、私がフィリアを認めないと言うだろうと、きちんと理解しているのだ。
身体を伸ばし、ブーツの先を地面にトントンと打つと、フィリアは手を上げた。
「よし、じゃあ始めて」
「了解〜!」
少しニヤリと笑うと、フィリアは一気に駆け出した。
(へぇ、疾いな……!)
疾走速度はおそらく私よりも疾――いや、トップスピードにのるまでの時間が短いのか……つまり、瞬発力が高いということか。
フィリアは、片手で目標へ腕を伸ばし、引き金を引いた。
一度の動作で火薬の炸裂する音が三回連続で響く。
(三点バースト機構ってやつか)
同時に三発の弾が発射され、それは一本目の木の枝を圧し折る。
その直後、フィリアは頭を低い体勢にし、更に引き金を絞った。
またもや三点バーストで発射された弾丸は今度は木の枝を掠めたものの、土手の雑草に穴を開ける。
「チッ!」
軽く舌打ちしながら、肩口から前転し、一瞬脚を止めると、木の枝に正対し、銃撃する。
連続して放たれた弾丸が木の枝を撃ち飛ばしたのと同時に、フィリアは再度駆け出す。
的は残り三つ。無事な的は追ってこないという体で考えれば、敵は残り三人という事だ。
またもや瞬く間にトップスピードに乗り、腕を伸ばしながら連続で引き金を引いた。三点バーストで二回、都合六発の弾丸が木の枝に向かい、見事に命中する。
更に、そのまま前に飛び込みながら撃った銃撃は、的を外したものの、腹這いになりながら撃った最後の的には見事に命中した。
フィリアは息を切らしながら私の方へ戻ってくると、少し悔しげながらも、
「四つ当てましたけど……どうでした?」
と、私の顔を伺った。
フィリアの評価は――正直、予想していたよりも良い。と感じた。
特筆すべきは、瞬発力や銃の機構を含めた、自分の能力をきちんと把握しているという点だ。
当然、彼女一人で依頼や要請をこなすのは難しいだろうし、戦闘になっても単独で戦局を変えられるような力は無い。
だが、それが分かっているからこそ、ウチの団に入団したのだろうし、彼女は誰かと連携する事で戦略の幅を拡げるタイプなのはすぐに理解出来た。
何より、彼女のスタイルは、近距離戦闘を得意とする私との連携となれば、確実に相性が良いだろう。
(難癖つける意味なんて、無いか)
心は開けずとも、背中を預けるには足る。そう感じたして私は、フィリアに評価を告げる。
「体術とかを見直した方が良い気もするけど……とりあえず銃の腕は私より上かな」
私の言葉に、フィリアは一瞬顔を曇らせたが、私より銃の腕が上だといった途端、喜色を隠さずに両手でガッツポーズを作った。
「合格ですか?」
「合格もなにも、入団とかはルーグと決めたんでしょ? 私は貴方の力を見て納得しただけだよ」
私の言い方に棘があったのか、フィリアは微妙な顔付きになった。
彼女からは、自らは歓迎されていないのだろうかという猜疑心や不安などが感じられ、私は罪悪感を感じ、咄嗟に言葉を訂正する。
「あっ……と、ごめん。これから、宜しく……フィリア」
私がそう言い手を差し出すと、フィリアは少しの焦燥と喜悦を滲ませながら、勢い良く私の手を握った。
「宜しくお願いします!」
年上だということだが、実力的な事を優先してか、私には謙虚だ。今の所は、悪意や害意も感じられない……けれど、私は何故か……自分でもよく分からないが、フィリアには、いやベイゼルもそうだが、彼女達を信じようと思う気持ちや、好意的な感情を抱く事が出来ない。
一応、自分が団長だという自覚はあるから、この気持ちとは向き合わなければいけないのだろうが……。
「うん。宜しく」
――私は目を合わさずに、そう言うだけが精一杯だった。
それでもフィリアは歓迎されたと感じたのか、笑みを浮かべながら私に語りかけてきた。
「ルーグさんと、ベイゼル君の方……中々ですね」
そういえば全然見ていなかった。ルーグとベイゼルは徒手の組手をしていた筈だけど――と、視線を送り、私は少し落胆を感じながらため息をついた。
「ルーグさんって……戦闘はあんまりなんですね」
「……」
フィリアも少し虚無を感じたのか、抑揚の無い声で呟いたが、私は少し情けなくなり無言になっていた。
――視線の先では、土で衣服を汚し、少なくない掠り傷をつけたルーグが、無傷のベイゼルに殴りかかろうとして、伸ばした腕の肘を止められ、ルーグの懐の中で関節を極めたベイゼルが回転すると、自重と遠心力、そしてルーグの勢いを利用して投げられた。
(殴りかかったルーグの突進力を使って投げる力を増幅させてるのか)
ベイゼルの体術は結構特殊そうだ。相手の攻撃の流れや波を、自分の波長に合わせて自らの技の一部に変換している。
あれなら、自分の筋力以上の勢いをつくりだせるし、何よりスタミナの消費は浅そうだ。
「わ、わかった! 君の実力は測れたよ!」
ルーグの負け惜しみとも取れる発言に、私は少し噴き出しそうになる。
「合格ですか!?」
「うん! 合格だ!」
ルーグが合格サインを出すと、ベイゼルは「っし!」と、子供のように喜んだ。
あのレベルの体技が使えるという事は、さっき見たグレイブ……長柄も、体技を絡めながら使うのだろうか。
という事は、私とベイゼルが前衛。フィリアが中衛。といったところか。
意外と、バランスはいいのかもしれない。
ルーグは投げ飛ばされて土埃のついた服を手で、ぱんぱんと払いながら私によって来た。
「いやあ、二人とも凄いね」
正直、私はスティルナさんとの戦いの後だったからか、フィリアにもベイゼルにも凄いとは思わなかった。
だが、
「うん。彼等はきっとルーグの助けになってくれるよ」
私の言葉に、ルーグは多少、私への気遣いを脳裏に浮かべたものの、それを沈めてこくりと頷いた。
ルーグはフィリアとベイゼルの方へ向き直る。
「よし、じゃ今日は歓迎会だ!」
ルーグの言葉に、ベイゼルとフィリアは歓声を上げた。
「ミッ、ミエルも、行くよね……?」
ルーグのおどおどとした問いに、私は表情こそ作れないまでも、返事をした。
「ルーグの奢りならね」
私の言葉に、ルーグは少し苦い笑みを浮かべていた。
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