鮮血の魔女 14


 スティルナさんとの突然の出会いからルーグとのホームに戻ると、見知らぬ男女がルーグと共に談笑していた。


 (え……)


 この距離からでも、流入してくる三人の思考や感情は、私にとっては喜ばしく感じられないものだった。


「あ! 帰ってきた。ミエル……っと違うや、団長!!」


 大声で呼び掛けながら手を振る程、離れてはいないものの、興奮し昂っていたのか、ルーグはやたらと機嫌が良さそうだ。

 私はそれに、表情を変えずに視線を合わせ、無言で頷いた。

 他の二人は好意的な面持ちを見せるものの、私の表情を見て少しだけ緊張したような面持ちに変わった。


「商会に出した武装のメンテは、明日まで掛かるらしいよ」


「そ、そっか。それよりさ」


 見知らぬ二人の事をスルーし、こなした用事について淡々と説明すると、ルーグは私の機嫌が悪いと疑ったか、喉を詰まらせながら話を変えて続けようとしてきた。


 ――言わずとも、分かっている。その二人は入団希望者のようだった。

 これまで、アパテイアの彗星のような弱小無名団にわざわざ入団したい物好きは居なかった。私にとって、それはかえって都合が良い事であり、他人が受け入れられない私にとっては一番恐れていた事だったから。


「実はさ、この二人。入団希望なんだ。なんでもこないだ街中で大立ち回りしたミエ……団長の事を見てたらしくて、それでウチに入団したいって」


 ルーグが二人に視線を向け、入団動機を話して来た。視線を二人に向ければ、一瞬たじろいだ後、二人は背筋をのばした。


「ベイゼル・ヘイツェンです」


「フィリア・ローゼスです」


 ベイゼルと名乗った青年は、黒に近い茶髪を短く切り揃えていて、少し痩せ型。

 フィリアと名乗った女性は、艷やかな藍色の髪を肩口で切り揃えており、中々の美人だ。


「ベイゼルは僕達と同い年で、フィリアさんは二つ上らしい。二人とも目立った活動はして来なかったらしいけど、プロのライセンスも持ってる。人数が増えれば請けられる依頼や要請も増えるし、断る理由は無いかなと思うんだけど」


 どうかな? といった視線をルーグは私に向けてきた。

 どうもなにも、ルーグの中で答えは決まっているのだ。


 (こんな事なら、スティルナさんの誘いももっと考えてみても良かったかな)


「……いいんじゃない」


 私がそう言えば、あからさまに三人は安堵していた。

 どうにも私が人嫌いだという事を、ルーグは前もって二人に言っていたようだ。


「よし、じゃあ入団してすぐで悪いけど、今度のシヴァンゲール国境沿いの偵察依頼について話をしようか」


 ルーグが仕事の話を出して仕切りだしたので、私も席についた。

 紹介が済んだので私に逃げられると思ったようで、ルーグの話の振り方は相変わらず私を熟知していて、ほんの少しだけ腹が立った。


「日程は明後日。こっち……っていうか、ザルカヴァー側の川横の渓谷から始まるフェンスを点検、偵察する。最近シヴァンゲール側の動きが活発らしくて少しピリついてるらしいけど、今すぐって事は無いと思う」


 明後日か。武装の受取をしたあと、感触をチェックするくらいの時間はありそうかな。


「カルフ山のザルカヴァー軍の駐屯地近辺までチェックしたら依頼完了。フェンスの補修工具と金網パッチを幾つか持って行かないといけないから、俺は基本、荷物持ちポーターをやるよ。ベイゼルとフィリアはミエルの指示に従って動いて欲しい」


 ルーグの指示を聞くと、ベイゼルとフィリアは私に向かって軽く頭を下げた。


「団長。宜しくお願いします」


「私も。年は私のほうが上だけど、傭兵としてどちらが優れているかは分かってるから、こき使って下さいね」


 二人は共に好意的だ。若干のおそれや遠慮があるのは私の印象が、彼等にとって好意的ではなく見えているからだろう。


 私は頷いて彼等に薄く笑うが、彼等と接してはっきりわかったのは、二人とも傭兵として本気ではない事だ。

 ベイゼルは、そりの合わない親元をとにかく離れたいくらいの気持ちのようだし、フィリアは……なんというか、女である事を武器にして、これまでいくつかの傭兵団に取り入っているようだ。


 (とはいえルーグに言っても、本人達が認めなければ信じないだろうし、どこで知ったとかも説明できないしなぁ)


 そこで私は、妙案というほどではないが、ひらめいた事があった。


「ルーグ、二人の実力は見た?」


 私の問に、ルーグは申し訳無さげに頬を掻いた。


「いや、それはまだ……」


 まぁ、分かってはいたのだけど。

 蒼の黎明程とはいかなくても、アパテイアうちだって、もはや正規の傭兵団だ。来るもの拒まずのような姿勢ではいけないだろう。


 (これで、問題があるようならお引き取り願えば良いだろうしね)


「じゃ、ルーグはベイゼルと、フィリアは私と軽く手合わせしよう。実力も見ていない人に背中は預けられないから」


 有無を言わせぬ感じで私は、三人に言い放つ。


 少し圧を感じたのか、三人は各々の顔を見合わせていた。


「二人は、武装は?」


 私がベイゼルとフィリアに聞けば、ベイゼルはケースから武装を出し始めた。


「僕は主武装はこれですね。一応小型の拳銃もありますが、動きながら撃つのが苦手で」


 そう言って手に持ったのは、長い棒の先に肉厚の刃がついた武器……確か、グレイブってやつだったか。長いリーチと、刺突と斬撃の両方を可能にしているように見える。持ち手の棒は分解出来る様で、刀身付近だけを短刀か鉈のように使う事も出来るようだ。


「私は、コレだけです。重いと動けなくなりますから」


 フィリアは、少し大きめの銃が一丁だけらしい。彼女の着ていたショートベストの内側と、太腿に予備弾倉が合計で六つ。シンプルで良いとは思うが、弾倉だってそれ程身につければ軽くはないだろう。刃物なんかはもっていないようだが近接戦闘は苦手なのだろうか。


「じゃあルーグとベイゼルで組手やってみて。フィリアは、外で銃の腕を見せてもらおうかな」


 得物を確認したので、三人を促し外に出る。すぐ近くに河川敷があるのでそこに行けば多少銃を使っても大丈夫だろう。


 正直、私は銃はあまり得意では無い――と思っていた。

 スティルナさんと手合わせをして、銃とは遠い間合いで使う物という先入観があったが、中距離で牽制し、間合いを詰めて近接戦闘に銃撃を織り交ぜる様な戦闘技法は、私に合っていると思った。

 勿論、中距離で銃弾を相手に高い確率で当てられる腕があれば良いのだが、現状の私には中近両方を得意とするのは難しい。

 近接戦闘での体捌きや身入れに関しては、これまで色々な相手と対峙したが、それ程遅れを取る事はなかった。反射神経と運動能力には自信があるし、このスタイルで己を高めてみよう。


「団長も、銃使うんです?」


 色々と考えていれば、フィリアが私に自分の銃をひらひらと見せていた。


「うん。あまり狙えないけどね」


「どこの銃ですか?」


「ツヴァーク社のイーゲルだよ。でも、今日ちょっとした出会いがあって、武装を新調したんだ」


 私の言葉に、フィリアは一瞬驚きを見せると同時に、にやりと口元を緩ませた。


「出会いって……男ですか!? 男ですよね! 良い男ですか? お金持ち!?」


 突然の勢いに、私はどん引きした。フィリアが騒ぐので、前を行くルーグとベイゼルもこちらに視線を向けた。


「ち、違うよ。女の人! 蒼の黎明のスティルナさんって人なんだけど」


「――え」


「えええええっっ!!!?」


 フィリアが一瞬真顔になった刹那。ルーグが大声をあげて私の肩を掴みがくがくと揺らす。


「あっ、あっあ……あの、『銀氷の剣聖』と呼ばれ現在世界最高の剣技と氷の異能を合わせ持ちそれでいてザルカヴァーと近隣諸国に大きく展開しているウェスティン商会の跡取りと目されているあのスティルナ・ウェスティン!!?」


 ほぼ息継ぎも無く物凄い剣幕で言い切ったルーグに、更に引きながらも、私は首肯した。


「う、うん。なんか仲良くなって手合わせして――」


「てっ! 手合わせ!!!? 銀氷の剣聖と!? よ、よく生きてたねミエル!」


「手加減はかなりされたし、ほとんど体技だけで封殺されたよ」


 ――これ、勧誘された事は黙ってた方が良さそうな気がする……。


「そっ、そそっそれで、スティルナ・ウェスティンが、武器をミエルにくれたのかい!?」


「うん。蒼の黎明の職人さんらしい人が作ってくれるらしくて、明日メンテに出したルーグの武装と一緒に引き取りに行く事になった」


 ルーグから、驚きや羨望とともに、自分の分は無いのかという謎の落胆が混ざって入ってきた。


「そうなんだ……。ミエル。スティルナ・ウェスティンはあのネイヴィス・ヘイズゲルトにも匹敵する傭兵だよ。とんでもない人と出逢えたんだね……羨ましいな」


 ――縁を羨む純粋な羨望。そればかりは私にはどうしようもないと感じる。


「あ、そういえば、そのネイヴィス・ヘイズゲルトって、サフィリアって人に叩きのめされたって言ってたよ」


「サフィリア? もしかして、最近急速に名を上げてきている『紅の翼』のサフィリア・フォルネージュ?」


「たしか、そんな感じだったかな。スティルナさんの好敵手で明日カーメリアにその人に会いに行くんだって」


「いやちょっと待って……ネイヴィスを倒したって……」


 今度は愕然としているルーグに、ベイゼルが少し呆れたように声を掛けた。


「あの〜、話は夜にして、河川敷行きましょうよ。日が落ちますよ」


「あっ……! ミエル! あとで、あとで色々教えて! 絶対だよ!」


「う、うん」


 あたふたと忙しないルーグに、私達は一様に残念な奴という印象をいだいていた。

 


 

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