鮮血の魔女 13
「私が……、ですか?」
「うん。実力的にも問題無いし、私なら今よりも君を伸ばせる筈だからね」
私は、自分でもよくわからない汗が流れているのを感じながら、冷静を取り戻そうと大きく息を吸った。
確かに、スティルナさんの近くにいれば、私はもっと強くなれる。それは確信めいた感覚で私の中に存在する。
だが、スティルナさんという初めて心や感情の読めない人間との出会いは、私にとっては未知の生き物との出会いに等しい。それは、好奇心と多少の喜びと、少なくない恐怖を私に生んだ。
あれ程、他人を知る事が嫌で、恐ろしかった私が、いざ他人を知れないと、探れないと恐ろしいなどと感じる事が――尚更、己の愚かで矮小な在り方をまざまざと感じさせられた。
「ただ、君の事は味方に欲しいと思うけど、君の相方の事はまた別だ。もし、君が来てくれるならその相方の実力も見させて貰うことになるし、一定の水準を満たさないようなら、もう一人の方は迎え入れない」
私は、ぐっと息を呑んだ。言われてみれば、それは当然の事だ。
傭兵団は遊びでは無い。小さな団ならお互いの生命を預け合う関係、大きな団ならそれに加えて高度な戦術的判断も追加される。
――どこか子供の頃からの、ルーグとの傭兵ごっこの感覚が、未だに残ったいたのだと実感する。
スティルナさんに言われて思ったが、ルーグの実力はどうなのだろうか。
今までルーグを弱いと思ったことは無いが、強いとも思った事はない。
個人の戦闘能力だけでみれば、ルーグはそれ程ではない。最近でも徒手で手合わせを何度かしているが、ルーグはどうしても短時間、そして数手で勝負を決めようとしがちで、私から見ても戦い方が雑なのだ。ルーグの大振りな打撃を、私が数回捌き、幾度か崩しを入れてやれば、ルーグはいつも苦々しげに降参をする。
本当なら、助言をしたいところだが、ルーグの気持ちはそれを拒んでいた。ルーグにも対抗心とプライドはあるのだ。
だが、私は戦闘面よりも、ルーグの情報収集能力や、俯瞰的視野、そして生活力に助けられていた。それが強さと呼べるのかはわからないが、私とルーグは足りないものを補い合っていたのは確かだ。
「スティルナさん」
「うん?」
――私は、ルーグの事は裏切れないし、置いていくこともできない。それに、ルーグ以外の人間とこれから歩んでいく事を考えると、少なくない恐怖が生まれていた。
「すごく、嬉しいんですが……私、やっぱりルーグとでないと……」
私は言いながらスティルナさんの顔を見ると、スティルナさんは一瞬残念そうな顔をした後、にっこりと微笑み、頷いた。
「うん。そっか……。残念だけど、わかったよ。
いやぁ、フラレたのは初めてだったよ」
「すいません」
スティルナさんが笑いながら言ってくれたので、私も少し、緊張が緩んだ。
「良いさ。でも……そうだ。せめて君に贈り物をさせてくれないかな」
「贈り物、ですか?」
「うん。行こうか」
そう言い踵を返すスティルナさんの後を、私は小走りに着いていった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「紹介するよ。
「ほほ。ご紹介に預かりまして。これは中々可愛らしいお嬢さんですな」
「あ、ありがとうございます……。ミエル・クーヴェルです」
スティルナさんに紹介されたのは、明らかに怪しげな雰囲気を持った老人だった。
禿頭に長い口髭、更に白衣を羽織ったその姿はなんとも特徴的だ。
「教授。あのさ、彼女に武装を作ってあげて欲しいんだ」
「えっ!?」
私が驚きの声を上げると、スティルナさんはウインクをして、話を進めた。
「彼女はウチの団員では無いんだけど、個人的に肩入れしたくてね。彼女の普段の主武装は拳銃とナイフのガンエッジスタイル。銃の腕はまぁそれなりだけど、近接戦闘に重きを置くスタイルだから精密性はそれ程必要ないかもしれない」
「ほぉほぉ。普段使われている武装と、貴女の利き腕を伺っても?」
教授さんの興奮が入り込んでくる。
――この人……、表面的には紳士的だけど、内面は武装に関しての事ばかりで、少し変態的だ……。決定的に他人に興味が無くて、人間の事は、武装を使う側としてしか見ていない。
「あ……っと、銃はツヴァーク社のイーゲルです。カスタムとかはしていません。ナイフは、大型のサバイバルナイフで、特に銘とかはありません。あと、利き腕は両利きです」
「ほぉ、ツヴァークですか。まぁあそこは悪いものは作りませんからね。あ、腕を触らせていただいても?」
教授が、腕を差し出してきて少し嫌だったが、この人には男性的な思考が全く無い。私の腕を武装を扱う為のモノとしてしか興味は無いみたいだ。
「ど、どうぞ……」
「ふむ。筋力はそれなりですが、柔軟性がかなり高そうですな」
ふにふにと私の腕を揉みしだく教授の目は爛々としているが、内心に下卑た思考が全く無いので、逆に信頼を覚える。
「ミエルの柔軟性は、相当なものだよ。さっき手合わせをしたけど、その点に関しては私やサフィー並みかな」
「ほお! それはそれは……!! 少し、身体を触らせていただいても?」
スティルナさんの言で、教授の内心は一気に興奮の度合いを上げた。
私は少し引きながらも、教授に身を委ねる。
身体のあちこちを揉み、指でなぞり、押しながら教授は感嘆の息を吐いていた。
「これは逸材ですな。二日……いや、明日またここに来ていただければ、それまでには完成させておきましょう」
早っ!? 武装ってそんなに簡単に作れるものなのだろうか? ……とはいえ、教授の内ではもう脳内構想は終わり、脳内設計図が組立られているようだ。
人としてはおかしい人だが、スティルナさんの近くにいるだけあって、やはり一種の天才なのだということはわかった。
……わかったのだが、やはり、アクの強い人だな。とは思った。
「分かりました。上階で武装のメンテナンスをお願いしていたので、それと一緒に取りに来ます」
「かしこまりました。では、私は早速製作に取り掛かりたいので……では」
そう言うと、教授は足早に去っていった。
「ちょっと変わってるけど、腕は確かだから心配しなくてもいいよ」
「ちょっと、ですかね?」
「はは。ま、世の中色んな人が居るからね」
スティルナさんは笑いながらそう言う。確かに色んな人が居る。その色んな、は、私にとってはあまり良く思えないものが多かったが、ここに来て、スティルナさんや教授にも出会えた。
心の読めない人間と、武装の事しか考えていない人間。
それだけなら、おかしな話しだが、私にとっては貴重な出会いだった。
「そうだ。残念だけど明日には、私はここを発つ予定でね。だから、ミエルと会えるのは今日までなんだ」
「そうなんですか」
確かに、少し残念だ。スティルナさんは、ルーグ以来初めて安心して話せる人だったから。心は読めなくとも、この人には悪意が感じられない。純粋が形を成したような人なのだ。きっと。
「何処に行くんですか?」
「一応、国内だよ。シルヴェストル州のカーメリアという街さ」
「カーメリア……結構、辺境の方ですね。確かムルドゥールズ平原がある……」
「そう。サフィーが王国に来ているって聞いてね。ちょっとちょっかい出しに行こうかなと思って」
そう言うスティルナさんは、何やら楽しげだ。少しばかり、頬も紅潮しているようにも見える。
「ちょこちょこ出てきますけど、そのサフィーって、どんな人なんです?」
私の言葉を聞いて、スティルナさんは満面の笑みを浮かべた。
「サフィーっていうのは、愛称なんだ。本名はサフィリア・フォルネージュ。傭兵団『
「あれ? 世界最強って、黒き風のネイヴィスって人じゃないんですか?」
私の問いに、スティルナさんは「あぁ……」と答えた。
「ネイヴィスねぇ。一月ほど前かな? サフィーに完膚なきまでに叩きつぶされたんだよ。とある依頼で敵対したらしくてね。その時、ネイヴィスは顔面を半ばまで灼き斬られ、左眼も失っている。これはまだ公にはなってないけど、そのうち知れるだろうね」
「え……」
世界最強と言われていた傭兵を、完膚なきまでに……? どれだけの力を持ってるんだ。そのサフィリアという人は。
「その直後くらいかな。私がサフィーと幾度も引き分けているのを、その戦闘の時に聞いたのか、ネイヴィスから私に友になろうと申し出があったのは。
まぁ、黒き風は大きい団だから、敵対するメリットも無いし、申し出は受けたけど、男としては情けないよねぇ」
笑いながら話しているけど……、それってつまり、スティルナさんも世界最強と言っても遜色ないという事だろう。――まぁ、スティルナさんと手合わせをした身からすれば、それはなんとなくはわかる気もするけれど。
「その人なら、スティルナさんの全力も受け止められるんでしょうね」
「うん! 寧ろ全力じゃなければ、こっちがやられるからね! ホントに凄いんだよサフィーは。機会があったらミエルにも会わせてやりたいなぁ〜」
――まるで、花のように笑うスティルナさんからは、少し、ほんの少しだけ、感情が漏れ出ていた。
私には経験の無いことだったけど、その感情が『恋』なんじゃないかなと、私は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます