鮮血の魔女 4
――ルーグと『アパテイアの彗星』を結成してから、早いもので三年の月日が流れた。
私とルーグはそれぞれ十五才になり、お互いに背丈や体付きも成長し、子供と言えない見た目になってきていた。
私達の傭兵団には、幾度か街の子供達が自分も参加したいと申し出てくる事もあったが、結局、団長となっていた私は、それを頑なに拒み続けた。
その理由はいくつかある。
先ずは、私がルーグ以外には気を許せなかった事。
包み隠さずに言えば、ルーグにすら気を許してはいないが、ルーグとその他の人間では、私にとって大きく差があるのだ。
つまるところ、私は、自分が育つ為に関わっている母親と、この街の中では、一番私にとって心を痛めることの少ないルーグ意外の人間とは、極力関わりを持ちたくない。
本音から言えば、自分一人が一番良いのかもしれない。
でも、私自身、脆弱な人間の一人だという事は理解している。
誰かに頼り、助けられなければ、私は大人になる事も出来ないのだ。
もう一つの理由は……『アパテイアの彗星』が、ごっこ遊びでは無くなった事だ。
『アパテイアの彗星』は現在、傭兵団とは本来は言えない規模だが、私とルーグには、私達が住む街である、このアルボラリス市から何度か依頼を請け、それをこなしている。
初めは、ルーグが街で頻繁に起こっていたスリの常習者を捕まえた事から始まった。
ルーグいわく、それまで私と組手による訓練をずっと続けていたからか、ルーグの動体視力が向上し、プロのスリの動きを看破する事が出来たとの事だ。
そしてルーグは、役人から感謝状を貰う際に、
「俺は、傭兵団『アパテイアの彗星』のルーグラウス。いずれ、英雄になる男だ!」
と、大見得を切り、それを見た役人や、州軍関係者から、有望な若者と見なされ、ちょくちょくと仕事を依頼されるようになってしまった。
依頼の内容は、基本的にはプロの大人の傭兵団達や州軍の演習等のバックアップの仕事が多かったが、最近は農地に被害をもたらす凶暴な野生動物の討伐等を、『アパテイアの彗星』だけで請け負う事も増えてきた。
――だからこそ、下手に人を増やす訳にはいかない。
組織が大きくなれば、足下が見えなくなる。きっと実力以上の仕事まで請け負ったりしてしまう。
そうなれば、私は他人の生死に対しての責任など、とても取れない。
ある程度信頼のおけるルーグと私の二人だからこそ、私はなんとか『アパテイアの彗星』をやっていられるのだ。
そして、その事はルーグも分かってくれている。
そうして得た傭兵団の稼ぎを、私は七割程度、母親に預けている。母親はそれを私の為に使う事は全く無いが、それは私も望む所だった。
私達の住む街、アルボラリス市のあるこのシヴァンゲール自治州は、州法における成人の定義は十六才。
つまり、あと一年で私は成人し、プロの傭兵としてのライセンスも取得する事ができる。
そのライセンスがあれば、シヴァンゲール自治州以外の国家や他の自治州でも、傭兵としての活動が可能になる。
勿論モグリの傭兵なんかは、どこの国にも存在するが、そういった連中は国や街からの依頼を請けることは出来ないし、大きな正規の傭兵団に加入する事もまずできない。プロと崩れでは、社会的地位も報酬も異なるのだ。
それに、やがてルーグは傭兵として成長したなら、私と別れて大きい傭兵団に入ったほうが良い……。それは、少し寂しいがルーグも心の奥底で考えている事でもあったようだ。
――まぁ、ひと先ずは今の『アパテイアの彗星』は、アルボラリス市でこそ準傭兵団扱いしてくれているが、実際の所は報酬を貰っている活動団体に近い扱いなのだろう。
だが、それでも、相場より安いとはいえ報酬は貰っているのは事実だ。
それに、私には目的もある。
――私は、あと一年かけて、母親に育ててもらった恩義を金銭という形で返し、母親を捨てる。
我ながら、娘としては最低だと思う。
本来なら、片親となった母を看取るまで寄り添わなければいけないのだろうとも思う。
だが、私は……母親の愛が私に向けられていないのを知っている。
――そんな人に対して、私だけが愛し続ける事は出来ない。
私は、私を愛してやりたいのだ。
最低のエゴなのは分かっているし、誰から認めてもらおうとも思わない。
でも、私は――とにかく今の私から逃げたいのだ。
少なくとも、親元から離れれば、何かが変わりそうな気がして。
「おぉい! ミエル! すげぇ事になったぞ!!」
私がルーグとの溜まり場である、いつもの河川敷の橋の下で川を眺めていると、大声をあげてルーグが走り込んできた。
「どうしたの」
どこからか全力疾走してきたのだろう。ルーグは肩で息をしながらも、なんとか喋ろうとして唾を大きく飲み込んだ。
ルーグの内面は、思考こそ興奮と疲労で吹き飛んでいるものの、喜びと期待に満ち溢れている事から、少なくともルーグにとっての吉報である事は想像がつく。
「ついに来たんだよ! 怪物の討伐依頼!! それも、俺達だけでの単独任務だ!」
「え……?」
怪物……? そんなの、私達だけでなんとか出来る訳が……。
「どうも州軍が討ち損じたらしくて、カルフ山の方に逃げてったらしいんだ! 相手は一匹だけだし、しかも手負いなのさ。俺達だけでも、絶対勝てるよ!」
「……」
興奮するルーグを見やりながら、私は少し思案する。
少し――胡散臭い。
確かにシヴァンゲール自治州の州軍は、練度はそれ程高くは無いとの評判は聞いている。怪物を取り逃がす事もあるだろう。
気になるのは、場所だ。
私達の暮らすこのアルボラリス市は、シヴァンゲール自治州の東端に位置し、東側の隣国はザルカヴァー王国がある。そして、その国境線は先程ルーグの語ったカルフ山の山頂になっている。
つまり――州軍が追撃をしないのは、国境線付近での活動が、ザルカヴァーに察知されれば、何かしらの緊張を生む可能性もあると懸念しての事だろう。ザルカヴァーは大国だ。
そして過去にもシヴァンゲール自治州は、ザルカヴァーからの侵略と独立を幾度か繰り返している歴史もある。
だから軍を動かせないというのは分かるし、下手に怪物を手負いにして、ザルカヴァー側に追い込めば、ザルカヴァーがこちらから渡ってきた怪物による被害の請求をする可能性もあるだろう。
だが、気になるのは……何故
アルボラリス市には他にも活動している傭兵団がある。彼等はライセンスがあれば、仮に国境を超えたとしても、問題は無い筈だ。
それ故に、何故私達なのかが気にかかる。
「何考えてるのさ! 報酬だって、百八十万ベリルも出るんだ。勿論やるだろ? 団長!」
「百八十万……!?」
私達が今まで受け取ってきた報酬との、あまりの差に言葉を失う。
私達がこれまで受け取ってきた報酬は、せいぜい一回あたり、高くても七、八万ベリル程だった。それでも、稼ぎの少ない大人の給金一月分近くの金額を一回の任務で稼げたのだ。
それが、百八十万ベリル――。文字通りケタが違う。
ルーグと折半したとしても、九十万。母親に半分渡したとしても、これまで貯めてきた分と合わせれば八十万ベリルにはなる。
それだけあれば、他国に渡って足場を固める事ぐらいは優に出来る。
「分かった。……やろう」
「だよな! 実は既に依頼は請けて来てたんだ。ミエルも絶対請けると思ってさ!」
――これは、嘘だった。依頼を既に請けてきていたのは本当だけど、ルーグは私が断るかもしれないと思っていたようだった。そのときは、一人でも依頼に向うつもりだったみたいだ。
「うん。で、なるべく早い方がいいんでしょ?」
私は、少し離れた所に見えるカルフ山を見ながら、ルーグに問う。
「ああ。州軍の討伐失敗は昨日の夕方らしいから、準備を整えたら、直ぐに出発した方が良いと思う」
「分かった。じゃ、装備を持って、十五分後にまたここに集合しよう」
「了解! 俺のバギーで来るよ。バギーなら、二時間は掛からないと思う」
私は短く肯くと、家に向かって走り出した。
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家に帰れば、当然のように母親は居なかった。大方、男の家にでも行ったのだろう。
私は、一応書き置きをしていく。
『お母さん。州軍からの依頼で、カルフ山に行ってきます。もしかしたら、日をまたぐかもしれませんが、心配しないでください』
そもそも心配などしないとは思うが、一応だ。
書き置きをテーブルに置くと、自分の部屋に行き、机の引き出しの鍵を開け、中にしまっていたハンドガン――ツヴァーク社製のもので、イーゲルという名の銃だ。装弾数は十八発。――そのマガジンに弾を装填し、予備弾倉を二つポーチに入れると、ホルスターベルトを太腿に装備し、銃をしまう。
更に、もう一つの武器である少し大振りのサバイバルナイフを、腰のベルトに括りつけた。
一対の銃とナイフを両手に構えるガンエッジと呼ばれるスタイルが、私の戦闘スタイルだ。
その他に、ドライフルーツを小袋に入れ、スキットルに水を入れる。それらもポーチにしまうと、私はいつもの通り父親の写真に祈りを捧げる。
「お父さん……。どうか、私とルーグを守ってください」
そっと、写真に手を触れたあと、私は家のドアを開く。
「行ってきます」
返事の無い家にではなく、心の中の父親に告げると、私はルーグと合流するべく、河川敷へと向かった。
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あとがき
幼少編が終わり、本話から青年編になります。
未だ心身共に未熟なミエルですが、青年編では更にミエルは追い込まれていく事になります。
ついでにですが、この世界の通貨であるベリルは、1ベリルあたり1.5円程の価値になります。
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