鮮血の魔女 5



「なんだか、前より揺れなくなってる気がするね」


「おっ、分かる?」


 河川敷でルーグと合流した私は、ルーグのバギーに乗り、カルフ山へと向かっている。

 ルーグの後ろに乗せてもらっているが、このバギーは乗る度に以前と違う改造が施されていた。

 最初は、荷台がついて軽い荷物なら載せられるようになった。これは、野営の道具や仕留めた野生動物を載せるために取り付けたらしいが、実際かなり役に立っている。今回は野営道具の他に予備の燃料と応急セットが載っているようだ。

 荷台を付けた後も、私の乗る後部座席にアームレストが付いた。

 ルーグ曰く、これはバギーに乗った状態で追撃戦を行う事を想定したらしい。ルーグが運転に徹し、私が銃撃を行う事をイメージして取り付けたらしいが、未だこのアームレストがその役目を果たした事はない。もっとも、私の腕は楽だし、ルーグにしがみつかなくてもいい分、お互いに気を遣わなくても済むという点では、役に立っているのだが。

 そして、今回は、揺れを軽減させるサスペンションを交換したらしい。

 実は私は、今回のサスペンションの交換を一番ありがたく感じていた。最近、成長につれ胸が大きくなってきていて、車体が揺れる度に私の胸も揺れるようになり、首や肩が疲れていたのだが、それが今回緩やかになった。


「だいぶ乗り心地良くなっただろ? 俺の『ドレッドノート』もさ」


「うん。そうだね。名前の良さはちょっと、よく分かんないけど」


「恐れを知らない英雄とは俺の事さ! それにあやかって名付けたのさ。カッコいいだろ?」


「……へぇ。良いんじゃないかな」


「だよなぁ」


 男の子の感性という奴なのか、年頃の少年の思想という奴なのかよく分からないが、ルーグは時折こういった、変なカッコつけの感性を見せる。

 私にはよく分からない感性だが、微妙にカッコいい気もするので良いのではとも思う。


 ――ふと、荷台に固定されていた直刀にも目が行き、疑問が湧いた。

 ルーグはこれまで、二丁拳銃で戦うスタイルを採用していた筈だ。


「ルーグ。あの刀って、ルーグの?」


「ん? あぁ、あれか」


 私が聞いた途端、直刀に関する思考が流れてくる――多少恥じらいの感情があるが、思考は無視してルーグの言葉に耳を傾ける。


「最近、ちょっと練習してるんだ。『影鳴流けいめいりゅう』って知ってる?」


「……西のイスレティア法国で最近発祥した近接武器術の流派だっけ?」


「そうそう。よく知ってるなぁ」


「新聞で読んだから」


 話が長くなるのを防ぐ為に、ルーグの思考から必要な情報を抜き出し、会話をスムーズにさせる。


「新聞に載ってた? まぁいいか。とにかく、その影鳴流の戦闘技術が書かれた技法書をとあるツテから貰ってね」


「また、メルクスさんから巻き上げたんじゃないの」


「ぐ……なんですぐ分かっちゃうかな」


「ルーグは分かりやすいから」 


 メルクスさんというのは、ルーグの家の隣で質屋を営んでいるお爺さんだ。そして、ルーグとはしょっちゅう『ダイス』で賭け事をしている。

 ルーグは別にイカサマを働いてはいないのだが、メルクスさんには博才が全く無く、ルーグには博才が有るのか、かなりの頻度でルーグが勝っているらしい。

 その結果、勝ち分をたまに質屋の物品で貰うらしいのだが、今回はその技法書とやらを巻き上げたのだろう。


 ――因みに、このバギー『ドレッドノート号』も、メルクスさんから巻き上げてせしめた物でもある。


「まぁ、とにかく、今までだと前衛がミエル、後衛が俺だっただろ? 野生動物相手ならそれでもいいんだけど、これから先、傭兵同士で戦闘になる事を考えると、ミエルと背中合わせで戦うかもしれない。そうなったら、俺だって近接戦位出来ないとやられちゃうかと思ってさ」


「そんな本読んだだけで、直刀なんて難しい武器扱えるの?」


 私のツッコミは、割とルーグの痛いところを突いたようだ。


「俺だって、師匠でも居ればちゃんと教えを受けたいさ。でも、アルボラリスにはそんな高位の傭兵は居ないし、州軍の練度はミエルだって知ってるだろ?」


「それは分かるけど、別に高位の傭兵じゃなくても、私達より強い人なんて沢山居るんじゃない?」


 私が問い掛けると同時に、ルーグに湧いた思考は、またしても私にはよく理解できない考えだった。そして、それはすぐに言葉へと変わる。


「だって、俺は将来英雄になるんだよ? 英雄の師匠っていったら、そのへんのちょっと強いやつじゃ駄目でしょ! やっぱ、『大鴉レイヴン』ネイヴィス・ヘイズゲルトとかさ、『烈閃の剣聖』アイラ・L・フロイグ位じゃないと!」


 そんな大物達が、シヴァンゲール自治州の田舎街の少年に目を掛けて師事する……とは、とても思えない。

 そもそも、まだ私より弱いのに。夢は壮大で有れとは言うけれど。


「まずは、一度でも私に勝ってから。ってところかな」


「ぐっ。ミエルはいちいち致命傷を与えてくるなぁ」


 少し可笑しくなり、笑いが漏れでると、ルーグの背中からも、安堵感と喜びが感じられてきた。


「そういえば、ミエルにまだ伝えてなかったよね。これから戦う怪物の特徴」


「あぁ、うん。そうだったね。どんなやつなの?」


 実は、ルーグの思考が入って来ているから、既に分かってるとも言えずに、私はルーグに説明を乞う。


「まず、州軍に付けられた呼称は、『スチール・エイプ』。名前の通り、鋼のように硬い体毛に覆われたデカい猿の様な見た目らしい」


 鋼のように硬い体毛。という事は、州軍の標準装備であるライフルとサーベルでは、仕留めきれなかった訳だ。

 それに、硬質な体毛という鎧を纏った腕の一撃は、まともに受ければ痛いでは済まないのは想像に固くない。

 ましてや武装で州軍より劣る私達が、倒せる見込みは――あるのだろうか。


「そいつと戦ったのは、巡回中の州軍兵士四人。実力者は居なかった上に、一人はライフルが故障してたらしい。一応、仕留めきれなかった言い訳はそれになってて、ライフルが故障していた兵士は処罰されるらしいよ」


 落とし所を付ける為の尻尾切りってやつか。大きい組織の体裁なのだろうが、あまり良い印象は持てないな。


「その時の戦闘では、ライフルでの銃撃は通じない訳では無いけど、動きを止めるには至らなかったみたい。体毛の上から撃っても弾が身体に通らなかったんだって。あとサーベルでの攻撃は出来なかったらしいけど、多分まともには斬れないんじゃないかな」


 このあとの展開は、私もルーグの思考から分かっているので、先に必要な答えを促す。


「でも、そいつに手傷を負わせる事は出来たんでしょ?」


 私の問に、ルーグは頷いた。


「たまたま当たったのか狙ったのかは分からないんだけど、腋や膝の裏なんかの関節の裏側のあたりは、硬い体毛が薄かったらしくて、右腕の腋の下に弾が当たった時は、かなりの出血とダメージが見て取れたらしい。

 ……んで、結果その痛手を嫌ってスチールエイプは逃走したんだってさ」


「ルーグは、私達の装備でそいつに勝てると思う?」


「勝て……無い。とは思わない。四発しかないけど、貫通弾ピアースも持ってきたし、ミエルなら怪物相手でも、簡単に攻撃を貰うとは思えないしね」


 ルーグの答えを聞いて、私は沈黙で返してしまう。

 ルーグが言う私の回避能力というのは、私が相手の思考に合わせて行動している結果に過ぎない。

 相手が人間ならまだしも、怪物となると、感情や衝動はともかく、思考がどういった形で流れてくるかも分からない。

 野生動物等なら、思考と衝動が直結したような感覚になり、人間より思考のタイムラグが少ない感覚なうえに、思考が言語化されていない為に理解はできない分、人間相手への対処よりも遅くなる。

 ましてや怪物の場合、どうなるのかは想像もつかないのだ。


「段々緊張してきた? ミエルなら大丈夫さ! なんたって、ミエルが怪我したところなんて、これまで一回も見てないからね」


「――うん」


 不安を他所に、ルーグから向けられる強い信頼に、私は気持ちの無い返事を返す事しか出来なかった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 カルフ山に着くと、怪物の痕跡はあっさりと見つかった。

 これまでバギーで走っていて気が付かなかったが、血痕が少し見つかったのと、負傷して落ちた体力を戻そうとしたのか、熊を殺してその内臓を食い散らかした形跡が見つかった。

 山に入り、すぐに凄惨な光景を目にした私達は、それぞれ違う事を考えていた。


 ――負傷して、ここまで走って逃走した挙句、熊を殺す程の体力と暴力性。やはり、簡単な相手では無い。

 私は敵の強大さを感じ、心臓を直接撫でられるような恐怖を感じていた。


 だが、ルーグの考えは違ったようだ。


「熊より強いのは怪物だし分かるけど、相当気が立ってるみたいだな。視界に入った時点で襲い掛かってくるかもしれない。注意して探そう」


 多少の恐怖はあるが、それに立ち向かおうとする勇敢な感情が強い。英雄英雄と言うだけあって、ルーグの勇気は本物なのだろう。


 ルーグは、山に入る前にバギーから降ろした野営セットの中から干し肉を取り出し、私にも勧めてきた。


「俺達も少し腹ごしらえしておこう。体力は少しでもあったほうが良い」


 私は、ルーグの考えには賛同する気持ちはあるが、あの熊の死骸を見たあとに、とても干し肉を食べる胆力は無かった。


「わ、私、ドライフルーツ持ってるから大丈夫。ルーグが食べて」


「そう? 結構イケるのにな」


 干し肉を噛んで裂くと、ルーグは肉を咀嚼する。私もドライフルーツを取り出し口の中に放り込むと、外側にコーティングされた砂糖の甘味のあとに、熟成され旨味が濃縮された果実の甘さが口の中に広がった。


 私達は軽い補給を摂ると、怪物の進んだ痕跡を探した。

 血痕等は見当たらないが、よく見れば草花が踏まれて倒伏したような跡を見つける事が出来た。


「この進行方向だと、中腹にある泉に向かってるのかもしれない」


 ルーグが、荷物からカルフ山の地図を取り出し、景色と地図を見合わせて推測する。

 地図まで持ってきていたのかと、私は密かに感心していた。


「行ってみよう」


「うん」

 

 ルーグが先になって歩き出し、私は短く返事をするとその背を追って歩き出した。



 

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