〜桜和 椿(42)〜

 私は二人に話した。両親と喧嘩し、家出をした事を。喧嘩というより、私が一方的に言って怒って家を出たと言った方が正しいか。

「そうだったのか・・・。原因は聞いてもいいかな?」

「・・進路について、揉めました。揉めたっていうのも変かもしれませんが・・・」

「進路・・・。この前は、特に決まっていないって話してなかった?」

「はい。すみません。あの時、嘘を言いました。私の両親はどちらも医療に携わる仕事をしていて、私にも医者になる事を望んでいるんです。でも、私は医者にはなりたくなくて、時々学校をサボってたんです。それが、昨日両親にバレてしまってその時に進路について揉めて家を出て・・・。という感じです」

 今まで、人に自分のことを話すのは苦手だった。他人に自分を真に理解してもらうのはとても難しく、それを期待するのはとても疲れる。そんな自分が最近はよく話すようになったと自分でも思う。これは、話せる人、信頼できる人ができたということなのだろうか、それとも、もう諦めてしまっているからだろうか・・・。

「なるほど・・・。それで医者になりたくないって伝えてご両親はなんて?」

「今までそんなこと言わなかったじゃないか。と言われました。幼稚園の頃から一度だってまともに話し合う時間なんてなかったのに。いつも仕事仕事って言ってろくに家にいなかったのに、こんな時ばっかり親みたいな顔をするなんて都合がいいにも程がある・・・」

「・・・・」

 吐き捨てるように話す私に心助さんはなんと声を掛ければいいのか分からないと言った様子だった。

 結局迷惑をかけてしまった。でも、今の私は口を開けば恨み言が止まらなくなってしまう。私がこれ以上ここにいても雰囲気が悪くなるばかりだ。



「君は、話そうとしたのか?自分の事を」

「え?」

 立ちあがろうとした時、今まで黙って話を聞いていた柳さんが口を開いた。

「君は自分の意思を伝えたのか?と聞いているんだ」

「・・それは・・・」

「医者になりたくないのなら、その意思をちゃんと示すべきだ。君のご両親に。その方法は本当になかったのか?」

「・・・・」

 柳さんの問いに私は答えられなかった。言葉に詰まって、頭に思い浮かぶのは言い訳ばかりだった。

「君の言うように、親だと主張するならきちんと子供に向き合うべきだと俺も思う。だが、親だって他人だ。親だから子供の気持ちがわかる訳じゃないし、尊重してくれる訳じゃない。嫌ならば嫌だと伝えなければ何も伝わらない」

「それじゃあ、伝えたって私の気持ちが伝わるとは限らないじゃないですか」

「それは、その通りだと思う。だから、そこからは君次第だ。君はどうしたい?」

「私は、・・・」

「やりたいことがあるなら、ご両親と縁を切ってでも叶えればいい」

「?!」

「ちょっと?!柳君!!」

「縁を切るとか、随分と簡単に言うんですね。そんなこと軽々しく言うもんじゃないですよ」

「じゃあ、どうするんだ?今までと同じように生きていくのか?ご両親に反対されれば、やりたいことも諦められるのか?」

「っ・・・」

「君がやりたいことができないのは本当に環境のせいか?苦しんでいるのは、両親のせいだけか?」

「・・・・」

「君に足りないのは何かを変えるなのか?」

「・・・・」

 柳さんは真っ直ぐ私の顔を見ている。言葉とは裏腹にその顔は私を追い詰めようとするものじゃなかった。

「君はもうが何かわかってるんじゃないのか?」

「・・・・。」

 また、お店に沈黙が流れる。先のそれとは違い、その空気に気まずさは無かったが、言葉は出なかった。

「柳君。その辺にしておきなさい」


 チャリン!チャリン!チャリン!

 お店のドアのベルが荒々しく鳴った。

「桜和さん!!」

 私はまた逃げた。柳さんの話を受け止められなかった。その事実で明らかになる。

 私は、弱い。______________________________________

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