〜桜和 椿(12)〜

「面白かったぁ!」

「うん。すごかった」

 映画が終わり私達はシアターを出た。私達と同じ映画を観ていたお客さん達からも、映画に対する高揚感が伝わってきた。

 そんな私も人生初の映画はとても楽しかった。

 大きなスクリーンに、クオリティの高い作画が流れ、キャラクターに当てられた声優さんの声とシアター内に響く音響の迫力が凄みを加速させてどんどん物語に惹き込まれる。映画が終わった今も熱が冷めない。上映の時間は二時間ほどあったが、早く過ぎ去ってしまったような気がするのに、とても時間が経ったようにも感じる。そんな不思議な感覚に、足元がふわふわとしているような気がしながらも薬立さんの後ろを着いて行った。

 彼女がトレイを片付けたのを真似て私も、自分の分を分別し返却する。


「私、グッズ買おうと思ってるけど桜和さんも見に行く?」

「グッズ?」

「うん。グッズ売り場が二階にあるから一緒に行かない?」

「うん。行ってみる」

 そうして私達は二階にある売り場に行き、薬立さんに聞きながら見て回った。売り場にはTシャツやファイル、タオル、帽子などの実用的なものやキーホルダーや缶バッジ、あくりるすたんど?というものなどがあった。

「どうしようかなぁ」

 薬立さんはグッズを見ながらうんうん唸っている。

「薬立さん迷ってるの?」

「うん・・。大体買うものは決まっているんだけど、缶バッジとアクスタをどれくらい買おうかなと。お小遣い使いすぎるから、抑えてるんだけど欲望に負けそうで・・・。葛藤してる・・」

 そうゆう彼女は悩ましいという顔をしながらグッズを見ていた。薬立さんも顔の横に小さな天使と悪魔が飛んで、彼女に囁いているのが見える気がする。

「そうなんだ。ごめんあの、アクスタって何?」

「あぁ、アクリルスタンドの事だよ。略してアクスタ」

「なるほど」

「アクリルキーホルダーっていうグッズもあるんだよ」

「そうなんだ」

「桜和さんは買わない?」

「うぅん・・。せっかくだから、何か欲しいんだけど大きすぎない物がよくて」

「じゃあ、それこそ缶バッジとかアクスタがいいんじゃないかな」

「そうだね。これくらいの大きさなら鞄とか机の上に飾っておけそう。でも、これ何が入っているか分からないんだよね?」

「それが、このグッズの醍醐味なんだよ!」

「そうなんだ。じゃあこれ買おうかな」

「私も、買うから一緒に開封しようよ!」

「うん!薬立さんは買う物決まったの?」

「決め、た!アクスタ二個と、缶バッジ五個にする!」

「結構多くない?」

「いやいや!凄い人は十個とか、百個とか買うんだよ!」

「えぇ・・。それは凄いね・・」

「財力がなせる技だよ・・・」

「そうだね・・。薬立さんは他に何買ったの?」

「Tシャツとファイルとチャームコレクションを一個ずつ!ファイルはもちろん推しのやつ!」

 Tシャツに今回の映画のロゴが入っており、タオルには薬立さんの好きな推しがプリントされている。

 やっぱり、結構買っているのでは・・?とも思ったのだが、彼女がとても満足そうなのでそれは言わないことにした。

「その、チャーム、コレクション?のデザインいいね。これ好きだな。私も買おうかな・・・」

「いいじゃん!一緒に買おう!これ、ストラップ付いてるし鞄にもつけられるよ!」

「うん。買う!」

「私はこれで全部だけど、桜和さんは他に買いたいものある?」

「私は缶バッジ二つと、このチャームコレクション一つでいいかな」

「じゃあ、会計しに行こうか!」

「うん」

 そうして、私達はグッズを抱えてレジに向かった。



 会計を済ませた私たちは、映画館を出た。

 見たい映画を観れてしかも高校に入って初めての友達と来れて、グッズも買えて私はほくほくだ。今の私の顔はこれでもかというほど、崩れているだろう。表情筋が緩んでいるのが自分でも分かる。

「桜和さん!どこで開封する?お昼の時間も過ぎたし、どこかファミレスに入ってお昼をとりながらやる?そのまま映画のこと話そうよ!」

「そうだね。この辺だと何処がいいかな?」

「うぅん。とりあえず探しながら歩こうか」

 そうして、私はスマホで近くのお昼が食べられそうな所を探していると隣を歩いていた桜和さんが足を止めた。

 私が気づくのが少し遅れたため、桜和さんは私の五メートル程後ろで立ち止まり、視線をどこかに向けていた。

「どうしたの?桜和さん」

 彼女の元に戻り、声を掛けても桜和さんの目は一点を見つめて離さない。桜和さんの視線の先を追うと、路地の奥に置き看板が見えた。

「あっち行ってみる?」

「えっ?うん・・」


 そうして路地の奥に進んでいくと、こじんまりとしているが白を基調としたお洒落なカフェがあった。カフェの前に行くと再び桜和さんは足を止め、じっとお店を見つめ始めた。彼女の視線の先は、カフェの窓に貼ってある新作パフェの告知の貼り紙に注がれていた。

 もう一度桜和さんの顔を見ると、彼女の目はこれでもかというほど輝いていた。実際には出ていないが、涎を垂らしながらご飯前で待てをされているワンちゃんのようだ。

 桜和さんって結構、表情豊かだよなぁ・・・。と心がほっこりとした。

「このカフェ入る?」

「えっ!?いいの・・?」

 私の提案に桜和さんは凄い勢いで首を回してこちらに顔を向けた。それはもう、ものすごい勢いで・・・。大丈夫かな?首、もげちゃいそうな勢いだったけど・・・。

 彼女の目には、嬉しさが滲んでいたが同時に気を遣わせて申し訳ないという思いも読み取れた。

「うん!私も、甘いの食べたいし!」

「・・ありがとう。薬立さん」

 私の言葉に桜和さんは微笑んだ。申し訳なさそうな顔をしているが、前より少し気を遣わないでくれたようで嬉しかった。

「じゃあ、行こう!」

「うん!」

 私達はカフェに入った。ドアを開けるとベルの心地の良い高い音が店内に響き渡った。

「いらっしゃいませ」

 男の店員さんの低く温かい声がした。楽しい今日は、まだ終わらないでくれそうだ。

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