〜桜和 椿(15)〜

 私達は映画館のコンセッションの長蛇の列に並んでいた。

「早めに来たと思ったけど、混んでるね」

「こんなに人来るんだね」

 休日だからか、子供連れの家族や学生達の姿が目立つ。映画館という比較的静かな場所とはいえ、人数が多いだけに人の声に溢れていた。

「薬立さんて結構映画くるの?」

「まぁ。そこそこかな?最近は来てなかったけど、小さい頃は、親とかと一緒に来たし、大きくなってからは一人で通ってたな。流石にお金と学業に支障をきたすから高校入ってからは控えてたけど・・」

「そうなんだ」

「桜和さんは映画とか行く?」

「実は私、来たことないんだよね・・・」

「え?!じゃあ今日人生初?!一回もないの?」

「うん。機会がなくて・・・。興味はあったんだけど」

「そうなんだ」

「でも、よかった・・。一人じゃ不安で、来ようと思えなかっただろうから、薬立さんがいてくれたから。私、今日がとても楽しみだったんだ。ありがとう」

 そう言って桜和さんは微笑んでお礼を言ってくれた。むしろ、お礼を言うのは私の方だと思う。

「そんな、私の方こそ私の見たい映画に付き合ってくれて、ありがとう」

「私も見たかったから、お礼なんていいよ」

「それを言うなら、私だって桜和さんと来たくて誘ったんだよ」

「ふふっ」

「へへっ」

 よく分からない張り合いに思わず笑みが溢れた。そんな会話をしていると、私たちに注文の番が回ってきた。

「いらっしゃいませ。こんにちは。ご注文はお決まりでしょうか?」

「私はキャラメルポップコーン一つと、レモネードを一つ。サイズはどっちもMでお願いします。桜和さんはどうする?」

「私は、・・塩のポップコーンとこの、苺のやつを一つずつください」

「サイズはMでいい?」

「うん」

「じゃあ、ポップコーンの塩と、ドリンクは苺味でお願いします。サイズはMで」

「ごめん。注文してもらちゃって・・・」

「いいよ。別にこれくらい。それよりどう?初めての映画館は」

「うん。なんかワクワクする。意外と中は薄暗いんだね。そこも雰囲気があって好き」

「そっか。よかった」

「お待たせ致しました。ポップコーンおふたつと、ドリンクおふたつでございます」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 トレイを受け取って、入場案内のアナウンスを待つ。

「なんか、ドキドキしてきた・・・」

「私も最初そうだった!いまだに、ちょっとそわそわしちゃうよ」

「やっぱりそうなんだ。楽しみだけど、緊張する・・・」

 雑談をしていると、目的の映画の入場案内が始まった。

「桜和さん。もう入れるよ。行こう!」

「・・うん。」

 桜和さんはどこか緊張が抜けない顔をしていた。眉間に薄く皺が寄っている。

 スタッフにチケットを提示し、シアターに向かう。桜和さんはシアターまでの廊下を歩いている間、周りをキョロキョロと興味深そうに見ながら私の後ろをついて来ていた。それが、生まれたての雛鳥が母鳥の後ろをついて来る姿を彷彿させた。その姿が可愛らしく心が温かくなった。

 シアターに着いて、自分たちの座席に座る。肘掛けにあるドリンクフォルダーにドリンクを入れる私に倣い、桜和さんもドリンクを入れた。

「スクリーンってこんなに大きいんだね・・・。想像の倍は大きい・・・」

「そうなんだよね。だから、その分迫力が凄いんだよね」

「楽しみ・・・」

 そう呟いた桜和さんの目は、とてもキラキラとしていた。桜和さんの無邪気な顔に本当に来て良かったと思った。

「この作品も、面白そうだね」

「そうだね。また今度来る?」

「いいの?・・」

「いいよ!今回私の好きなもの観るんだし、次は桜和さんが観たいやつ観に来ようよ。桜和さんがよければだけど・・・」

「ありがとう。じゃあ今度一緒に行こう?」

「うん!」

 本編前に流れる映画の予告を観ながら、桜和さんと気になる作品の話をしたり、次の約束をしていると、本編が始まった。

「あっ!始まるよ」

「うん」

 シアター内の雰囲気が、ガラリと変わる。観客が映画の世界に惹き込まれていくのがわかる。映像の中にダイブするような感覚は、何度体験しても色褪せない。シアターを包む音響がさらに映画に没入させる。

 横目に桜和さんを見るが、照明が落ちているからその表情は分からないが、桜和さんも楽しんでいてくれたらいいな。と思いながら視線をスクリーンへ戻した。






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