〜桜和 椿(10)〜
薬立さんと遊ぶという話になってから二週間。案外早く実行に至った今日、私は若者と言えばな街、渋谷に来ている。
「何か目的決めて行く?それともとりあえず、色々回ってみる?」
「・・やっぱり何か目的が一つでもあったほうがいいと思う。一つ決めれば、後はその時やりたい事やればいいんじゃないかな。せっかく遊ぶんだから、見て回るだけで終わっちゃったら勿体無いし」
「そうだね!・・じゃあ何しようか・・・」
「そうだね。パッとでてこないな・・・」
「じゃあさ!もし良ければ映画行かない?私見たいのあってさ」
「いいよ。何?」
「その、・・実は私アニメとか漫画が好きで・・・。好きな作品が上映されるから見たいんだけどいいかな?」
「薬立さんアニメが好きだったんだ」
「うん。小さい頃にハマってそこからずっと、オタクなんだよね。・・・ひいた?」
「まさか。趣味があるのはいいことじゃん。映画に行くのはいいけど、私話分かるかな?どの作品?」
「ありがとう。えっとね。ちょっと待ってね・・・。これなんだけど、・・・」
そう言って彼女が見せてくれたスマホの画面に映し出されたキャラクターは、以前コンビニで見かけたことのあるものだった。チョコレートの箱にこのキャラクターがプリントされていたのを憶えている。
「見かけたことあるけど、やっぱり分からないや。アニメ見てなくても、内容わかるかな?」
「話の内容自体は大丈夫だと思うけど、キャラのことでつまずくかも・・・。やっぱり、映画はやめようか!別なとこにしよう」
「ねえ。この作品の漫画ってある?」
「えっ?あるけど・・」
「貸してもらってもいいかな?私が読めば、映画いけるでしょ?」
「えっ、流石にそこまでしなくていいよ。気を使わなくても」
「気なんか使ってないよ。これを機会に私も見てみたいし、薬立さんの好きなもの知りたいし」
「桜和さん・・。ありがとう!じゃあ今度漫画持ってくるね。後、映画のチケット取っておく!」
「ありがとう。お願いします」
薬立さんは嬉しそうにチケットの予約を始めた。そうして、私は当日までの二週間を薬立さんから借りた漫画で予習をして過ごした。他にも休み時間や自習の休憩の合間で薬立さんに作品のことを教えてもらったりもした。
「ねえ、このシーンってさ、やっぱり伏線ってやつかな?」
「あぁ、そこね!考察界隈で盛り上がって、そこから一時期ネットで騒がれてたよ」
「やっぱり?なんか今後重要そうだもんねこのシーン」
「でも桜和さんよく気づいたね。ここ、なかなかコアなとこだよ」
「そうなの?昨日ネットで少し調べたら、別の伏線を見て、もしかしたらもっとあるのかなって少し読み返したら見つけたの」
「そうなんだ。じゃあ、ここ気づいた?」
「どれ?・・・あぁ!これ、気づかなかった!すごいね!」
「だよね!気づいた時、すごい興奮しちゃって早く桜和さんに話したくてしょうがなかったんだよ」
「後このキャラこのシーンがさ・・・」
「ここのシーンいいよね!後このシーンも好きなんだよね!」
「わかる」
そんなこんなあって、私は映画を見に行くため薬立さんとハチ公前広場で待ち合わせをしている。
私が生まれる前から、変わらずそこにいるハチ公の銅像は死んでもなお、変わらず主人の帰りを待っているようだった。
主人への忠実さと、会えなくなっても主人を思うその心に魅せられ、共感し、現代まで語り継がれ、その名は日本のみならず、海外にも名が知れ渡るほど。
死ぬまで飼い主を待ち続けたハチ公の忠実な姿は人々の心を打った。こんな素晴らしい犬がいるのかと。
でも、私はその話を聞いた時、ハチ公以上にそこまでして待ち続けたいと思われた飼い主の方を、素晴らしいと思った。犬は馬鹿な生き物じゃない。自分に恐怖を与える人を、自分を蔑ろにする者を、死んだと分かってもなお待ち続けることなどしないだろう。つまりはそうゆことなのだ。詳しい話を知らない私でもわかる。きっと、ハチ公の飼い主は、それほどの愛情をかけてきたのだろう。生き物としての壁を超えて、そこまで思うことができるほどに。
初めてこの逸話を知った時、そこまで愛情をかけられる事に、思われることに、少し、羨ましいなと思ったのを憶えている。
銅像を見る。気温が上がり始める。灼熱の太陽の下、飼い主を待ち続ける姿が浮かんだ。その健気さに、私の心は確かに打たれる。銅像を見る私の顔は、情けなく、歪んでいることだろう。
今日は、憧れだった桜和さんと友達になって初めてのお出かけだ。予定を立てる時、桜和さんは私が見たかった映画を観るために漫画を見て予習までしてくれた。それから度々学校でも作品の話をして盛り上がった。
桜和さんは優しい人だ。言葉や行動から、優しさや気遣いを感じる。桜和さんがそんなふうにできるのは、私や周りが思っているよりもずっと彼女が周りをよく見ているからだろう。
そもそも私は、桜和さんが私の名前を知っている事に驚いた。私は彼女の隣の席だが、関わったことはつい最近までなかった。
他にも、放課後に教室においてある白の
一方的に話して申し訳ないと謝ると、『全然いいよ。薬立さんの話面白いから、もっと聞かせてよ』と言ってくれる。
彼女の良い所を知るたび、心底あの時勇気を出して、友達になろうと言えて良かったと、あの時の自分を褒めたくなるのだ。
そんな桜和さんと初めて遊びに行くのだ。楽しみでないはずがない。楽しみすぎて昨夜はなかなか寝付けなかった。その様子はさながら、遠足前日の小学生だ。ワクワクして若干寝不足気味だが、これから起こる楽しみなイベントのことを思えば何も苦ではない。
今日は、夏の日差しも、上がり続ける気温も気にならない。
桜和さんと待ち合わせをしている広場へ逸る気持ちを胸の中に押しとどめ、しかし確かに足はいつもよりも回して目的の場所へと進める。こんなにも毎日が楽しくなる事を、半年前の私は知るよしもないだろう。
ハチ公前広場に着くと、そこには沢山の人がいた。木陰で休憩するサラリーマン、ペットボトル飲料を片手に携帯を触る人、私と同じように誰かを待っているのであろう女性、暑いのに一箇所に集まって写真を撮る女子中学生と、様々な人で賑わっている。そんな中に桜和さんもいた。
淡い色のハイウェストワイドレッグのジーンズにロゴの入った白の七部丈Tシャツ、黒いボディバックを肩にかけている。髪はいつもと違いお団子ハーフアップになっており、短い横髪が俯いた桜和さんの表情を隠している。
スタイルの良さが遠目でもわかる格好に『桜和さんってやっぱり美人なんだなぁ』と呑気に思いながら桜和さんの元へ駆け足で向かった。
「桜和さん、おはよう!お待たせ!遅れてごめん」
「・・薬立さん。おはよう。まだ十分前だから遅れてないよ。私もいまさっき来たばかりばし」
「でも、暑かったでしょ」
「まぁそれはね。夏だから数分でも堪えるのはしょうがないよね」
「そうだねぇ。なんか年々暑くなってるような気がする」
「本当ね。どうする?上映まで時間あるけど、どこかで時間潰す?」
「もう行かない?人気作だし、休日だから飲み物とか買う余裕なくなっちゃうかもしれない」
「そうなんだ。分かったじゃあ行こう」
そうして私達は映画館に向かって歩き出した。
「桜和さん、おはよう!お待たせ!遅れてごめん」
薬立さんの声で現実に引き戻される。
「・・薬立さん。おはよう。まだ十分前だから遅れてないよ。私もいまさっき来たばかりだし」
薬立さんにバレないように、努めて明るい声で返した。彼女は察しがよく、そのたび私を気遣ってくれる。その度に私は申し訳なくなってしまうのだ。気遣われる事に対しての戸惑いもあるが、今日は友達になってから初めて遊ぶ日だ。開始早々雰囲気が悪いのはいけない。幸い、薬立さんには気づかれなかったようだ。
「もう行かない?人気作だし、休日だから飲み物とか買う余裕なくなっちゃうかもしれない」
「そうなんだ。分かったじゃあ行こう」
そうして私たちは木陰から抜け出した。木陰に飲み込まれそうな気がしたが、それに気づかぬふりをして、映画館に向かって歩き出した。
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