〜桜和 椿(13)〜

 薬立さんと遊ぶという話になってから二週間。案外早く実行に至った今日、私は若者と言えばな街、渋谷に来ている。

「何か目的決めて行く?それともとりあえず、色々回ってみる?」

「・・やっぱり何か目的が一つでもあったほうがいいと思う。一つ決めれば、後はその時やりたい事やればいいんじゃないかな。せっかく遊ぶんだから、見て回るだけで終わっちゃったら勿体無いし」

「そうだね!・・じゃあ何しようか・・・」

「そうだね。パッとでてこないな・・・」

「じゃあさ!もし良ければ映画行かない?私見たいのあってさ」

「いいよ。何?」

「その、・・実は私アニメとか漫画が好きで・・・。好きな作品が上映されるから見たいんだけどいいかな?」

「薬立さんアニメが好きだったんだ」

「うん。小さい頃にハマってそこからずっと、オタクなんだよね。・・・ひいた?」

「まさか。趣味があるのはいいことじゃん。映画に行くのはいいけど、私話分かるかな?どの作品?」

「ありがとう。えっとね。ちょっと待ってね・・・。これなんだけど、・・・」

 そう言って彼女が見せてくれたスマホの画面に映し出されたキャラクターは、以前コンビニで見かけたことのあるものだった。チョコレートの箱にこのキャラクターがプリントされていたのを憶えている。

「見かけたことあるけど、やっぱり分からないや。アニメ見てなくても、内容わかるかな?」

「話の内容自体は大丈夫だと思うけど、キャラのことでつまずくかも・・・。やっぱり、映画はやめようか!別なとこにしよう」

「ねえ。この作品の漫画ってある?」

「えっ?あるけど・・」

「貸してもらってもいいかな?私が読めば、映画いけるでしょ?」

「えっ、流石にそこまでしなくていいよ。気を使わなくても」

「気なんか使ってないよ。これを機会に私も見てみたいし、薬立さんの好きなもの知りたいし」

「桜和さん・・。ありがとう!じゃあ今度漫画持ってくるね。後、映画のチケット取っておく!」

「ありがとう。お願いします」

 薬立さんは嬉しそうにチケットの予約を始めた。そうして、私は当日までの二週間を薬立さんから借りた漫画を予習して過ごした。他にも休み時間や自習の休憩の合間で薬立さんに作品のことを教えてもらったりもした。

「ねえ、このシーンってさ、やっぱり伏線ってやつかな?」

「あぁ、そこね!考察界隈で盛り上がって、そこから一時期ネットで騒がれてたよ」

「やっぱり?なんか今後重要そうだもんねこのシーン」

「でも桜和さんよく気づいたね。ここ、なかなかコアなとこだよ」

「そうなの?昨日ネットで少し調べたら、別の伏線を見て、もしかしたらもっとあるのかなって少し読み返したら見つけたの」

「そうなんだ。じゃあ、ここ気づいた?」

「どれ?・・・あぁ!これ、気づかなかった!すごいね!」

「だよね!気づいた時、すごい興奮しちゃって早く桜和さんに話したくてしょうがなかったんだよ」

「後このキャラこのシーンがさ・・・」

「ここのシーンいいよね!後このシーンも好きなんだよね!」

「わかる」


 そんなこんなあって、私は映画を見に行くため薬立さんとハチ公前広場で待ち合わせをしている。

 私が生まれる前から、変わらずそこにいるハチ公の銅像は死んでもなお、変わらず主人の帰りを待っているようだった。主人への忠実さと、会えなくなっても会いたいと思うその心に魅せられ、共感し、現代まで語り継がれ、その名は日本のみならず、海外にも名が知れ渡るほど。死ぬまで飼い主を待ち続けたハチ公の忠実な姿は人々の心を打った。こんな素晴らしい犬がいるのかと。でも、私はその話を聞いた時、ハチ公以上にそこまでして待ち続けたいと思われた飼い主の方を、素晴らしいと思った。犬は馬鹿な生き物じゃない。自分に恐怖を与える人を、自分を蔑ろにする者を、死んだと分かってもなお待ち続けることなどしないだろう。つまりはそうゆことなのだ。詳しい話を知らない私でもわかる。きっと、ハチ公の飼い主は、それほどの愛情をかけてきたのだろう。生き物としての壁を超えて、そこまで思うことができるほどに。そこまで、愛情をかけられる事に、思われることに、少し、羨ましいなと、思ったのを憶えている。

 銅像を見る。気温が上がり始める。灼熱の太陽の下、飼い主を待ち続ける姿が浮かんだ。その健気さに、私の心は確かに打たれる。銅像を見る私の顔は、情けなく、歪んでいることだろう。



 

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