〜桜和 椿(12)〜

 桜和さんと友達になってから、夏期講習の後に一緒に勉強するようになった。学年トップの桜和さんは勉強を教えるのも上手で、勉強のコツなどを教えてもらうようになってから苦手だった数学が好きになった。桜和さんには感謝しかない。

 桜和さんは、関わる前から憧れの人だった。勉強も運動もできて、言いた事は正面から言い、一人でいること恐れないその凛とした姿勢が、私にはない強さを感じて格好良く見えた。だが、周りの生徒や、先生は、学校を遅刻欠席をしているにもかかわらず優秀な成績を維持している桜和さんを陰で『天才』や『不良』と呼んだり、桜和さんに取り入ろうとしたり、怖くて遠ざけたりしている。本当かどうかも分からない噂も聞いたのも、一度や二度じゃない。学校で孤高の存在だった桜和さんのことを、最初こそ私も憧れよりも怖さを感じ、他の人と同じように遠目から見ていた。だが、そんな桜和さんの印象に変化があったのは二年生になって三ヶ月が経った頃だった。

 放課後、教室に忘れ物をとりに戻った時、桜和さんが一人自習をしている所に遭遇したことがあった。

「あっ。薬立さん。どうしたの?」

「えっと・・。ちょっと、忘れ物をして・・」

「そっか。私のことは気にしないで、取っていいよ」

 教室の前で入ることを躊躇していた私に気づいた桜和さんは、少し気まずそうにした後そう声を掛けてくれた。忘れ物を取りに自分の席に行くと、隣で勉強をしている桜和さんの机が見えた。桜和さんの机には、教科書の他に読み込まれたことがわかる参考書や、問題集、問題が書き込まれたノートが見えた。

 桜和さんあんなに勉強してるんだ・・・。もちろん。桜和さんが何もしていないと思っていたわけではないが、桜和さんの机の上は、一瞬見ただけでもどれだけ努力をしているかがわかるものだった。また、声を掛けてくれた時の彼女は、普段の凛とした一匹狼な印象とは違い、優しく気遣いができる人だった。それから、桜和さんのへの印象はどんどん変わっていった。不良だと言われたり、良くない噂を聞くが、桜和さんはいつも礼儀正しく言葉は丁寧で、ふとした仕草から上品さを感じる。身だしなみはいつも整っていて、桜和さんが制服を着崩しているのを見たことなんてなかった。が思っていた桜和さんはいなかった。いたのは、努力家で、礼儀正しく人として素晴らしい桜和さんだった。そのことに気づいた時、私は桜和さんのようになりたいと思った。彼女のように、強い人になりたいと。だから桜和さんに嫌なら嫌とちゃんと言うべきだと言われた時、今が変わるチャンスだと思った。彼女のように強くなるために、今変わらなければと。自分の意見をいうのはとても怖かった。生意気だと思われるかもしれないとか、明日から除け者にされるかもしれないとか。でも、自分の気持ちを言った後は不安よりも達成感に身体が震えた。前の自分よりも成長できたということが実感できて、その日の授業中はずっと気持ちが昂っていた。

 授業が終わって、黒板を消していると私の隣に誰かが立った。横を見るとそこには黒板を消している桜和さんがいた。私が当番だからやらなくていいと言ったが、桜和さんはいいと言って手を止めようとはしなかった。何がいいのか分からなかったし、この前のことがあり戸惑った。でもそれ以上に彼女が何かを言いたそうにしているのが気になった。どうしたのかと尋ねると、彼女は手を止めて少しの沈黙の後謝罪を口にした。思ってもいなかった言葉に、私はさらに戸惑った。訳を聞くとこの前のことを謝罪された。桜和さんは何も悪くないのにどうしてそんなことを言うのかが、解らなかったが先日の出来事は間違いなく桜和さんは悪くない。むしろ感謝をしていることを伝えると少し笑ってくれたが、まだどこか申し訳なさそうだった。校門までの道を桜和さんと歩く。特に会話はなかったが、気まずさは感じなかった。

「じゃあ私こっちだから」

「うん。手伝ってくれてありがとう」

「いいよ」

 そう言うと桜和さんは帰ろうと、足を進め始めた。今日、少し自分を変えることができたからだろうか、今まで言いたかったことを言いたくなったのは。帰ろうとする桜和さんのその背中に気付けば声をかけていた。

「桜和さん!」

「・・・何?」

「私と、友達になって下さい!」

 私の言葉に、桜和さんは目を見開いた後、私たちの間に沈黙が降りた。もしかして、嫌だっただろうか・・?いくらなんでも舞い上がり過ぎたかもしれないと、未だ口を開かず私の顔を見つめて来る彼女に私の口は言い訳を並べ始めた。

「あっ!いやっ!いきなりすぎるよねっ!」

「・・・・ふふ、ふふふ」

 慌ててしまい、次から次へと言葉を吐き出していると、そんな私を見た桜和さんは唐突に笑い出した。

「え?」

「いや、ごめん。はぁ。いいよ。友達になろう」

 笑いがおさまった桜和さんの口からでた返事は、私が欲しかった言葉で。私の口角はこれでもかと言うほど上がり、体が跳ねるかと思うほど嬉しかった。

 

 そんなこんなで、学校では桜和さんと過ごす時間が増えた。ここ数日で私が桜和さんに勉強を教わったり、一緒に自習をしたり、教室で少しの雑談をするくらいには、仲良くなれた。少なくとも私は、仲良くなったと思っている。仲良くなったと思いきれないのは、桜和さんが度々私に申し訳なさそうな顔をするからだ。桜和さんと一緒に過ごすようになってから、やたらと視線を感じるようになった。珍しいものを見るように向けられるその視線は、私達を突き刺してくる。とても居心地が良いとは言えなかった。そんな視線を感じる度に、桜和さんの顔は暗くなってしまうのだ。意外と。と言ってしまえば失礼になるかもしれないが、桜和さんはしっかりと周りを見ている人だった。良くも悪くも。

 だから、暗い顔をしている桜和さんを元気付けたくて、私は桜和さんを遊びに誘っていた。

「いいね。行こう」そう言ってくれた彼女と遊びの予定を立てていく。これで少し、桜和さんが感じている申し訳なさが無くなってくれるといいな。携帯でどこに行こうかと、調べてくれている桜和さんの顔が、太陽に照らされる。

 絵になるなぁ。______________

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