〜桜和 椿 (10)〜

「・・はぁ。足が重い・・・」

 今日も今日とて学校に向かうために起き、通学路を歩いている。いつもなら気が向かなかったらサボっていただろうが、それでも重い足が進むのは薬立さんのおかげだろう。中学の時、医者の娘だからと近づいてこようとしてくるのが嫌で、高校に入ってからは誰とも関わらないようにしてきた。だが、昨日薬立さんと初めてちゃんと話して彼女は私自身を見て話してくれているのがわかった。そんな彼女となら、関わりたいと思えたのだ。

 学校に行くのは億劫だが、いつもより少し心が弾んだ。


「あっ!桜和さん!おはよう!」

 教室に入ってすぐに薬立さんは私に挨拶をしてくれた。彼女の笑顔に釣られて私の顔も綻んだ。

「薬立さんおはよう」

「へへっ」

「どうしたの?」

「私、自分から話しかけるの苦手で、高校で友達ができなくて。だから、桜和さんが初めての友達なの。それが嬉しくて!」

「そっか」

 本当に嬉しそうに話す薬立さんを見て、私も嬉しくなった。

「そうだ桜和さん。良ければ、先生来るまでここの問題教えてくれない?難しくて・・・」

「いいよ。どこ?」

「ありがとう!ここ。ここの問題」

「あぁ。ここね。難しいよね。でもねこうすると簡単に考えられるよ」

「・・なるほど!」

 私達が勉強をしていると、周りからの視線に気づいた。周囲を伺うと、遠巻きに私達を見てヒソヒソと話をしていた。私が誰かと一緒に過ごしているのが珍しいからだろう。薬立さんも視線に気づいたのだろう。心地悪そうに縮こまっている。

「・・・ごめんね薬立さん」

「なんで桜和さんが謝るの?」

「多分・・ていうか、私が原因だから・・」

「桜和さんのせいじゃないでしょ?何も悪いことしてないじゃん!」

「でも、私といるからこんな風に見られるんだろうし・・」

「いいの!私が友達になりたいって言ったんだから。だから、桜和さんも自分のせいなんて言わないでよ」

「・・わかった。ありがとう。薬立さん」

 薬立さんは私のせいじゃないと言ってくれたが、私の気分は落ち込んだ。窓の外の青空に雲がかかり、かげり始めていた。




 朝から育った入道雲が、今にもその体を溢れさせそうになっているのをベンチに座って眺めていると。

「椿さん」

「あぁ。福寿さん。数日ぶり」

「・・・うん、・・数日ぶり・・」

「どうしたの?そんな驚いた顔して」

「・・いや、初めて名前で呼ばれたから。びっくりして・・・」

「はは、そういえばそうだったね。ごめん急に」

「いや、驚いたけど嫌じゃないから、そのままで大丈夫だよ」

「そっか。」

 福寿さんはそう言うと私と同じベンチに腰掛けた。

「・・椿さん。なんか今日、元気ない?」

「なんで?」

「なんかいつもより、暗いように感じるから」

「・・今日ちょっとね、・・・」

「・・・・。」

 福寿さんは私が話し出すのを待ってくれていた。たとえここで、話さず帰ろうとしてもこの人は怒らず私の思いを察して優先してくれるだろう。出会ってから時間は短いけれど、彼がどんな人なのかわかった。

「・・・今日ね、高校入って初めての友達、っていうのができたんだ」

「えっ!よかったね」

「うん。とてもいい子なんだ」

「・・嬉しくないの?」

「ううん。嫌じゃないよ本当にいい人だし、友達になれてよかったって本当に思っているんだけど・・私が誰かと一緒にいるのが珍しいから、注目を浴びちゃって、友達に迷惑かけちゃったんだ。それで、・・ちょっとね、気分がよくなくて」

「迷惑って。椿さんは何も悪くないんだし、気にすることないと思うよ」

「うん。その友達もそう言ってくれた。でも、事実私が原因でそうゆう状況になったんだし・・。これからも、その友達を居心地悪い状況に巻き込んじゃうのかなって思ったら、私、一緒にいていいのかなって・・」

「・・・・椿さん。その友達は椿さんがそんなふうに思っている事を知ったら悲しいと思うよ。その人は椿さんと一緒にいたいと思って、椿さんと友達になったんだと思うし。椿さんが迷惑をかけたと思ってしまうのはどうしようもないけれど、友達でいいのかなって思う必要はないよ。自信を持って、その人と過ごしていいんだよ」

 話しながら俯いてしまった私に、福寿さんはその言葉をかけてくれた。

「・・・ありがとう。まだ、ちょっと、あれだけど。そうだね、・・・自信を持ってそう言えるように頑張るよ」

「うん!また何かあったらいつでも言ってね」

「うん。ありがとう」

 話がひと段落すると、雨が降ってきた。

「あっ。降ってきたね。そろそろ帰ろうか」

「そうだね。聞いてくれてありがとう」

「いいよ。傘は持ってる?」

「大丈夫。折り畳み傘を持っているから。それより、福寿さんは傘あるの?」

「えっと・・無いけど、大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん。本当に大丈夫」

「わかった。気をつけてね」

 そうして私は、福寿さんと解散し傘をさして家に帰った。帰り道に見た雨空は、降る前より綺麗に見えた。足取りが軽くなったのを感じながら歩いていると、いつもよりも早く家に着いたような気がした。


「・・ただいま。」

 声をかけても、返事が返ってこないことに慣れたのはいつだったか。小学生の頃か。

 水を飲もうと冷蔵庫を開けると、そこには私の今晩のおかずが置かれていた。添えられた付箋には『今日は帰れません。食べといてください。  母より』

 私は水を取り、2階に上がった。やけに冷蔵庫の閉まる音が大きく聞こえた気がした。

 部屋について、勉強机にむかいペットボトルの水を一口含む。水が喉を流れるのがわかる。一瞬冷えるが、すぐに元の体温を取り戻す。

「『』じゃ無いでしょ。』

 机にうつ伏せになって呟いた私の声が、静かな部屋に虚しく響いた。

 外の雨音が、嫌に大きく聞こえた。雨はいつ止むだろうか・・・

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