〜桜和 椿(8)〜

「学校をサボったり、遅刻してきたりしてるのに成績が良いから。不良なのにって勉強しなくても点がとれるなんて楽でいいねって。全く勉強せずに学年一位を維持し続けるなんて出来る訳ないのにさ」

 椿さんは呆れたように、馬鹿にした様に笑った。だが、僕にはその笑みにまだ何か、僕の分からない何かがある様に感じた。

「でもね、ただそれだけで天才とか呼ばれている訳じゃないの・・・」

 椿さんはそこで一度区切り、一つ呼吸をした。

「私の両親は都内の総合病院で働いてるの。その事を誰かに話した事なんてなかったけど、中学生の時に、クラスメイトの親がうちの親にお世話になったらしくて、桜和さんの両親が医療関係の仕事をしてるって学校で噂になったの。それで私も医者になることが約束されてるって、『両親が頭良いから、だから桜和さんも頭が良いんだね』って『両親に恵まれて良かったね』って言われる様になったの。両親も私が医者になる事を望んでて、お父さんの方の家系は皆んな医者だから、一人娘の私は尚更医者になって跡を継ぐ様に言われてる」

「・・それが、この前言ってた椿さんの夢が叶わない理由?」

「・・うん、そう。」

 椿さんな状況は、白くんと考察した通りだった。

「・・椿さんが叶えたい夢って何か聞いてもいい?」

「・・・幼稚園教諭」

「えっ・・」

「今あなた、似合わないって思ったでしょ。」

「いやっ!そんなことはっ!」

「いいよ。別に、そういう反応されるのは分かってたし」

「いやっ、あの、ごめん・・」

「いいって」

 驚いた僕に椿さんはジト目を向けた。申し訳ないが、意外なところで思わず声が出てしまった。なんか、大手企業でキャリアウーマンになりそうなイメージだったから。

「なんで幼稚園の先生になろうと思ったの?」

「両親が医療の仕事をしてるから、いつも忙しくてたまの休みでも勉強したり、急患がって言って出ていくことが多かったの」

「その間椿さんは?」

「シッターさんを雇ってたから、そこに預けられてたよ。平日はお昼すぎまで幼稚園にいて、毎日一人最後まで残ってた。そんな私をいつも先生は相手にしてくれて、その時間がとても楽しかったのを今でも覚えてる。そんな人になりたいと思った。明るく、笑顔で子供達に寄り添う先生の姿に憧れたの」

 夢を語る彼女はとても楽しそうで、その顔は年相応の女の子の顔をしていた。

「だから、私も将来そんな先生になりたいと思ってたんだけど、ね。この夢は叶わないんだ」

「その夢の話。両親には言ったの?」

「言ってないよ。そもそもうちの両親にそんな時間ないし。言ったところで反対されるのは目に見えてるから」

 そう言ってまた彼女は笑った。

「・・・そろそろ帰るね」

 そう言って椿さんは立ち上がって歩き出した。

「椿さん!本当に諦めちゃうの?せめて、一回ご両親に話してみるといいんじゃないの?もしかしたら少し______」

「この前さ、話してくれたじゃん」

 椿さんは、僕の言葉を遮って背を向けて話し出した。

「少し、変わるかもしれないって。その通りだと思う。でも、」

 振り返った彼女はまたしても笑っていた。

「変わらないことも、やっぱりあると思う」

 そう言い残し振り返ることなく、彼女は帰って行ってしまった。

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