〜桜和 椿(5)〜
終業のチャイムが鳴って教室から人がほとんどいなくなった頃、私の隣の席に先ほどお手洗いで話してた人達が集まってきていた。
「薬立さん」
「はい・・。」
「今日これから、私達用事があってさぁ。課題のノートを先生に渡しに行くのと、黒板の掃除お願いしたいんだぁ。やってくれるよね?」
「あっ、・・えっと・・・。」
なにがお願いしたいだよ。やらせる気しかないじゃん。
「・・うん。いいよ・・・。」
「よかったぁ。ほんとありがとう。じゃあお願いねぇ」
「いやぁ。薬立さんは優しいねぇ」
そう言って彼女達は自分の席で帰りの支度をしながら雑談を始めた。薬立さんは、今任された事に、日誌もやっている。薬立さんはクラスでも大人しく、主張をしないタイプだ。ああゆう人達は、薬立さんのような大人しい人や、自分より下だと思っている人間にしか強気な態度はとれない。長い物には巻かれる人達。小さい人間だ。案の定帰りの支度をしていた手は止まり、口だけが動いている。
だが、いくら言い返す勇気がないとはいえ、引き受けた彼女の責任だ。嫌なら嫌だと主張できない彼女にも問題はある。私には関係ない。助ける義理もないしね。
だが、私の足は教室を出る直前で止まった。
「あのさ、高橋さん達さ、喋ってる暇あるならその時間で自分の仕事やればいいんじゃないの?薬立さんに任せないでさ。」
私の言葉で教室は静まり返った。意外な所から、意外な人が意外な事を言ったからか、高橋さん達だけでなく教室に残っていた数人も一斉にこちらを向いた。みんな驚いた顔をしている。
「えっと・・どうしたの桜和さん・・。急に」
「いや、ただ、人に仕事頼んどいて自分たちは喋ってるなんてどうなのかなと思っただけ。」
彼女たちは私の言葉に黙りこみ、再び教室に静寂が訪れる。彼女達はこっちを見ようとはしない。
「・・わかった。ごめん」
そう言って彼女達は薬立さんの席に自分たちの仕事を取りに向かった。
「薬立さんごめん。」
「いや、えっと、大丈夫・・・」
それを見た私は教室を出た。
「桜和さん!」
私の後ろから薬立さんが追いかけてきていた。
「あのっありがとう・・・」
「別に薬立さんの為に言ったわけじゃないから。薬立さんも、嫌ならちゃんと断りなよ。言わないから高橋さん達も薬立さんにさせるんでしょ。」
「あっえっと、ごめんなさい・・・」
私は申し訳なさそうにする薬立さんを置いて帰路についた。
らしくない事をした。いつもなら、あんな事やらない。だが、なぜかどうしようもなく腹が立った。高橋さん達にもそうだが、なによりも、明らかに都合よく利用されているにもかかわらず何も言えない薬立さんにだ。
校門を出る。今日の太陽は本当に鬱陶しい。
7月も下旬に差し掛かり、本格的に夏という季節になる頃だが、今年は7月に入ってからずっと暑かったせいかまだまだこの暑さが続くのかとため息を吐きたくなる。太陽の光で肌がジリジリする。
「・・・溶ける」
体を思い切りベンチに寄り掛け全身を脱力させた。
「僕、液体になれる気がする・・」
椿さんについて白くんと話してから数日が経った。椿さんの魂が不安定な理由は、夢への挫折が原因で、挫折の理由は医者になることが決められているからではないかという結論に至ったが、これはあくまで僕らの想像に過ぎないため、やはり直接本人から聞き出すことが確実ということになりまとまった。そのため僕は、もう一度先日の話の続きを聞こうと椿さんと話した公園に通っている。ここ3日程来ているが、彼女がここに来る事はなかった。白君は新たに情報を集めると言い、情報集めに向かってしまった。
「やっぱり来ないかなぁ・・・」
椿さんにはこの辺りにいると言ったとはいえ、わざわざ偶然知り合った人間に二度も話しに来たりなど普通はしないだろう。
「となると、どうしよう・・。また偶然装って会うの?次こそ警察に突き出されそうなんだけど・・。」
どうすれば彼女ともう一度話せるのかと頭を抱える。
「本当にいた。」
僕の傍で声がした。そちらの方に顔を向けると、たった今僕の頭を悩ませていた張本人がそこにいた。
「・・えぇっ?!」
僕は自分でもびっくりするほどの大声を出していた。その瞬間僕らの近くにいた人の視線が一気に僕らへ向いた。椿さんは僕のせいで注目を集めてしまったことが嫌だったらしく、眉間に皺を寄せて僕を睨んだ。
「何?あなたがいつでも話に来いって言ったんでしょ?何そんなに驚いてるの。お化けでも見たような顔して」
「ごめんなさい。」
僕は大声をあげてしまったことを周りに謝罪しつつ、椿さんに向き合った。
「来てくれたんだ・・・」
「何、来ないほうがよかった?じゃあ、帰るわ」
「いやいやいやっありがとう!来てくれて!どうぞっ!ここにお座りください!」
「何そのテンション」
椿さんはベンチに腰掛けた。危ない・・チャンスを棒に振る所だった。僕は安堵のため息が出る。
「来てくれてありがとうね」
「別に。元々この辺は散歩でよく来てたし、気が向いたから寄っただけ。」
「そっか・・」
それから数秒、僕らは沈黙した。その静寂の間を蟬の声が繋いだ。
「・・最近はさらに暑いね」
「そりゃね。お盆が過ぎたら涼しくなってくるよ。はい」
彼女の手にはコンビニ袋が握られており、その中から2つに割るタイプのアイスが出てきた。彼女はその一つを僕にくれた。
「あっ、ありがとう」
二回目なこともあって、と言っても会うのは三回目だが。数日前より少ししゃべりやすく感じた。
「今日は、その、あの・・・」
「学校ならもう夏休みに入ったよ。今日は学校で夏期講習があったから、その帰りに気が向いたから寄っただけ」
「そっか・・」
僕が言いづらいのを察して椿さんは説明してくれた。
「いいよ別に、気を使わなくても。そりゃあ高校生が昼間に街中を徘徊してたら目に留まるに決まってるしね。誰だって思うよ『不良かな』って」
「いやそんな事ないよ」
「気を遣わなくていいって」
「いや本当に思ってないよ。もちろん最初見た時こそ、そう思っていたことを否定はできなけど、椿さんと少し話してそうじゃないって思ったんだ。本当に。僕なんかよりずっとしっかりしているなって」
そう椿さんは第一印象こそ、やんちゃをしているんじゃないかと思ったが、椿さんと関わってみると彼女は話し方は丁寧だし、身なりや仕草も上品だ。学校をサボっている事を除けば彼女はそこら辺の高校生よりもずっとできた人間という印象だ。
「だからこそ気になるんだ。なんで、学校に行かない時があるのか」
僕が言った言葉に椿さんの顔から表情が消えた。また僕たちの間に沈黙が降りた。彼女は僕を少し見つめた後、顔を俯いて姿勢を直した。流石に直球すぎたかな?地雷踏んだかも・・
「あの、ごめん。流石に失礼だったね」
「・・・いいよ。別に」
遠くを見つめる彼女の横顔は、いつもの強気な表情ではなく儚げで、その表情を見た僕は、彼女の内側にある感情を垣間見たような気がした。
もしかしたら、もう椿さんはここに来てくれなくなってしまうかもしれない。どうしようか・・
僕は今度こそ椿さんと関わりが絶たれることになるかもしれないと内心冷や汗をかきながら、どんな言葉をかけようかと考えていた。そんな僕の心配とは裏腹に彼女は話し始めた。
「私さ、天才って呼ばれてるんだ。周りの人から」
「えっ」
驚いた僕を一瞬横目に見た後、続きを話し始めた。
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