〜桜和 椿 (5)〜

 椿さんに話を聞いた後、僕は椿さんに聞いた事を白君に話した。

「夢が叶わないってどうゆう意味だと思う・・・?」

「さぁ。叶えるのが困難な夢なのか、身体が弱いなどの何かしらの問題があって叶わないのか、また他に原因があるか。」

「他にって・・例えば・・・?」

「叶える事が出来ない状況にいるとか。」

「困難かどうかはなんの夢を志しているかによるけど、身体が悪そうには見えなかったし、叶えられない状況って言うのも、どんな理由か想像つかないな・・。学校に行かない時があるのが気にはなるけど・・・。」

「・・・・。」

「・・白君・・・?」

 白君は少し考えた素振りをした後、口を開いた。

「もしかしたら、彼女の状況は私達が思っている以上に良くない可能性があります。」

「えっ・・?それはどうゆう・・・」

「実は彼女の周辺の人間の事を調べたんです。そこで最初は、彼女の両親のことを調べました。そうすると彼女の両親は都内の大型総合病院で働いていることが分かりました。父親は脳外科医、母親は看護部長をやっています。そして、父方の家系は代々医者をやっているようです。」

 その情報で白君が言わんとしている事が分かった。

「医者になる事が決められているから、椿さんの夢は叶わない・・・。」

「可能性はあるかもしれません。」

「でもそれが、椿さんがここに来るかもしれない理由・・?それだけで魂に影響が出てしまうものなの?」

「前にも此処に来る人間の話をしましたが、大半の要因は生きていた頃に起きたあらゆる出来事の積み重ねによるものです。その一つ一つが、その後の人生にまで影響を及ぼしてしまうのです。中には本人すらも意識はしていませんが、確実にその出来事が心に残ってしまっている事もある様です。だから、あくまで仮説の話ではありますが、夢を叶えられないという出来事が、彼女の心に一生残ってしまう事なのかもしれません。」

「一生・・・」

「私は分かりませんが、どうですか?夢への挫折は何十年も引き摺ってしまうものですか。」

「・・・分からない。僕は、ずっと引きずる程何かを本気でやった事はないし、やりたい事をさせてもらえないって事も無かったから・・・。でも、自分の意思とは関係のない事が原因で、やりたいことを諦めないといけないって・・苦しいかもしれない・・・」

 椿さんの笑顔と、後ろ姿を思い出す。あの強気な性格の裏に、誰にも見せない弱い部分があるのだと、僕は確信してしまった。




 いくら外が暑くて学校に行くのが億劫とはいえ、毎度毎度サボる事はできない。

 テストの点が取れても、出席日数がなくては卒業ができない。だから成績に支障が出ない程度には、授業に出なければいけない。毎回サボっているわけではないけれど、休んだり、遅刻してきたりしている割に、成績はいいからか私は学校ではちょっとした有名人らしい。

 私は私が周りになんて呼ばれているかを知っている。「優秀な不良」「サボっても点が取れる天才」「人生イージーそう」だとか噂とパッと見た印象でできた私へのイメージを耳にするたびに、私は周りの人間がいかに薄っぺらい脳みそをしているのかがよく分かるのだ。そんな思考なんか1ミリたりとも混じっていないような言葉を私は、鼻で笑い飛ばすのだ。「随分とご意見ですね。」と。

 彼らにとっては目に映る私が全てで、私が本当はどうゆう人間なのかなど、どうでもいい事なのだ。通学路に咲いてる花を横目に見るような、路上ライブしている人の歌を聴いて、「上手だな。」と思って歩き出す頃にはもう頭の片隅にも残っていないような。その程度の興味なのだ。彼らの何の意味もない楽しい会話と、ストレス解消に適当に消費されていくだけ。他人《ひと》は自分が思っているより他人には興味も関心もないのだと気づいたのはいつだったか。

 そんなハリボテで出来た亀裂が入れば崩れるような空間が嫌いだ。一人になるのが怖くて、人の顔色を伺って必死に自分の居場所を守っているのも。何を勘違いしているのか自分は特別で、人を従える器があると思っているのも。そんな人間関係には心底吐き気がする。

 そんな私にも、そうゆう人間が集まってくる。いわゆる、カースト上位の人間は、自分の価値を高めるために私をアクセサリーにしようと取り入ろうとしてくる。まぁ相手になどしないのだが、そうすると影でまた私への愚痴と皮肉を言い合っているのを知っている。お粗末な人達だ。それ以外の人達は、先生も生徒も私を不良だと言って、怖がるか、あまり関わらないように近づいて来ない。別に問題を起こした事はないのに、だ。上面しか見れない人間とは関わりたくない私としてはありがたい事だが。私はこの学校で腫れ物のように扱われているのだ。


 そんな息が詰まりそうなこの場所で、私は今日もすでに頭に入っている授業を適当に右から左に聴き流しながら外の景色をぼーっと眺めていると声をかけられた。

「桜和さん、ここの問題答えてくれますか・・・?」

 この冴えない眼鏡の木偶の坊は担任の西片だ。去年から担任をやっていて、教師になって間もないところに、おそらく元々の性格が相まって自信の無さが滲み出てしまっている。そんな雰囲気のせいか生徒だけでなく、他の先生にも舐められて頼まれごとを押し付けられてその度に愛想笑いをしているのをよく見かける。

 この男は、面倒ごとをなるべく避けたい性格なのか、授業で誰かを当てる時私に当てることが多いのだ。おそらく、私ならほぼ間違える事が無いから授業の進みが早いことと、他の人を当てると嫌そうな顔をされるからというのが理由だろう。そんな考えが透けている。

 こんな外面がいいだけの人間の都合に付き合わされるのは、はっきり言ってごめんだが抗議するのは面倒だ。

「_______です。」

「正解です。このように_________。」

「はぁ・・。」席についた私はまた外に目を向ける。雲の間から覗く太陽が酷く鬱陶しい。


 チャイムが鳴ってお手洗いに行こうと席を立つと、隣の席の薬立やくだてさんが日誌を書いていた。今日は彼女の当番ではないはずだが・・・

 お手洗いに入ろうとした時、中から同じクラスの人たちの声が聞こえてきた。

「桜和さんってほんと頭いいよねぇ」

「私たちもこの学校にいるくらいだから、そこそこ頭は良いはずなのにねぇ」

「あれは天才ってやつだよ。学校サボっても学年一位って、私達の努力返して欲しくなるわぁ」

「私たちのことなんか馬鹿に見えて仕方ないんだろうねぇ。いつもつまらなそうな顔してるし、話しかけても反応ないし、天才が何考えてるか分からないってマジなんだね」

「話す気も起きないんでしょ。知能指数高すぎて」

 本当にお粗末な人達だ。こんな誰が来るかも分からない公共空間で、外まで聞こえる声で話すか?本人に直接言うことはできないくせに。今、私が中に入って行ったら気まずそうに黙り込むのが目に見える。

 踵を返そうとした時、彼女達の話題が変わった。

「そういえば、美紀今日、日誌当番じゃなかった?書かなくていいの?」

「あぁ、あれ薬立さんに任せた。日誌って地味に面倒くさいんだもん」

「薬立さんに押し付けたのぉ?」

「美紀ひどいねぇ」

「人聞き悪いよぉ。ちゃんとお願いして、良いよって言ったから任せたんだもん」

「嘘だぁ。薬立さんが断れないの知ってるくせにぃ」

 彼女達のケラケラ笑う声が廊下に響いていた。私はそのまま教室に帰った。

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