〜桜和 椿(7)〜

 7月も下旬に差し掛かり、本格的に夏という季節になる頃だが、今年は7月に入ってからずっと暑かったせいかまだまだこの暑さが続くのかとため息を吐きたくなる。太陽の光で肌がジリジリする。

「・・・溶ける・・・」体を思い切りベンチに寄り掛け全身を脱力させた。

「僕、液体になれる気がする・・」

 椿さんについて白くんと話してから数日が経った。椿さんの魂が不安定な理由は、夢への挫折が原因で、その理由は医者になることが決められているからではないかという結論に至ったが、これはあくまで僕らの想像に過ぎないため、やはり直接本人から聞き出すことが確実ということになりまとまった。そのため僕は、もう一度先日の話の続きを聞こうと椿さんと話した公園に通っている。ここ3日程来ているが、彼女がここに来る事はなかった。白君は新たに情報を集めると言い、情報集めに向かってしまった。

「やっぱり来ないかなぁ・・・」

 椿さんにはこの辺りにいると言ったとはいえ、わざわざ偶然知り合った人間に二度も話しに来たりなど普通はしないだろう。

「となると、どうしよう・・。また偶然装って会うの?次こそ警察に突き出されそうなんだけど・・。」

 どうすれば彼女ともう一度話せるのかと頭を抱える。

「本当にいた。」

 僕の傍で声がした。そちらの方に顔を向けると、たった今僕の頭を悩ませていた張本人がそこにいた。

「・・えぇっ?!」僕は自分でもびっくりするほどの大声を出していた。その瞬間僕らの近くにいた人の視線が一気に僕らへ向いた。椿さんは僕のせいで注目を集めてしまったことが嫌だったらしく、眉間に皺を寄せて僕を睨んだ。

「何?あなたがいつでも話に来いって言ったんでしょ?何そんなに驚いてるの。お化けでも見たような顔して」

「ごめんなさい。」

 僕は大声をあげてしまったことを周りに謝罪しつつ、椿さんに向き合った。

「来てくれたんだ・・・」

「何、来ないほうがよかった?じゃ帰るわ」

「いやいやいやっありがとう!来てくれて!どうぞっ!ここにお座りください!」

「何そのテンション」

 椿さんはベンチに腰掛けた。危ない・・チャンスを棒に振る所だった。思わず僕は安堵のため息を吐いた。

「来てくれてありがとうね」

「別に。元々この辺は散歩でよく来てたし、気が向いたから寄っただけ。」

「そっか・・」

 それから数秒、僕らは沈黙した。その静寂の間を蟬の声が繋いだ。

「・・最近はさらに暑いね」

「そりゃね。お盆が過ぎたら涼しくなってくるよ。はい」

 彼女の手にはコンビニ袋が握られており、その中から2つに割るタイプのアイスが出てきた。彼女はその一つを僕にくれた。

「あっ、ありがとう」

 二回目なことも、と言っても会うのは三回目だが。数日前より少ししゃべりやすく感じた。

「今日は、その、あの・・・」

「学校ならもう夏休みに入ったよ。今日は学校で夏期講習があったから、その帰りに気が向いたから寄っただけ」

「そっか・・」

 僕が言いづらいのを察して椿さんは説明してくれた。

「いいよ別に、気を使わなくても。そりゃあ高校生が昼間に街中を徘徊してたら目に留まるに決まってるしね。誰だって思うよ『不良かな』って」

「いやそんな事ないよ」

「気を遣わなくていいって」

「いや本当に思ってないよ。もちろん最初見た時こそ、そう思っていたことを否定はできなけど、椿さんと少し話してそうじゃないって思ったんだ。本当に。僕なんかよりずっとしっかりしているなって」

 そう椿さんは第一印象こそ、やんちゃをしているんじゃないかと思ったが、椿さんと関わってみると彼女は話し方は丁寧だし、身なりや仕草も上品だ。学校をサボっている事を除けば彼女はそこら辺の高校生よりもずっとできた人間という印象だ。

「だからこそ気になるんだ。なんで、学校に行かない時があるのか」

 僕が言った言葉に椿さんの顔から表情が消えた。また僕たちの間に沈黙が降りた。彼女は僕を少し見つめた後、顔を俯いて姿勢を直した。流石に直球すぎたかな?地雷踏んだかも・・

「あの、ごめん。流石に失礼だったね」

「・・・いいよ。別に」

 遠くを見つめる彼女の横顔は、いつもの強気な表情ではなく儚げで、その表情を見た僕は、彼女の内側にある感情を垣間見たような気がした。

 もしかしたら、もう椿さんはここに来てくれなくなってしまうかもしれない。どうしようか・・

 僕は今度こそ椿さんと関わりが絶たれることになるかもしれないと内心冷や汗をかきながら、どんな言葉をかけようかと考えていた。そんな僕の心配とは裏腹に彼女は話し始めた。

「私さ、天才って呼ばれてるんだ。周りの人から」

「えっ」

 驚いた僕を一瞬横目に見た後、続きを話し始めた。

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