~桜和 椿 (2)~

 夏の熱い空気が体にまとわりつく不快感に苛立ちながら、ナンパ男を撒くために少し遠回りをして宮下公園の芝生ひろばに私達は逃げ込んだ。運動は苦手ではないけど、流石にこの暑さの中、この距離を走るのは堪える。

 膝に手をついて上がった息を整える。視界の端に映るビニール袋の中身はもう、食べる気が失せてしまうような有様となっているんだろう。

冷やせばいけるかな・・・

 ようやく息が整ってきた頃、私の隣にいる私以上に息が乱れている男に意識が向いた。疑問で埋め尽くされる頭で、何を言うべきか考えていた私の口から思わず出たのは、シンプルな疑問だった。

 「あなた、誰・・?」



 目的の人物を見つけたと思ったら、絡まれている最中に出くわしてしまった。なんとかして二人を引き剝がさないと。と思い特に何の案もなく話しかけると男の怒りに油を注いでしまったらしく、「あ、これは終わったかも」と殴られるであろう未来に絶望していたら、目的の人物である彼女に手を引かれて五分ほど走り、気づけば僕たちは宮下公園まで来ていた。

 運動は中の下の成績だった僕にとって、五分間走は息が上がりきるには十分で呼吸を整えようと酸素を体内に何度も取り込む。だが、中々息は整わず肺が痛い。血のような味が口に広がり気持ち悪い。日光が冷まそうとする頭にさらに熱を加え、もやがかかったように熱がこもる。

 ようやく話せる程度に整ってきたころ、隣にいた彼女が僕に当然の疑問を投げかけた。

 「あなた、誰・・?」

うん。分かるけどまずそれからか・・そうだよな・・・でも、なんて答えればいいんだろ・・・本当のことは言えないし、どうしよう・・・

暑さとは関係のない汗がにじむ。

とりあえず・・・。

「通りすがりの人です。」

「いや、そりゃそうでしょ。私あなたのこと知らないし。どこの誰なのかを聞いてるんだけど」

ほんとだよ。何言ってんだよ僕は。緊張で変なことを言ってしまう。

「いや、うん。じゃあ質問を変える。なんで助けに来たの?」

「えっと、なんか困ってるみたいに見えたから・・」

「あなたにそんな度胸があるようには見えないけど。」

めちゃくちゃズバッと言うなこの子。いや、間違えてはいないんだけど、白君との約束がなければ、きっと僕は見て見ぬふりをしただろうけど。

「いや、ほんとに困ってそうに見えたから声を掛けただけだよ。本当に・・」

「ふーん。てっきり私に何か用があったのかと思ったけど。」

「そんな訳ないよ・・。だって初めて会ったんだから・・。ハハハ・・・・。」

「へー。その割には訳アリみたいな顔してたけどね」

「そ、そうかな・・・」

こ、こわい。なんで分かるんだ・・・今の子ってこんなに勘がいいの?テレパシー?

「まあ、何もないならいいけど。じゃあ私はこれで。」

「あっ!ちょっ・・・どうしよう・・。やっぱりできないよ白君・・・」


 彼女はそういうとそのまま帰って行ってしまった。

結局何もできなかった。これからどうしたらいいのだろう・・・。

 走った疲れがなぜかまたぶり返してきた気がする。これからの事で頭を抱えそうになるのを耐えて、僕は夏の青空を見上げた。太陽が、僕の肩をさらに重くする。

 きっと今日はまだまだ暑くなるだろう。_________ 

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