第8話 密会
ある日の昼下がり
「【推し姫】様♪私の作った卵焼き食べて下さい♪」
「あっ、ずるい!!私の唐揚げも食べて下さい♪さっき調理室でこっそり揚げてきました♪」
私こと白金 姫子はお弁当を持った女子のクラスメート達に囲まれ、様々なオカズの試食をする羽目になっていた。
オカズは卵焼きから始まり、鶏の唐揚げ、春巻き、チンジャオロース、ゴーヤチャンプル、ビーフシチュー、プリン、ケバブ等といった多種多彩な物ばかりで毎日驚かされている。
とにかく量がすごいので、ママにお弁当ストップ指令を出し、プロポーションの維持のために、毎朝4時にランニングをしている。
何で私がこんなことをしないといけないだろう?と思う日もあるが、私は皆の推しなのだから仕方ない。推しに優しくされたら嬉しくなるというのは痛い程分かるのだ。
もし、私の作った料理を鈴子ちゃんに食べてもらえたら、それをオカズに、大盛り茶椀でご飯6杯は食べれそうである。
"ブルブル"
不意に私のポケットに入れている携帯が震えた。
「ごめん皆、ちょっとライン来たみたいだから一旦離れてくれる?」
【推し姫】の私にもプライバシーはある。こう周りに人が居ては、人と気安く連絡することも出来ない。
「わ、分かりました。」
「す、すぐに離れますね。」
私を取り囲んでいた女生徒達は聞き分けよく、私の半径3メートル外に退去した。
よしよし、流石は私のファン達、私を困らせることはしないな。
私はスマホを取り出し、ラインの画面を開いた。すると、とある男からこんなラインが入っていた。
『すいません…面倒なことが起きまして、放課後、学校近くの喫茶店【フォーミュラー】で話せませんか?』
…私のこめかみの血管がピクピク動く、気安く私にラインしたに留まらず、あまつさえ喫茶店に呼び出すなんて、中々の度胸じゃないの。
「あぁ、【推し姫】様の顔が険しくなってるわ!!」
「どうしたのかしら?でも険しい顔も素敵♪」
いけない。思わずイライラが顔に出ていたらしい。でも皆の顔がポーッと赤くなっているので結果オーライかな?
それにしても、今は席を外しているあの野郎め。
コーヒーとパフェは奢ってもらうからな。
「はぁ、とんでもないことになった。」
喫茶店【フォーミュラー】の一番奥のテーブル席に座り、俺は頭を抱えていた。
【フォーミュラー】は高校の近くにある喫茶店で、コーヒーが美味しい我が町の隠れた名店である。
店の中は少し薄暗く、まるで今の僕の心情を表しているようだった。
"カンカラカーン"
出入り口のベルが鳴り、いよいよ待ち合わせの人物が現れたかと思ったのだが、入ってきたのは本が似合いそうな三つ編みメガネの女の子だった。
まだ来ないことに、焦燥と安堵が入り混じった複雑な想いが湧き上がってきて、深くふーっとため息をつく俺。なんで俺がこんな苦労をしないといけないんだ?
と、ここで異常事態が発生した。三つ編みメガネの女の子が真っ直ぐ俺のテーブル席にツカツカと歩いて来るじゃないか。途中で他の席に座るかと思ったが、結局は僕とテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰を下ろした。
ちなみに今は店は混んでいる訳では無い。カップルが一組テーブル席に座っているのと、ハットを被った紳士服の老人がカウンター席に座っているだけであり、座るところなら他にいくらでもあるのである。
俺は他の人と待ち合わせをしているのだ。残念だがご退席願おう。
「あ、あのぅ、す、すいません。もう少ししたらツレが来るので、相席はやめてもらっていいですか?」
この言葉に少女はハッ?と首を傾げたが、後に全てを理解したのか、鼻で笑った。
「へぇ、私のことツレって認識してるんだぁ。良いご身分ですこと。」
「えっ?」
目の前の少女が何を言っているのか意味が分からなかったが、少女が自分の髪の毛を掴んで、それがズレた時に全てを察した。黒髪の下から銀色の髪がパラリと数本見えたのである。
「し、白金さん……へ、変装してるんですね。お上手です…あはは。」
「そう、髪はカツラ、目にはコンタクトを付けてるの。凄いでしょ?ウフフフフ♪」
俺は彼女の笑顔が怖くてガタガタと震えた。だって笑いながらも、こめかみの血管がピクピク動いてるんだもん。これ絶対激おこぷんぷん丸だよ。
と、次の瞬間、彼女が右手でドーン!!と机を叩いた。
それにビックリした俺はひっ!!っと情けない悲鳴を上げた。今日の俺は情けないことばかりである。
「それで私を呼び出した理由を聞きましょうか?」
笑顔からスッと真顔になり、返答次第によっては俺の命が無くなるんだろうなと思い、俺は言葉を必死に選ぶことにした。
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