煤けた浜辺

鈴音

人魚

最近越して来たこの街は、人魚が出る街として1部で有名らしい。その人魚は人の言葉がとても上手で、古い物語や、この街で起きた事件を楽しそうに話してくれるらしい。


しかし、海が綺麗な街である事の方が有名になってしまい、浜辺は汚れ、さらにはゴミに火がついてボヤ騒ぎが起こり、いよいよ人が近づかなくなってしまった。


街の人たちも、最近は人魚のことを信じなくなり、浜辺に寄り付かないらしい。


私は生活が少し落ち着いたので、せっかくならと浜辺に向かってみた。


軍手、ゴミ袋、火バサミを持って、その浜辺に行くと、確かにそこには放置されたキャンプのゴミや、流れ着いた漂流物がそのままにされ、足の踏み場もないような状態だった。


見ると、1部の砂が少し黒く煤けており、ここがボヤの起きた場所だろうと見当がついた。ので、ここを中心に片付けを始めた。


ゴミを袋に入れ、生ゴミを地面に埋めて、少しづつ綺麗にしていく。しばらくすると、真っ白な砂と、綺麗な海水が眩しくなってきた。


日も高くなったので、1度腰を降ろし、海を眺めながら休憩を挟んだ。


ここの海は本当に綺麗で、最初は恨んでいた田舎への転勤に感謝するしかなかった。そう思いながらタバコに火をつけていると、どこかから視線を感じた。


ばっと、思い切って後ろを振り返ってみると、そこには人間離れした青い髪の美女が、私を見ていた。…いや、人間離れしているのは髪色だけでなく、その下半身。そう、この街に住むという人魚だった。


人魚は全身砂まみれで、少し臭った。ぱたぱたと手を動かして私に近づくと、ぽんぽん頭を撫でてから、海に飛び込み、私に話しかけた。


「ありがとう」


にっこりと微笑む彼女は、頭にわかめを載っけた少しまぬけな姿で私に感謝をした。


「砂の中も暖かくて良かったけど、少し息苦しかったの。だから、ありがとう」


…どうやら、冬眠しようと砂に潜ったら眠りすぎて、その上に沢山ゴミが乗っかって出られなくなっていたらしい。人魚って砂の中で冬眠するんだ…


「少し待ってて」


彼女は沖の方へ泳ぎ出した。私はそれを見送ると、ゴミの片付けを続けた。


そして、1時間ほどたっただろうか、あらかたゴミを片すと、人魚はおかに上がっていた。その後ろには、大量の魚が打ち上がっていた。


「これ、お礼。食べて」


いや、食べきれないから。そんな大きなマグロとかカツオは食べられないから…そう言うと、人魚は打ち上がった魚を何匹か手に取って私に押し付け、頬にキスをして海に帰った。


…また来よう。そう思った私は次の日も浜辺に向かっていた。次は、仕事の道具を持って。すると、人魚は私の隣に座った。


さて、人魚はどんな話をしてくれるのだろう?彼女の声に耳を傾けながら、私は海の街の住人になれた喜びか、にやにやした笑いもやめず、彼女と過ごし続けた。

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煤けた浜辺 鈴音 @mesolem

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