エピローグ

 時は歩み始めた。


 この火星コロニーも随分大きくなった。

 生殖可能な自動人形オートマタ―いや。…は『』研究リソースが充実した、あの日から数十年後に成された。蘇芳すおうがブラックボックス化してなかった研究データを合わせ、何とか第一世代を十数名、インキュベーターから創り、後は自然に任せた。

 だから私は。今やちょっとした産婦人科医…と言うか助産師のような事もするハメになってしまった…結果として。産まれた後の世代の子ども達から『マザー』とあだ名されるようになってしまった…


「マザー…マザー…聞こえますか?」そう通信機は音声を放つ。随分こうの星から。

「聞こえてますよ…」そう、私はこたえる。声が随分とれたよなあ、と思う。今年で…幾つだったっけ。80から先を数えていないのだ。

「我々―エウロパ…A−01リグ…作業は順調…本日も氷を掘削しております…」

「そう。海には何時辿たどり着けそう?私が死ぬまでには―お願いしたいかしら…」

「そう言われましても―この氷数十キロは覆ってますから…」と申し訳なさそうに言う通信機の先の男の子…

「たかが。数十キロでしょう?」なんて意地悪を言ってしまう。

「いやあ。マザーには敵わない…けどまあ、目処はつきますからご安心下さい…」

「それは安心…」なんて私は言う。これまで幾多いくたの困難を眼にしてきた私は大抵の事はどうにかなると信じている。


「何とかしますよ…」と向こうの男の子は声色を変える。

「どうしたの萌樹もえぎ…」そう、彼は―義理の孫だ。私とおうが引き取った孤児の子ども。初期の新人類ゆえに母親と父親が早くに亡くなった子どもの子ども。

「おばあちゃんは何時になったら死ぬわけ?」と彼は屈託くったくも遠慮もなくいてくる。

「さあね?貴方達を為に―寿」と私は言う。これは私の責任のとり方だ。蘇芳の命をもらったから…最後まで見届けようと思って。桜のオリジナルの研究データをアレンジして身にほどこした。永遠ではないが―ある程度は長生きしてしまう。

「…俺の方が先に死ぬんじゃねえかな」と萌樹は言う。

「そうはさせない―と言うか。そろそろ目処も付いてきた。適当な時期に自殺するわよ」なんて孫にいう祖母わたし。あるしゅ脅してるみたいだ。

「俺が―帰るまでは生きてくれよな?」と彼は言うけど。

「それはしないで…貴方達は開拓者、創始者になって欲しいんだから」と私は言う。

「そうは言ってもな…恋しくなるよ、故郷火星は」なんて彼は言う。

「故郷…か。その言葉、私、あなた達から聞きたかった」と私は言う。

「そんなに特別な言葉かな…」と萌樹は言うけれど。

「特別よ…だって私達の世代では―考え付きもしない言葉だったから」そう、のだ。ただ。一時的に滞在してるような、そんな気分だったのかも知れない。

「…おばあちゃんの世代の苦難があって、初めて俺達エウロパ組が存在出来る…感謝してるよ」なんて殊勝しゅしょうなことを言う孫。なんだか…嬉しいような。悲しいような。


 だって。 

 多くの物を失ってきた。

 初期の自動人形達、桜―私より先に逝った、生物の定めにより―、そして蘇芳…

 彼ら彼女らが居なかったら―私は。何も為していない。

 彼ら彼女らから何かを与えられなかったら、もしくは奪わなければ…何も為していない。


「別に…何もしてない。きっかけは与えたけど…」そう。私は何もしていない。

「それがどれほど大変か」と萌樹は言う。

「まあ…ね」と私は色々な物を含ませた返事。


「そう言えば。おばあちゃん?」萌樹は話を変える。

「なぁに?」

「俺…火星の年代記を書き始めた」

「…そろそろ歴史になるわけね。私も」

「かもね。でさ…初期の頃の話を聞かせてくれないかな?」

「…恥ずかしいわね」と私はいう。

「そう言うなよ」と彼は急かす。

「…書き出しが素敵なものなら―協力しないでも無いかな?」昔みたいに意地悪な物言いをしてしまう。

「ん?それは書けてる―読むぞ…」


『初めに自動人形は天と地を創った。そして人を創った。そこには3人の男女の自動人形が在った…』


                 ◆



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る