《13》


 もぐる私。水の中は音がくぐもる。音の波の角が取れてマイルドになる。

 吐きだす息が泡になって上がっていく。その様に魂が抜けていくのを感じる。

 そうやって溶けて、、私なんか。


 その内、私は底に至るだろう。その時―水圧で押しつぶされて死ぬのか、はたまた母なる海と融合するのか?


 すみれ…私は弱い人間だよ。全く強くなんかない。

 だから。いつも素直で居れない。何処かよく見てもらおうと飾ってしまう、誤魔化ごまかしてしまう…

 ―死ぬ前くらい素直になれば?

 そう言う菫の声が聞こえた気がして。私は「無理だな」って反論しようと思うけど、言葉が泡になって消えて。

 ああ。こいつは皮肉だ、と思う。言葉を発しようが存在に届かないもどかしさ。

 ディスコミュニケーション。言葉を交わしながらも情報がやり取りされない悲しみ。

 ―貴女あなたは…他人に1人で突っ走るな、と言うけれど。実はいつもスタンドプレーしてるのは貴女よね?

 ああ。否定せん。その通りだ。いつもで無茶な無謀をするのは、実は私だ。人の事をなじる権利はないさ。

 ―そう…普段から素直であれば…貴女はを見つけていたの

 それはどうだろう?このパターンが少ない星でIFたらればはそんなに多くないさ。私はどうやったってこの道に至る愚か者なんだよ。

 ―道ね。教えてくれる気になった?

 いんや。それは断る。教えたところでさ。

 ―研究の内容が高度すぎるから?

 阿呆アホか?そうじゃない。こいつをする動機があまりにも個人的過ぎるって事さ。

 ―個人的、ね。でも貴女のものも方向は一緒なのよね?

 一応、な。不稔性ふねんせいのない、新しい命をこしらえるって点では一緒。アプローチが違うだけさ。

 ―?実際貴女あなたは、心をすり減らし、体は付いてきてない…これ以上、今までのペースで打ち込めば―早晩、限界を迎えて、自殺するか問題行動を起こす。コレは大損害でしかない。

 仲間の数を増やしたか菫。お前は大人になったな…一方の私はまだまだ好奇心の塊のガキなんだ。お前と私の利益までは考えてやるが…大きな数の主語なら知らん…そもそも私は他人の為に動くタイプじゃない。徹頭徹尾てっとうてつび自分の益しか考えてない。ワガママなんだよ。


 ―ならば。

 ならば?

 ―あたしは貴女を『』しかない。

 そうしておうと二人っきりで世界を成す、か。良いんじゃない?アダムとイヴみたいで。は消えるよ。



「あたしだって」そう言う菫の声がはっきり聞こえる。

 視界はいつの間にか開けていて。白い。例の拘束部屋に戻ってきた訳か。椅子に座らされた私と眼の前に座る菫。

「どうした?躊躇してる場合か?お友達はんだぜ?」と私は言う。ありったけ嫌味を込めて。

蘇芳すおうが大事じゃないつもりはないのに…」そういう菫の声はなみだ混じりで。 

「でも…その意味は変わってしまったんだ…私はそれを受け入れられなくて…駄々こねて…お前らを困らせてる訳だ。論理的に考えろ…邪魔なのは誰だ?」そう、言う。。全くもって皮肉だぜ、こんなときしか素直になれないなんて。

「貴女を『消せる』訳ないじゃない!!」そう菫は叫ぶけど。。私は壊れてしまっているのだ…

「いいや。お前らの計画を順調に進めたいなら、消せ」と私は望んでも無いことを言う。疲れているからかな。それともこのを愛しているからなのか。のだ。矛盾はしているけどね。

「貴女は何時だってあたしの先を行く…」と言う菫。

「そうか?私としてはいつもお前のデカい尻を追ってるつもりだった」

「からかわないでよ」そう、むくれて言う菫。

「じゃ、シリアスにいけってか?柄じゃないね」と私は言ってあげる。

「そういう態度を取るから…何時までも素直になれないんだよ…蘇芳は」と彼女は言う。

「素直な私が居てみろ…この火星はとっくの昔に消えてるな」私はこの火星が嫌いなのだ。生まれ故郷を愛せとか言う一般論はクソ喰らえだ。産まれた場所だからこそ嫌な所が目について。それでどんどん許せなくなる。

「せめて―あたしをなじりなさいよ…」と菫は私の眼を見据えながら言う。

「いいや。無理だ。桜の阿呆ならなんぼでも詰れるが―お前だけは無理」と私は言った。


「ゴメンね―蘇芳。ありがとう…」少ししてから彼女は言った。

「なんてことはない。じゃ先に」なんて私は末期まつごの台詞を決めてやる。こうやって死ぬことにはある種の快感があるのだな、と思った。意味のある死…少しはこの宇宙の役にたちそうじゃないか…



                   ◆



  

 そうして。あたしは蘇芳を『消した』。


 眼の前に座る蘇芳の椅子の上にあるヘッドギアを寄せて。

例外処理れいがいしょりコンソール起動…」

「チップからの処理たあ…チキンだな」と彼女は言う。

「あたしもそう若くない。自らの手で『落とす』なんてなやり方は出来ない…」絞り出すように言うあたし。

「それなら―人格処理からやってけ」と蘇芳のアドバイス。こういう時に頭を使ってくれるな。

「あんたの人格領域をいじり倒した上で―マスタを上書きしてしまう…」ああ。それは存在の消滅に近い所業しょぎょうで。

「じゃないと―何度でも蘇るぞ?私は」と彼女はうそぶく。その様は哀れだ。

「まったく…ゴキブリ…いや人類並みのしぶとさだよ。蘇芳は」

「伊達に欲にまみれてない」

「その欲深さが蘇芳だけどね」とあたしは言う。

「その通り。だから道を踏み外す」この言葉を聞いたあたしは、欲が人間の在り様を規定するのだな、と思った。動物としての本能の有様。その中身が人間の本質で。

「…こうやって。のも―だよね」とあたしは彼女にいてみる。

「ああ。そいつは欲だな。だが、人は大人になり、より集まれば…自らの欲を隠すか押し通すかせんといかん…だから恥ずべきことじゃないさ。犠牲を払ってもらうってだけでさ」なんて悟りきった物言い。それが腹立たしい。

「貴女は―嫌じゃないの?」素直な疑問。

嫌さ、腹立たしい」

「なら自分から『消える』なんて―」

「だが。愛した人間のためなら、このいのち安いさ」といつもの特攻へきを出す蘇芳。

「何が愛よ」そうあたしは言ってしまうが。この愛は―知らないでもないような。

なげう―まるでキリストみたいで嫌だが…まあ、贅沢は言ってられん」

「アンタは―生きることに真面目じゃないのね」あたしはそう詰る。もうちょっと抵抗してあたしを言いくるめなさいよ。それが生存本能じゃないの?

クソ真面目だからこその結論だとは思わんか?」彼女はこたえる。

「真面目過ぎるから病むのよ…そして命を粗末に扱う」

「粗末に扱ってるつもりは無いぜ?」とうそぶいてるようにしか聞こえない言葉…そこに真理があるのが皮肉極まりなく。

?」問。それが彼女に対するアンサー。


「…そうと思い込んで貰わなきゃ、私の価値はゼロ以下だ」とアンサーに応える蘇芳。そこには含意がある。


「貴女の愛は―報われないのね?」そう。彼女の挺身ていしんは―。彼女は身をがす運命の輪に自らを投げ込んだ。

「私の魂を燃料にして、お前はお前の運命という機械を動かせ」

「これが―大人になると言う事なら」「大人になんて―ならなきゃ良かった」ああ。そう吐き出さざるを得ない。この愛の前では…

「馬鹿言うな。私達には贅沢な話なんだから」と彼女は優しく言う。そのいつもの優しさが今はとても痛い。

「そんな贅沢覚えずに―延々と回してたいわよ…運命の輪を」そんな子ども見たいな駄々。

―私の挺身が要るんだよ…そいつが運命の輪を止め、やり直しが効かない明日へとお前を連れていくんだ…」


「例外処理パネル起動…4.人格領域機能抑制エディタへようこそ。Sumire_Kure。スタンバイ…」そうコンソールが告げて。


「『僕はもう、あのさそりのように、ほんとうに』」そう蘇芳はつぶやく。 ※

「『銀河鉄道の夜』…」そう。ジョバンニのあの台詞。

「私は―本当の幸福をここに見つけた…」みんなのさいわいの為…キリスト教思想がかおるあの物語では皆の幸福の為に、そういうのだ。ジョバンニは。

「そうやって―死んでいくのは気持ちいい?」なんてシニックな聞き方をしてしまう。本当に素直じゃないのは―あたしだ。

「ああ。最高さ…」


「人格領域機能抑制エディタ―今から言う範囲のデータを『消しなさい』」とあたしは告げる―


                  ◆


※『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 @青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card43737.html

※※傍点は筆者に依る。 

                  ◆



 人は消えゆくモノを愛するから。何時でもさようならが来るのが人生で。それを一般論として知ってはいても、本質的に感じたことの無いあたしは―


「こんな時にも―んだ」と呟く。コンソールの前で。その向こうにはリラクシングチェア。そこに座るは蘇芳。かつて意味が無いと断じたモノでかれている。その魂を。

「貴女は何時だってあたしの前に居て…眩しかった…妬ましかった…」ああ。言わなきゃいけない事は―後から思い出すものなのだ。

「…あたしは選んでしまった。未来を」そう。彼女の研究を取り上げ止めた。これでリソースは増え、あたしの研究ははかどるのかも知れない。捗らないのかも知れない。

 。 

 ?答えはある意味でイエスだ…否定しきれるほど純情でもない。今や。


 パチ、パチとコイルは鳴り続ける。まるで火が水分や脂の多い物体を燃やすかのように―そう。この音。火が燃える音に似ているんだ…それが蘇芳の魂を灼いている。あの哀れな、しかし、罪を犯したサソリのように。


「当該処理進行50%…」そうコンソールは告げ。

「…」あたしは何も言えない。まだ。直接『落として』いたほうが彼女を忘れずに済むんだろうか?なんて思いが去来きょらいして。

「当該処理進行55%…」処理は遅々としていて。まるで…火葬みたいに時間がかかるな、と思う。あたし達は火葬に慣れっこだ。。あのタンパク質を焼く独特な匂いにも慣れてしまっていて…

「当該処理進行60%」ああ。蘇芳の顔を見ていると。嫌でも思い出すな…これまでの日々を。あまり楽しい青春と青年期とは言えなかった…延々とさいの河原で石積みをさせられているようなそんな日々だった。

「当該処理進行65%…」進まない日々とよく似ているな、この処理…

「当該処理進行70%…」こうやって。纏わりつく過去を灼いて、あたしは進んでいくのだ…

「当該処理進行75%…」そうして。その先であたしは―蘇芳以上に価値のあるモノを産めるのか?今から不安で仕方ない。吐き出す相手は―居るけど。1人減った…

「当該処理進行80%…」宇宙の先へとあたし達は進まなきゃいけないんだけど…一体何世代必要になってくるのか?

「当該処理85%」このコロニーを安定させ、ロケットを開発させ―とりあえずは何処に向かわせようと言うのか?

「当該処理進行90%」…エウロパ。あそこなら―自動建造船が向かっていたはずだから…

「当該処理進行95%」…こうやって。んだ…自分で実演してしまった…


「処理完了。システムを再起動しますか?」ああ。何かが終わり、何かが始まる…それが私が選んだ事で。

「ええ。起こしてあげて」そうあたしは言う。


 しばらく待てば―

「ここは―何処なの…」と不安げに起きる蘇芳者。

「こんにちは…そして初めまして。『私は』呉菫くれすみれ。貴女は東雲蘇芳しののめすおう…色々分からないよね?ゆっくり説明するから…行きましょう…外へ」

「…」言葉を失う蘇芳の手を引いて。『私は』外に出る―

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