《12》
私は創作の狂気の中にいる。
創る者は何処か病んでいる。そうじゃなきゃ―自分をバラバラに解体してそれを組直して作品に仕立て上げよう、なんて思わないはずだ。
今日も私は自分の未発達な
創れば創るほど、私の体はボロボロになっていく。体が悲鳴をあげる。だが、その痛みに勝る快楽が創作にはあるのだ。
ぼんやりとした
「ああ…後少し」と私は研究室の安全キャビネットの前で、
最近は寝食すら
健全な肉体があってこそ、という
―これをなして何になるの?
私の中の賢い子どもは言う。
―何にもならないよ?ただ私は創りたいんだよ、これを!!
私はそう叫ぶ。
―
貴女は賢いね。私だってそう思うさ…でもね?
―いいや、喜ぶのは私だよ。貴女は知らないの?創る喜びを?
―そんな
ああ。君は最高に賢い。
―ああ。こっちに来るのは止めときな…こいつは狂気さ。
狂気。
それは誰の中にも在る。普段は気が付かいない振りをしているだけなのさ。
人はそれをいろんな方法で表現する。
ある者は生活に。またある者は運動に。そして私は芸術―いや、創作に。
そうやって人はバランスを取りたがる。自らの存在の危うさを吐き出すのだ、世界に。ぶつけられる世界はたまったものじゃないだろうが、その世界もまた私達の創作物…
ああ。私はこの世界という舞台で。狂っちまった。
そこには―アイロニーがある。笑える。
劇のホンを忘れた役者。次の台詞が出てこない。次の展開が思い出せない。
その途端。わたしは
「さあさあ、特とご覧
「
「…聞こえたか?」なんて気が付かないフリをして。狂気をごまかそうとして。
「聞こえた…と言うか―あんた叫んでたわよ…さっきの口上」そういう菫の声はとても冷たくて。
「…たまにはああやってガス抜きしないとな?」と私はあくまで冷静の
「やりすぎてない?」そういう菫。まだ声が冷たいぜ?
「…とうの昔に―ラインは超えてるんだよ…こんな未来のない星の上だからな」一般論での逃げ。
「…アンタから―『それ』取り上げた方が良いのかな…」そういう菫。当然の反応ではある。
「一般論で言うならそうだろうさ…取り上げた方が良い」と私は返しておく。
「そ。休暇入りなさいよ…やること無いだろうけど…本でも読んでさ」と少し優しく言う菫。ああ。こいつは―怖がっている。今の私を。
「前までなら―素直に聞いていたんだが」と私は言う。
「だが?」続きを促す菫。
「―今は。コイツが終わるまで、私は止まれないんだ」そう、この創造が終わるまでは、な。
「…言って聞かないのなら」と菫は白衣のポケットを弄りだす。
「『落とす』か?私を?」そうは聞いてるが、対策してない訳ではない。スタンガン持ち出されたら危ないが、制御チップクラスの妨害ならどうにか出来る。
「いいや…力づく。
「よ。天才」なんてあの
「テメーの顔は見たくねえ」と私は彼に毒づく…未だにコイツは苦手だ。妙に噛み合わない。リズムが違うのだ。コイツと私は。だから
「…お前がここまでいくのは意外、だ。俺より実利的で現実的な奴だと思ってたんだけどな?」そうため息と共に言う桜。訳知り顔が
「お前は―案外頭良かったよな…キチンと普通を分離しといたもんな?」そう。こいつは狂気をオーヴァードライブしなかった。あくまで普通をとっておけた。
「…俺は。お前のように狂気に完全に身を寄せきれなかった…何処か冷めてたんだろうな」そう彼は言う。懐かしそうに。過去のもう思い出せもしない事のように。
「それは―お前が阿呆だったからだな」と私は感情的に
「俺には、お前みたいに―狂気に近くなるような知性はなかった訳だ」と桜は褒めてんだか
「…愉しくて、苦しいぜ」なんて私は吐露。そう。ディレンマなのだ。2つの力が私を引き裂こうとしている―
「苦しいのなら」と菫は口を挟む。「楽にしてあげないとね」その言葉が終わる時―私の意識はブラックアウトした…
◆
私は。
全世界の罪を
おいおい…中途半端ないじめは止めろよな…と思う。やるなら一気にやって頂きたく。
「おおい。眼が覚めたぞ…桜?菫?」と私は声を出して見ようとするのだが。アイツら猿ぐつわ噛ましたな。声がでやしない。
頭の上から声。菫だ。
「…ごめん。何があるか分からないから、拘束させてもらった」そこに混じる
「蘇芳…お前。もうダメなのか―」とあの阿呆の声。返事が欲しけりゃ猿ぐつわを外せ。
「何か―言うことはある?あるなら、頭で返事して」と菫。ああ。聞く気は無いぞ、この感じ。
だから私は頭を振る。言うべきことなどない、と。
「…そう?じゃあ、鎮静剤入れるから…眠りなさい。まずは睡眠…」そいつはどうも―なんて思う側から拘束服の腕の辺に鈍痛。拘束具の注射器を使ったか…
◆
それは私が学生の頃の夢だった…
私は
ったく。決められた物を決められた画法で描いて何が面白いんだよ、と思わざるを得ない。
手に握るは鉛筆。なかなかアナログな画材だ。この火星では貴重品。デジタルなペンと違って芯が折れるのが鬱陶しい。
ポキリ、ポキリ、と
その様が何処か私を暗示している。紙に絵を描きこめば描きこむほど、芯は短くなっていく。
ちょっとしたペンナイフ。そいつで私は鉛筆を削る。シャッシャッという音と共に鉛筆は短くなっていく。そして何時かは無くなる。この絵が仕上がるのが先か?それとも鉛筆がなくなるのが先か?
紙の絵は―あれ?建物のスケッチをしていたはずなのに―蘇芳が慣れない
手に汗が広がって。鉛筆が滑り落ちて床の上に。
「貴女は何を創りたい?」なんて声と共に私の
「お前を」なんて鉛筆を受け取った私は返事をしていて。
「…じゃあ、なんでこの絵には―あたしが描かれていないの?」そう、蘇芳が問う。
「私はお前の描き方を知らないんだ」と私は
「…あたしをよく見てよ」そう蘇芳は言うから。私は目を鉛筆から上げて。見るのだけど。そこには蘇芳によく似た『なにか』が居て。
「お前は―蘇芳…じゃない」と私は呟く。
「そうだよ?あたしは貴女の描く…いや創ってる…モノだよ」そう『何か』は教えてくれる。
「おうおう…創作物がしゃべるかい?私は相当キてるみたいだな」なんて言うのだけど。彼女が言ってることは間違ってないのだ、と妙な確信があって。
「貴女は自らを切り刻み過ぎたの…こうやって―分離出来るくらいに」
「ああ?お前は創作物であり、私でもある、と?どっちかにしてくれ。その
「いや…お前。菫だな」と私は確信を持つ。これは―尋問だ。仮想空間に呼んでシチュエーションを用意し、私から何かを引き出そうとしている。
「…妙に勘がいい」と眼の前の『何か』がそういった瞬間―その像は消えていく。
そして。
学舎の景色も溶けて消えていく。
◆
「…っはあ」と私は息を吐く。それが外気に触れた。猿ぐつわは外したらしい。
「…起きた?」なんて上から菫の声。こっちに来て話せよ。まどろっこしい。
「ああ。趣味の悪い真似しやがって。あたしの自我を睡眠で弱めて…
「まあね…否定はしないよ…で。なんで部屋にロックを掛けたの?」そう問われるけども。
「…お前らには隠したい事があるからだよ」と私は言う。こういう不測の事態のためにパスコードロックがかかるようにしてある…私のラボは。離席後15分戻らなきゃ、勝手にかかる。こいつらが私の気を失わせ、この部屋に搬入したり、拘束着を着せたりするのにそれくらいはかかるだろうという
「貴女は…何がしたい?」そう純粋に問う菫。その問は難し過ぎる。もっと具体的に頼むぜ。
「お前らと方向は変わらん」と私は
「の割には、隠したがる。共同で作業をすれば効率は上がる」と一般論を宣う菫。いやあ。響かない。
「お前ら凡人の手など要らん」と私は煽ってみる。まあ、響かんだろうけどな。お互い言葉が通じなくなったのだ。かつては打てば響いたもんだが。
「…それはそうかもね。貴女1人の方が効率がいいかも」なんて菫は言う。少し悔しそうに。
「…だから。情報を抜きたいってんなら―私から力づくにでも引き出せや。出来るもんならな」
◆
打ち寄せる波。それが砂浜を洗っている。
私は
寄せる波は泡を含んで白い。それが空の…青とコントラストを描いていて。
ああ。空が青い。レイリー散乱がどうのこうのって理屈より、ただただ美しさに心をうたれる。
ここは―菫の
脚を。動かしてみる。そうすればケイ素のかけらが
そして、そのまま水の方へ向かって。腰の
母なるものに包まれる錯覚―コレは根拠がない訳ではない。私達のベースの人類は海から陸へと進出した生きものなのだから。
「で?コイツは一体、何なんだろうな?」と私は独り言。菫はここに何を
手を水面に乗せる。水が私に
こういう風に要らないモノが私に纏わりつくのだ。迷い。
ああ。
憑かれた者の哀れな事よ。そう思う。私の手も心もボロボロなのに。
この海の水が
それが私の存在の
もう…全てが鬱陶しい。
だから私は
◆
大量の水の
火星においては水は貴重品だ。その
微かな圧。それが私を刺激する。それが面白い。
次第に。私は
落ちていく中。私はいろんな物を見る―まるで
ああ、アイツは私の親友なんだよな、そう思う。
いつも側に居たもんだ。こういう理不尽な感情を抱く前から、アイツとは何処か馬があって。
でも。微妙な時期を過ぎる間に。私達の仲はおかしくなってしまった…お互い意識しすぎたのかも知らん。
ああ。あの頃に戻りたいな。
そう思ってしまう自分が酷く歳をとってしまったように思えて。たかが30だが、この星では長寿な方だ。地球の奴らはピンとこないだろうけど。
人は過ぎゆくモノに執着するのだ、と私は思う。時が流れるからこそ、モノは損なわれ、無くなっていく。そこに愛おしさを感じるのだ。
菫が桜に心を寄せ始めた頃から、私の感情に輪郭が出来て、はっきりしたんだ。
そしてそれが何時か消えてしまう感情であることを悟った。
その時に愛おしさを感じた。この感情に、彼女に。
遅すぎる想いは菫に届かない。機会的同性愛だ、と言った私を
失われた想い。それが私を執着させる。そう、菫に執着させるんだ。
そして。私は歪んだ方法で―彼女との間に何かを
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