《12》

 私は創作の狂気の中にいる。

 創る者は何処か病んでいる。そうじゃなきゃ―自分をバラバラに解体してそれを組直して作品に仕立て上げよう、なんて思わないはずだ。

 今日も私は自分の未発達ならんの核をいじる。すみれの卵を弄る。適当な誰かの精子を弄くり回す。


 創れば創るほど、私の体はボロボロになっていく。体が悲鳴をあげる。だが、その痛みに勝る快楽が創作にはあるのだ。

 ぼんやりとしたかすみの中、私は―私の肉を切り取り、菫の肉を切り取り、誰かの肉を切り取り…それを叩き、ね、混ぜ合わせ、そしてそのかたまりつちる。


「ああ…後少し」と私は研究室の安全キャビネットの前で、つぶやく。そのさまは酷く孤独で。

 最近は寝食すらおろそかになりがちだ。作業に夢中になり過ぎなのだ。

 健全な肉体があってこそ、という言質げんちは知らないではない。しかし。時間が惜しいのも事実で。一秒すら無駄にしたくはないのだ。完成へと向かう志向しこう。それが今の私に宿る



 ―これをなして何になるの?

 私の中の賢い子どもは言う。

 ―何にもならないよ?ただ私は創りたいんだよ、これを!!

 私はそう叫ぶ。狂える神デミウルゴスの叫び。

 ―貴女あなた

 貴女は賢いね。私だってそう思うさ…でもね?

 ―いいや、。貴女は知らないの?創る喜びを?

 ―そんな有様ありさまになるのなら。知らなくても良いのかも。

 ああ。君は最高に賢い。

 ―ああ。こっちに来るのは止めときな…こいつはさ。


 狂気。

 それは。普段は気が付かいない振りをしているだけなのさ。

 人はそれをいろんな方法で表現する。

 ある者は生活に。またある者は運動に。そして私は芸術―いや、に。

 そうやって人はバランスを取りたがる。自らの存在の危うさを吐き出すのだ、世界に。ぶつけられる世界はたまったものじゃないだろうが、その世界もまた私達の創作物…


 ああ。私は


 そこには―アイロニーがある。笑える。

 劇のホンを忘れた役者。次の台詞が出てこない。次の展開が思い出せない。

 その途端。わたしは道化どうけになるしか無い。哀れな道化―狂気の中に、そこから真実を掴み取る者。

「さあさあ、特とご覧いただこう…我、創作にかれた道化なり。その狂える言質げんちに真実あり。狂える造作ぞうさに芸術あり…我、目覚めた者なり!!」なんちゃって。


蘇芳すおう…?」っと。聞かれてたか。菫に。りに選って。

「…聞こえたか?」なんて気が付かないフリをして。狂気をごまかそうとして。

「聞こえた…」そういう菫の声はとても冷たくて。

「…たまにはああやってガス抜きしないとな?」と私はあくまで冷静のていで言う。

「やりすぎてない?」そういう菫。まだ声が冷たいぜ?

「…とうの昔に―ラインは超えてるんだよ…こんな未来のない星の上だからな」一般論での逃げ。

「…アンタから―『』取り上げた方が良いのかな…」そういう菫。当然の反応ではある。

「一般論で言うならそうだろうさ…取り上げた方が良い」と私は返しておく。

「そ。休暇入りなさいよ…やること無いだろうけど…本でも読んでさ」と少し優しく言う菫。ああ。

「前までなら―素直に聞いていたんだが」と私は言う。

「だが?」続きを促す菫。

「―今は。コイツが終わるまで、んだ」そう、この創造が終わるまでは、な。

「…言って聞かないのなら」と菫は白衣のポケットを弄りだす。

「『落とす』か?私を?」そうは聞いてるが、対策してない訳ではない。スタンガン持ち出されたら危ないが、制御チップクラスの妨害ならどうにか出来る。

「いいや…力づく。おう…ゴメンだけど」と菫が言えば―

「よ。天才」なんてあの阿呆アホが居て。

「テメーの顔は見たくねえ」と私は彼に毒づく…未だにコイツは苦手だ。妙に噛み合わない。リズムが違うのだ。コイツと私は。プレイ演技

「…お前がここまでいくのは意外、だ。俺より実利的で現実的な奴だと思ってたんだけどな?」そうため息と共に言う桜。訳知り顔が鬱陶うっとうしい。

「お前は―案外頭良かったよな…もんな?」そう。こいつは。あくまで普通をとっておけた。

「…俺は。お前のように狂気に完全に身を寄せきれなかった…何処か冷めてたんだろうな」そう彼は言う。懐かしそうに。過去のもう思い出せもしない事のように。

「それは―お前が阿呆だったからだな」と私は感情的にあざける。のだ。

「俺には、お前みたいに―狂気に近くなるような知性はなかった訳だ」と桜は褒めてんだかけなしてるんだか、よく分からない物言い。

「…愉しくて、苦しいぜ」なんて私は吐露。そう。ディレンマなのだ。2つの力が私を引き裂こうとしている―

「苦しいのなら」と菫は口を挟む。「楽にしてあげないとね」その言葉が終わる時―私の意識はブラックアウトした…


                   ◆


 私は。

 全世界の罪をあがなったと自称する男と同じ格好にされていて。着ていたはずの白衣はいつの間にか拘束服に変化している。

 おいおい…中途半端ないじめは止めろよな…と思う。やるなら一気にやって頂きたく。

「おおい。眼が覚めたぞ…桜?菫?」と私は声を出して見ようとするのだが。アイツら猿ぐつわ噛ましたな。声がでやしない。


 頭の上から声。菫だ。

「…ごめん。何があるか分からないから、拘束させてもらった」そこに混じる悔恨かいこん。そんなモノを声に滲ませるくらいなら、放っといて欲しかった。

「蘇芳…お前。もうダメなのか―」とあの阿呆の声。返事が欲しけりゃ猿ぐつわを外せ。

「何か―言うことはある?あるなら、頭で返事して」と菫。ああ。聞く気は無いぞ、この感じ。

 だから私は頭を振る。言うべきことなどない、と。

「…そう?じゃあ、鎮静剤入れるから…眠りなさい。まずは睡眠…」そいつはどうも―なんて思う側から拘束服の腕の辺に鈍痛。拘束具の注射器を使ったか…


                  ◆



 それは私が学生の頃の夢だった…


 私は学舎がくしゃのアトリエで課題の建造物スケッチをしているのだ。この火星のコロニーの学舎にも美術の科目はある。ま、実利的なものばかり描かされるけどな。

 ったく。決められた物を決められた画法で描いて何が面白いんだよ、と思わざるを得ない。

 手に握るは鉛筆。なかなかアナログな画材だ。この火星では貴重品。デジタルなペンと違って芯が折れるのが鬱陶しい。


 ポキリ、ポキリ、と黒鉛こくえんの芯が折れていく。私は力加減が出来ない方らしい。

 その様が何処か私を暗示している。紙に絵を描きこめば描きこむほど、芯は短くなっていく。

 ちょっとしたペンナイフ。そいつで私は鉛筆を削る。シャッシャッという音と共に鉛筆は短くなっていく。そして何時かは無くなる。この絵が仕上がるのが先か?それとも鉛筆がなくなるのが先か?

 

 紙の絵は―あれ?建物のスケッチをしていたはずなのに―蘇芳が慣れない筆致ひっちで描かれていて。

 手に汗が広がって。鉛筆が滑り落ちて床の上に。

?」なんて声と共に私のてのひらに鉛筆がのせられて。

「お前を」なんて鉛筆を受け取った私は返事をしていて。

「…じゃあ、なんでこの絵には―あたしが描かれていないの?」そう、問う。

「私はお前の描き方を知らないんだ」と私はこたえている。勝手に。

「…あたしをよく見てよ」そう蘇芳は言うから。私は目を鉛筆から上げて。見るのだけど。そこには蘇芳『なにか』が居て。

「お前は―蘇芳…じゃない」と私は呟く。

「そうだよ?あたしは貴女の描く…いや創ってる…モノだよ」そう『何か』は教えてくれる。

「おうおう…創作物がしゃべるかい?私は相当てるみたいだな」なんて言うのだけど。彼女が言ってることは間違ってないのだ、と妙な確信があって。

「貴女は自らを切り刻み過ぎたの…こうやって―分離出来るくらいに」

「ああ?お前は創作物であり、私でもある、と?。そのうえ菫のような声を出しやがって―」うん?今、何かがおかしかった。


「いや…お前。菫だな」と私は確信を持つ。これは―尋問だ。仮想空間に呼んでシチュエーションを用意し、私から何かを引き出そうとしている。

「…妙に勘がいい」と眼の前の『何か』がそういった瞬間―その像は消えていく。

 そして。

 学舎の景色も溶けて消えていく。蝋燭ろうそくの蝋がれるみたいに、視界がにじんでいく―


                 ◆


「…っはあ」と私は息を吐く。それが外気に触れた。猿ぐつわは外したらしい。

「…起きた?」なんて上から菫の声。こっちに来て話せよ。まどろっこしい。

「ああ。趣味の悪い真似しやがって。あたしの自我を睡眠で弱めて…朦朧もうろうとしたところで情報抜こうって魂胆こんたんだろ?まったく、性格が悪いな?菫さんよ」と私は上に向かっていう。

「まあね…否定はしないよ…。なんで部屋にロックを掛けたの?」そう問われるけども。

「…お前らには隠したい事があるからだよ」と私は言う。こういう不測の事態のためにパスコードロックがかかるようにしてある…私のラボは。離席後15分戻らなきゃ、勝手にかかる。こいつらが私の気を失わせ、この部屋に搬入したり、拘束着を着せたりするのにそれくらいはかかるだろうという目算もくさんもと、設定しといたが、正解だったな。

「貴女は…何がしたい?」そう純粋に問う菫。。もっと具体的に頼むぜ。

「お前らと方向は変わらん」と私はこたえる。嘘は言っていない。事実は半分だが。

割には、隠したがる。共同で作業をすれば効率は上がる」と一般論を宣う菫。いやあ。

「お前ら凡人の手など要らん」と私は煽ってみる。まあ、響かんだろうけどな。

「…それはそうかもね。貴女1人の方が効率がいいかも」なんて菫は言う。少し悔しそうに。

「…だから。情報を抜きたいってんなら―私から力づくにでも引き出せや。出来るもんならな」


                   ◆


 打ち寄せる波。それが砂浜を洗っている。

 私は生憎あいにく、『海』というものを資料でしか知らないが、何故かココは海だと確信できる。

 寄せる波は泡を含んで白い。それが空の…青とコントラストを描いていて。

 ああ。空が青い。レイリー散乱がどうのこうのって理屈より、ただただ美しさに心をうたれる。

 ここは―菫の阿呆あほうが用意した仮想空間だろう。私の記憶や知識にしては解像度が高すぎるのだ。

 脚を。動かしてみる。そうすればケイ素のかけらが足の裏ソウルをくすぐって。キュッキュという音が鼓膜こまくを打つ。


 水面みなもに近づく。くるぶしを水にけてみる。海水って冷たかったんだな、と私は思う。

 そして、そのまま水の方へ向かって。腰のあたりまで浸けてしまう。

 ―コレは根拠がない訳ではない。私達のベースの人類は海から陸へと進出した生きものなのだから。

「で?コイツは一体、何なんだろうな?」と私は独り言。菫はここに何をひそませたと言うのか。

 手を水面に乗せる。水が私にまとわりつく。その感覚はまるで人生のようだとも思う。

 こういう風に要らないモノが私に纏わりつくのだ。迷い。諦念ていねん。後悔。恋慕れんぼ…そして創作…

 ああ。

 憑かれた者の哀れな事よ。そう思う。私の手も心もボロボロなのに。

 この海の水がみるはずなのに…痛みだけはなくて。

 それが私の存在の曖昧あいまいさを浮き彫りにしてるような―そんな気がした…

 

 もう…全てが鬱陶しい。

 だから私はもぐる…深い深い水の底へ。



                  ◆


 大量の水のうちはこうなっていたのか。そう思った。

 火星においては水は貴重品だ。そのうえ不純物の混じりも酷いので…水に浸かるという経験がなかった。

 微かな圧。それが私を刺激する。それが面白い。

 次第に。私は水底みなそこいざなわれる。体が落下していく。ゆっくりと。

 

 落ちていく中。私はいろんな物を見る―まるで走馬灯そうまとうみたい。あの思い出が滑り落ち、その次はこの思い出が滑り落ち…いやあ。圧倒的すみれ率に笑いを禁じ得ない。

 ああ、アイツは私の親友なんだよな、そう思う。

 いつも側に居たもんだ。こういう理不尽な感情を抱く前から、アイツとは何処か馬があって。

 でも。微妙な時期を過ぎる間に。私達の仲はおかしくなってしまった…お互い意識しすぎたのかも知らん。


 ああ。あの頃に戻りたいな。

 そう思ってしまう自分が酷く歳をとってしまったように思えて。30だが、この星では長寿な方だ。地球の奴らはピンとこないだろうけど。


 人は過ぎゆくモノに執着するのだ、と私は思う。時が流れるからこそ、モノは損なわれ、無くなっていく。のだ。


 菫が桜に心を寄せ始めた頃から、私の感情に輪郭が出来て、はっきりしたんだ。

 

 その時に愛おしさを感じた。この感情に、彼女に。

 遅すぎる想いは菫に届かない。機会的同性愛だ、と言った私をなじった菫はもう、居なくて。その側には。彼女の心の中の椅子のたった1つがうままってしまっていて。


 失われた想い。それが私を執着させる。そう、菫に執着させるんだ。

 そして。私は歪んだ方法で―彼女との間に何かをのこしたいと願った…

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