《10》

 あたし達の進化は―される前に頓挫とんざしかけた。

 ノーマルな精子の供給源のおうのアホが―だ。

 『神は死んだ』を見せられた。リアルで。まあ彼は半神半人の偽者だからこそ死んだのだが。

 原因は―がいされたのだ。みずからが管理し続けてきたモブに。神は神から降りようとした訳だが。そう簡単にいくものでもなかったらしい。


「…まさか、な。こんなあっさりられるとは思わなんだ」と全身がよく分からない状態になった桜は言う。

「アンタ…恨まれるようなことばっかするから」とあたしは呆れて言う。怒る前に呆れの方が前に出てくる。

「…調子にノッたツケかねえ」と絞り出すように言う桜。

「キルスイッチ握ってるのはアンタじゃない、何故使わなかったの?」当然の問をぶつける。コイツはこのゲーム上ではなかなか死なない。

「反応が遅れた…思春期のガキの機敏きびんさに勝てる訳ない…おっさんが」30代から運動神経は衰えるものらしい。

「保険くらいかけときなさいよ…」

ってな」と彼は不遜ふそんにそう言う。

「馬鹿なの?まったく…精子、どうすんのよ?」凍結ストックはあれど。量に限りがある。

「…凍結ストックどんだけしたと思ってんだ?」と彼はなじる。まあ、死ぬほどしては貰ったが、実験のためには試料しりょうが多数る訳で。いくらあっても困るものではない。

「まだまだしてもらうつもりだったわね」と言うのだけど。あたしの感情は言ってる事と表面上思ってる事と別の方に向かい始めた。心臓のあたりがほんのり痛く、頭にジンとした何かが走る。そう…あたしは泣きそうになっているのだ。


 眼の表面がさざなみ、あたしの眼球の表面が満ちあふれて、目尻からこぼれ、そして人工的に造られた重力に従って落ちる。それは桜の顔を打つ。

 あたしは…のだ。この獣のツラの神の今際いまわきわに。

「顔の感覚がイカれてるからよく分からんが…お前泣いてんのか?」と桜はく。

「らしいわね」あたしは…素直に認めておく。

「お前は…優しいのな」と桜は言う。意味が分からない。あたしは優しくなんかない。

「貴重な試料を失う悲しみであって、貴方が惜しい訳じゃない」なんて。あたしは下手な嘘を重ねる。

「…お前はいい加減素直になれよな」なんて貴方がいう台詞?

「貴方も人の事言えない」そう。こいつは素直になるのに幾年いくねんかかったか。

「…あーあ。お前が心配だよ、俺は」のだ。スタンドプレーをしたがる辺とか。

「ご心配どうも」短いレスポンスで時間を稼ぐ。

「…なんなら最後に試料してやろうか?」と桜は笑いつつ言う。男性は死の危機にひんするほど性欲が高まる。これは体に寄生してる遺伝子とかいうアレのせいだとあたしは思う。

「で?最後はあたしがアンタの身体バリバリ食えと?」とあたしはカマキリの事例を出してからかう。そう、。その究極系は生殖の後に身体を差し出すことだ。

「…お前はカマキリか?いや…どっちかって言うと―蘇芳すおうのがカマキリだわ」無駄に身体デカイしね。一方の桜は標準体型よりやや下だ。男としては小さい方になるのかも。

「あたしは―何だろ?せいぜいハーレム作る動物の一員の目立たない一匹じゃない?」ゾウアザラシとかね。そしてそのハーレムの子孫はほぼほぼ、そこを牛耳るボスの遺伝子を持つことになる。

「…お前は―普通につがいつくる…プレーリーハタネズミみたいなもんだろ?」と桜は言うのだけど。

自惚うぬぼれるのも大概にして」なんてあたしは照れてしまう。プレーリーハタネズミは番行動をつかさどるオキシトシンの発見に貢献したモデル動物で。協力して子どもを育てる。

「…死ぬ前くらい素直になろうとしたんだが」と桜はつぶやく。

「プレイボーイのその台詞セリフくらい信用できないモノはない」とあたしは言う。コイツの所業は知っている―と言うか知らざるを得なかった。今回のだから。

「お前…しょうがなかったの言ってんだろ?」

「まあね。せいぜい困りなさい」

「悪かった」そう、彼は言う。

「許すわけないでしょうが。こんな有様になって」コイツは…他の自動人形オートマタ―コイツの言うところのモブ―に情報を流し始めたはいいが。女生徒の中でアイツとをもったという生徒が複数…いやほぼ全員出てきて。男子を交えたがスタートしたのだ。

「…うっかりしてたんだよ」と彼は言うが。ていのいい自殺に思えない事もない。


「…んじゃないの?」とあたしは問う。精子をのこすというミッションを曲りなりに彼は―疲れが出たのかも知れない。

「無責任かも知れんが―いち人間に戻りたかった。もう後はお前と蘇芳に任せてもいい、って思ったんだよ」と桜はそう言う。

阿呆あほう。簡単にいくわけないでしょうが―今の凍結ストックなんかあっという間に使い切る…」手探りからのスタートだからね。


「…いやあ。お前らが困るの見て笑いたかったんだが…な」そう―彼は言い残して。。火星のデミウルゴス偽者の神はあっさりと赤い土に還ったのだ…

 

                 ◆


「神は死んだ―というより、ただ1人の男が死んだだけさ」と蘇芳は桜の死をそう形容した。

「アンタは相変わらずおう嫌いよね」とあたしは言う。例の研究施設内での事。あたし達の進化を駆動させるという計画はこの曲がりくねった廊下の先で行われている。

「大事な…お前を…色々ひどい目にわせたし…」と口の端でモゴモゴ言う蘇芳。

みたいで嫌だった?」なんて。嫌な言い方をしてしまう。

「まあ…ね」と認める蘇芳。

機会的きかいてき同性愛じゃなかったの?もしくはインプリンティング…」このは一時期あたしとの仲をそう形容した。

「悪かったって。あの時ゃああ言うしかなかったんだ…」有精生殖ゆうせいせいしょくを進めるために、か。

「…あたしも悪かった。さ、始めようよ」

「だな…おおい桜やーい?」と彼を呼ぶ蘇芳。


 そこには。 

 若林桜の遺伝情報を基にした自動人形オートマタ…通称リトル桜の姿。十数年分若返って、私たちと同じ姿になった『若林桜わかばやしおう』が居る。

 …実はあたしの割と好みな…ユニセックスな見た目をしていたりする。手は出していない。

「その呼び方は止めてくれ…一応前の俺なんだ」と彼は言うけど。

「ってもな?見た目は私達よりガキだし―作り直してやったのはこの蘇芳様な訳だ。せいぜい感謝して、靴でも舐めろや」と鬱憤を晴らす蘇芳。

「この女はアンタのオリジナルがだったからね…仕方なく甘受かんじゅなさい」なんていじめてみる。

「あーあ。なんでで理不尽な扱いを受けにゃならんのか…」

「そういう定めだ…カミサマ」と蘇芳は言う。

 定め、運命。私達はこの言葉が大嫌いだ。決められたラインに沿って進んでいく宇宙などクソ喰らえだ。

「…いい加減無駄話してないで―始めよう」そう、あたしは言う。


                 ◆


 研究はままならず、地味な生活が続く。何ならリトル桜はデカくなって―桜になった…


「ストックがやばい」蘇芳は言った。

「言われなくても―」「気付いてら」あたしと桜はそう応える。

まずいぞ…」

「拙いわね」

「お前…ふざけてんのか?」蘇芳は少しプリプリしながらそういう。

「ふざけてなんかないわよ…ただ冷静にそうだなって思っただけ」事態は刻一刻こくいっこくと悪くなってきていたのだ。もう懸念けねんするのにも

「いい加減。過去の遺産に頼んなって事だろ?」とオルタナティブな桜は言う。

「お前は勘の良いやつ振るの好きだなあ…桜よ」と蘇芳はなじる。

「実際、勘良くねえ?」なんて彼は言うけど。

「勘が良いなら―いい加減配偶子はいぐうしのノックアウト配列思い出せや」と蘇芳は返す。

「俺の専門、そっちじゃねえ」と言い訳する桜。

「じゃあなんでアンタが派遣されてんのよ?」あたしもそう詰らざるを得ない。

「コロニーの建造…そっちが専門。分子生物学への造詣ぞうけいは父親ゆずり」そうだったなあ、久しぶりに聞いた。

「お前の親父さんは―アレだったな…の自動人形…」と蘇芳は言う。この話、何度目だっけか。

「制限も糞もない、のコピーだな。個人を取り戻す為のクローニング…だからヒトに近づけた。お前らと俺は…まあ、だからな」昔ならそういう言い方に腹を立てていたはずだが―あたし達も歳を取りすぎた。一周回って笑えてくる。

「たださあ。昔から思うが―なんで人間なんだろうな?」と蘇芳はく。

「単機能特化じゃない汎用はんよう的なロボット自動人形だからだよ」と桜は言う。

「思考機能なんてAIなり何なりでも務まるだろうが」蘇芳の反論。

「軽くて安くついたのが人間だ…お前、宇宙にモノ飛ばすコスト分かってんのか?」

「興味がないからまったく」

「2,3キロ飛ばすだけで乗用車が買えたもんだ」

「ピンとこないわね?」「だな」

「…働き初めの年収くらいだ」

「まったくピンとこないぞ、桜」

「…まあ良い。まとめれば宇宙にモノ飛ばすってのは国家や企業を傾けるほどの大事業で―無人開発機むじんかいはつきだってなんぼ軽量化が為されようが―クソ重い…一方人間はせいぜい100キロ前後な上にちょいとした学習能力がある…お前が経営者ならどうする?」

「ああ。人間だな…ったく」と蘇芳はため息を吐きながら言う。

「…増えれば便利なのにね」とあたしは感想を述べる。

「そこは人間が人間たる故―なのさ、って」火星に居る自動人形達が自我を持って―襲いかかるとでも?

「そんな気概はないわよ、あたしら」と桜に言う。地球人はしばしば争ってきたから―そういう気持ちが湧くんだろうなあ、と思う。あたし達のようなフロンティアの住人は相手が違うのだ。。地球人のパラノイア具合には驚かされる。

「…まったくだ。ああ。その上―下手へたしい絶滅もんだぞ?これ」と蘇芳。

「分かってるわよ。桜もあたしも」なんて冷静ぶってこたえるけど―ああ。どうしたものか。

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