《9》

 繰り返される日常は。変化のない日常は。変化のない盤面ばんめんは―俺を壊すのに十分だった。

 最初のうちは希望に満ちていた。崇高すうこうな使命を持って俺はここに降り立った。

 しかし。その崇高な使命は宇宙から飛来した大きな岩に打ち砕かれた…それでも最初のうちは使命に愚直ぐちょくではあれた。

「俺はこの宇宙の最後の人類…自動人形オートマタと人間のハイブリットだが…はず」

 そんな思いで『運命の輪』をまわした。そいつがもう一つのモーメントに繋がっていて、を駆動させているんじゃないか、と。しかし。そいつは大きな徒労だった。。俺が廻す『輪』には何の意味もなかった訳だ。


 ある盤面があって。そこに駒が50。俺はそれを組み合わせて盤面をつくる。組み合わせは。何時か何処かで全てのパターンを踏むだろう。膨大な時間が俺の前にはあるのだから。

 いつしか神のような気分になっていた。人を創る…しかし。そいつは偽の神デミウルゴスでしかない。

 そう、俺はいつしかのだった。力を誇示する獣。自らの矛盾性はつゆ知らず。

 ああ。造物神の孤独な事よ!!誰も俺の苦労は知らない。通信を取っていた地球のあのパパもまた。

 造られた人形達は今日も明日も明後日も、この死の大地さながらの赤い血の星で踊る。その上で俺…獣の顔をした神は―

 笑う…のか?あまりに悲惨な現状は笑わざるを得ないっちゃ得ないが。


 ああ。全く嫌になってくる。

 こういう神のような思考をやってみても、もう半分には俺が居る。人間だった頃の。

 もっと上手くロールプレイなりきり出来るメンタルでありたかった。そしたら、。そう、狂うにも才能は要る。

 その冷静な人としての俺は―の延長策を取り続けるのに必死だ。

 蘇り続けるオートマタに対して俺は有限の命。これでは舞台から1人減ってしまう。

 だから。

 テロメアーゼを無理やり改良させた。蘇芳と菫に。何度も蘇らせて知識を魂に吹き込みながら。その企みは成功した。理由は正直分からない。そして意味のある組織を作ってる理由もまた分からない。まあ、恩恵は受けているのだけど。

 

 後は。生殖を復活させなくてはならない。駒を増やす、そして進化を駆動させる…それが俺に出来る最良の手の1つ。

 問題は。あいつらの配偶子はいぐうしから受精に必要な遺伝子がノックアウトされている、というところ。一応、俺の精子には受精能力はあるらしい。検査にかけたときに気づいた。

 だから。一時期は事もある…お恥ずかしながら。何らかの偶然に期待して教え子に手を出しまくったのだ…それが簡単にいけば。こんな悩み方はしていない。

 それに…成長途上にある、幼気いたいけな教え子を…その…のは、あまり気分は良くない。生殖行為を単純なコミュニケーションに帰す向きはあるが、やはり、それは特別な行為でもある…そんな思考が頭を突くのは俺がオスだからだろうか?自然の中においてのオスの生殖は一大事業だから。行為の後に命を落とすことだってある。


 ああ。俺は地球上ではロクな恋愛をしてきてない。国際宇宙連合こくさいうちゅうれんごうに恋してた俺はリアルな女性に興味が向かなかったのだ。なのに。この火星ではプレイボーイ気取り。そこには確かな皮肉がある。


 蘇芳すおうすみれ。識別ナンバの最初と最後。

 そこには確かな意味がある…我が親族の血筋…と言うかシークエンシングデータが基になっているから。

 プロトとしての蘇芳とラストとしての菫。全体的な機能に差はない。役目は少し違うんだけど。

 プロトの蘇芳には自動人形計画の未来を見据えて―色々な志向しこう性を持たせてある。発想の奔流ほんりゅうを持つ、と形容しても良いかも知れない。

 ラストの菫にはこの一次計画の保全の為のメンタルと管理機能を持たせてる。だからアイツは何時でも集団のかしらになる。

 その間は―正直時間がなくて改良しきれなかった。だからこの劇を賑やかすな。いや、キチンと創りはしたけれど。


 あいつらは何時でもつるむ。

 神としての俺に取っては鬱陶しい事この上ないが、微かに生きる人の俺は教え子のその有様をおもしろおかしく見ている。歳を食うと若者の成長が面白い、というのは本当だと思う。


 さあ。お前ら。


                  ◆


 タロットの大アルカナ『太陽』。正位置では誕生を意味し、逆位置では流産を意味する。この火星においてはどの位置でもシニックな印象だ。

 また、永遠の青春という意味もあるらしい。この星では太陽はおがめないが、永遠の青春なら簡単に目にすることが出来る。


「今日もまた―一日は始まるんだな」と俺は学舎がくしゃの屋上でつぶやく。時は早朝。オフになったLEDライトがぽつぽつと茜色から白色に遷移せんいしていく。

「…おっと居やがったぜ」と声。蘇芳か。珍しい。こんな早朝からコイツがここに顔を出すのは。

「居るわね…太陽に向かって独り言…壊れた30代の典型みたいな事して」と今度は菫か。

「お前ら連れ立って俺に何の用だよ?りにでも来たか?」そんなことはないと分かっては居るが、こういう言葉を投げざるを得ない。

「…それでも良いんだけど」と菫は言う。コイツには色々やらせすぎたし、色々言い過ぎた。恨まれてても仕方ない。

「…そんな事したってなんだ。生産的じゃない」と蘇芳は言う。コイツは感情的に見えつつ。俺ら3人の中で一番冷静だ。

「じゃあ?どうしたよ?文句でも言いに来たか?おうセンセイが聞いてやるか?」なんて思ってないことを言う。むしろ話を聞いてほしいのは俺なのかも知れん。


「―未来の話をしにきた」と蘇芳は言う。

「未来に意味ない…ってのが俺の今の意見だが」

「…それ、本当にそう思ってるの?」と菫は俺に問う。こいつ…妙に鋭い。

「芯からそう思ってるからこそ―この様な訳だが」と俺はエクスキューズを置く。

「の割には―色々あらが多いんだよ、お前は」となじる蘇芳。そう。

「おっさんだからな。体力ねんだよ」と俺は言う。事実おとろえがある。細胞分裂は延々行ってはいるが、劣化はまぬがれてないのかもしれない。

「まあ。かもな。体臭がおっさんくせえ。よく知らんけど」蘇芳はおっさんという物をあまり知らないのだ。

「…蘇芳。つまらない話をしている場合じゃないわよ」と菫は釘を刺している。

「ん?そう言うからには当然があるわけだろ?」と俺は問う。さあ。今度は何をしてくれる?

「…今から私達…きっしょい事言うぞ。ちなみに心からそうしたい訳ではないことも断っておく」蘇芳は嫌な者に対する顔で言う。嫌われたなあ。

「何を言われても驚かん」罵詈雑言、誹謗中傷、からかいの類は死ぬほど投げられてきているのだ。


「―」と蘇芳は言った。


「あたし達は決めた。」と菫は重ねて言う。

「…そりゃあ―キモいな」と俺は驚きをからかいで示す。

「ああ。私もゾッとしないね」と蘇芳は言う。

「なんでかしらね…貴方の精子を使うのが一番効率的なんだけど―嫌悪がある」俺と一度った女が何を言うか。


「―そりゃあ。俺達は…な?」と俺はをコイツらに示す…「ウチの親族の遺伝情報を組み合わせたキメラ…それがお前たちで…」と。

「…はあ?」「なんて?」ふたりは混乱を示す。だから。もう一度言ってやる。

「お前らは自動人形の製法で創られたものではあれど―フルスクラッチってこった。実験、プロジェクトの目玉でもあったかな」オリジナルが絡む倫理問題をクリアにするための守りの一手。我が父、呉一生くれいちおの幼馴染である正木萌黄まさきもえぎの祖父がやったことをクローンに応用してみたのだ。デザイナーヒューマン、クローン仕立て。神の所業。

「…冗談キツイぜ?じゃあ…なんだ?クローンにつきものの不稔ふねん問題はクリア出来るかも知れないってことか?」

知れん。俺は専門外だから何とも言えんがな」

「ああ…こんなことなら『反抗レジスタンス』なんてせず―さっさと協力体制をいとくべきだった訳?」と菫は萎れつつ言う。

「…かもな。な。俺らには色々ありすぎた。素直になれるなら人間、苦労はしない訳で」

「年上のお前が言う台詞か?」と蘇芳は呆れて言うのだった。


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